⒋ 勢云破威(3) かつての問題児

 飯無し、昨日のおかずオンリーの詰め合わせ弁当を持って悠人は学校に着くと、そこにはいつもなら学校の始業時間前に登校することはまず無い、遅刻なんてのは当たり前のようにおこなってきていたような不良少女-噛月朱音が何故なぜか今日に限って朝から学校に顔を出していた。


 それもきちんと制服を着こなし、昨日までの不良とは思えない、一人の真面目な生徒感まで出している。(髪の色はそのままであるが…………)


 本人曰く、なかなか色落ちせず、変に鈍い色になるぐらいならと、かつての茶髪ヘアに戻すことは諦めたとか何とか………本当のところは彼女以外に知る由も無い。


 珍しいこともあるものだなとは思ったが、彼にはそれ以上に思うことがあった。


 昨日、皮肉にも多数の生徒がご逝去されてしまわれたと言うのに、そんなことを一切感じさせない程に普段通りのなんてこと無い日常学校生活が回っているのである。


 誰一人、昨日のことで騒ぎ立てる者はおらず、明らかに生徒の人数が減っている筈なのにも関わらず、よくある昨日のテレビの話題で盛り上がっているような、とても平和な世界が学校そこには広がっていた。


 まさかこの学校にいる人々の頭には、あの時の事故が無かったことにされてしまっているのだろうか?


 玄関先で上履きに履き替えながら周りの様子を観察するも、あまりにも普段と変わらぬ日常さに思わず、頭が可笑しくなりそうになっていると、ふと朱音の横に明らかに学生では無い、きっちりと黒のスーツに身を包んだ一人の人物の存在がいたことに目がいく。


 モデル顔負けのスラッとしたスレンダー体型、高身長スタイルのその人は他でもない、昨日悠人達の闘いを止めてくれた教育実習生-伊駒皐月いこまさつきその人であった。


「あっ、伊駒先生。それ持ちますよ」


「構いませんよ、噛月さん。これは私の仕事ですから」


「んなこと言わずにさ、ほらっ!」


「あっ、ちょっ……………」


 いきなり横から書類の束を掴まれ、驚いた拍子にそれらの紙を落としてしまう。


「こ、これはすンません。すぐに拾いますんで」


 二人は落とした書類を拾い始めた。


 お人好しの悠人はそれを見て、ひとまずは自分が抱える気持ちを整理し頭のモヤモヤをやめて、靴を履き替えたところですぐにそちらへ向かおうとした。


 だが、その時だった。


「今日、朝早くから学校に行くッつってたのはこいつが理由なんすか?もう見てらんねぇンすけど、姐サ…………いや、牙を無くした噛月さんよ」


 落とした書類の一枚を踏み付け、朱音に向かってそのように言葉を突き付ける一人の人物。


 右サイドに剃り込みをしたツーブロックヘアーのその少女の名は………


「………悪いがそこを退いてくれないか、《骸狩野からかの》。そこに立たれては紙が拾えない」


「んなもん、どうだって良いじゃねぇか。そこの先生センコーが、自分の仕事だとそう言ッてることなンだしよォ!」


「………離せよ」


「あッ?」


「……いいからその足を離せって言ってんだよッ!」


 瞬間、制服のブレザーを目元までぐいっと軽く指でまみ上げると、周囲の生徒たちの死角をそれで上手いこと作っては、自身の神眼を開眼した。


 彼女の目力:【首染領眈しゅそりょうたん】の力を持ってすれば、いくら言うことを聞かなかろうが、こっちの意思で人を動かすことができ、強引に足を退かすことが出来る。


 その筈なのだが――


「な、何故なぜ足を退けない!」


 あろうことか、彼女の能力が発動されているというのに、骸狩野唯羽は一向に足を退かす素振りが無かった。


 確かに昨日は彼女に能力が通用していた、その筈なのに――


「……何故ってそりゃあ、ウチの持つ能力が一つだけじゃねぇから?」


「……そいつはどういう意味だ?」


「言葉の通りだよ。アンタが良く知ってる【死苦這区しくはっく】以外にもこっちにはまだがあるってことだ。常に命が懸かってンだしよ、むやみに手の内を明かさないのは当然だろ?」


「くっ…………」


 苦虫を噛み潰したような険しい表情を見せる朱音。


「それとよ、ウチはアンタに付くことをやめたぜ。

 つまりはアンタの舎弟に付くことだけで無く、【ピヤー ドゥ ウイユ】での協力関係もやめるッてこった」


「…………」


 朱音は何一つ言葉を返さず、まばたきして神眼を閉眼すると、ゆっくりと制服のブレザーを摘まみ下ろした。


「……はァ?何にも反応してくれねェとか、マジつまんねェ。仲間の一人に裏切られるンだぜ、ちったあショック受けろや。

 ……まァ良い。噛月お前、ウチらがこの学校に入る前、とんでもねェスケバンがいたことを知ッてるか?」


「………その足を離せ」


「いーから、黙って聞けッて。三年前、丁度アンタと入れ替わるようにこの学校を去った『目羅巳六めらみろく』ッつー、当時かなりの問題児生徒だって騒がせてたヤロウがいたらしいンだがよ。

 実はそいつが神眼者しんがんしゃだッてことを、神眼者例のリストで知ッてからというもの、リストに載せられた写真を頼りに探し回ってたッて訳だ。

 アンタよりよッぽど腕っ節の立つ奴とありゃあ、手ェ組んでおいて悪いこたァェッてもんだろ。

 そしたらつい先日、丁度その人が【ピヤー ドゥ ウイユ】をしていたところを目撃してよ、思わず見入ッちまったぜ。

 ありゃあヤベェ。一瞬、まばたきしただけだってのに、そン時にはすでにその相手は両目を奪われていた。

 それだけでは飽き足らずと、奴はすでに死体となったそいつをボッコボコにしながら奇怪に笑っていやがッた。

 あんな奴に逆らったりでもしたら自分の命が持ちやしねェ、そう思ったよ。だからウチはその人の元に付くことにしたからよ。

 だって、折角生き返ったンだぜ。誰だって二度も死にたかないだろ?」


「………自分の命惜しさに裏切るか」


 瞬間、二人の間でピリピリとした重苦しい空気がただよい始めたその時、あの男が割って入る。


「……さあさあ、俺も手伝いますね。ほら、骸狩野先輩もこんな人通りのあるところでむやみに神眼者しんがんしゃの話をしてしまうのはどうかと思いますよ。

 ルール上、一般人に知られてはいけないという範囲がどれほどまでのことを言っているのか、それは俺たちにも分からないことなんですから」


「……けッ、まあ良い。ほらよッ、拾いたきゃあ拾いなッ!」


 そう言って唯羽はその足を退け、この場を立ち去るのだった。

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