⒊ 孤憂勢威(6) 変身

 まさか彼女にこんな芸当が出来るとは…………


 これならば、ついにあの先輩を対処することだって…………


 斬月は腕を振り下ろす。


 だがそれは、突然こちらへと飛んできた小さなによってはじかれ、さえぎられた。


 そいつは赤いメタリックカラーで鳥の形をした機械的な何か。


 そう、これが何なのか分からないのだ。


 すると、遠方から一人の女性の声が聞こえてきた。


「ふぅ………どうやら間に合ったようですね。ありがとう、戻っておいで」


 その女性-『伊駒皐月いこまさつき』はそう言うと、鳥の形をしたそれは羽を動かしながらこちらの元へと飛んでいき、彼女の頭上にて羽ばたかなくなると上空で変形をし始め、鳥の形から一枚のへと形を変えると、垂直に彼女の手の中へと落ちていった。


「驚かせたかな?こいつはタカのメダルアニマと言ってね、仮面戦士リスキースロットに出てくる、ヒーローを手助けするスロットメダル型のサポートメカと言ったところかな」


「な、なんです。仮面戦士リスキーだか何だか知りませんが、横槍を入れないで頂きたい」


 斬月は目を瞑ったまま、声のした方へと頭を向ける。


「見たところ、貴女はここの生徒さんでは無いようだけれど。君は一体……………」


「…す、すみません。この子は…………そう!重度の方向音痴でして、どうやらさっき、この学校の中へと迷い込んできてしまったみたいで…………あははっ」


 悠人は咄嗟とっさに出てきた適当な言い訳を皐月にぶつけ、どうも不審者に思われているような斬月のことを色々とかばい立てようとする。


「……そうなんですか?ですがどうして、ただ迷ったとあればすぐに引き返せば良いものを、それとは別に何故なぜ彼女はそこの生徒さんに手を出そうとしたので?」


「そ、それはですね…………先輩が喧嘩を吹っ掛けてきたものですから、彼女はそんな俺を助けようとあんな真似を………と、とにかく悪い奴じゃないんです。それだけは信じて下さい」


 最早もはや、悠人は口任せにこの場を切り抜けようとする。


 そんな彼の必死さが伝わったのか――


「……あくまでも彼女は君を助けようとしたまで、と。ならここは見逃して上げますから、貴女は気を付けてお帰りなさい」


 皐月はこれ以上深く何かを追求する真似はしなかった。


 けどだからと言って、悠人がピンチの状況にある今、斬月が素直にこの場所から出ていく筈も無く…………


「………どなたか存じませんが、このタイミングで帰る訳にはいかないのですよ。必ずしもここで相手が手を引いてくれるとは限りませんので」


 あくまでも目を閉じた状態で皐月に向かってそう言葉を投げ返した。


 だが皐月も引かず、言葉を返す。


「……確かに、自分ではない誰かを信じることを難しく思うのは致し方無いのかもしれません。

 環境や体験――【人生】という人が生き長らえながらにして積んでいく数々の経験の中、そこに人間絡みで辛いことの一つや二つ経験があれば、それがきっかけとなって人を信じられなくなることは当たり前のように起こってしまうものだから。

 けど……だからと言って、世の中多くの人間に対して心を開かず、疑ってばかりでいるとほとんどのことが信じられなくなってしまう。

 他の誰でも無い――自分以外の誰か存在を信じるということは、自分自身が思っている以上の何十倍も何百倍も簡単に出来ることでは無いのかもしれない。それでも自分から心を開く為の、勇気の一歩をまずは踏み出していこうという意識を、たとえ……石ころ程度の心持ちであろうと持とうとすることが何だかんだで、一番の近道なのだと私は思う。

 人を信じるには、人と向き合うには、自分から心の内を開くことから始めなくっちゃっ!いつまでも心をふさがれたままより、それがほんの少しであっても心の扉を開いてくれた方が相手に良い印象を持つものよ。

 それには笑顔が一番!ほら、そんな風に目を閉じていないで目を開けて、表情筋を伸ばして、ほらほらっ!」


「ぐむっ!」


 突如として斬月の頬に手を触れ、笑顔を作ろうと揉みくちゃに彼女の顔を触る皐月。


 いきなりのことで驚いてしまった斬月は思わず目を開けてしまい、朱音にしてみればこれは又とないチャンスであり…………


「……何だか知らねぇが、こいつは運が良い!」


 そう言って斬月の方へと目を向けると、案の定、彼女は奴の能力に掛かってしまい、そこには虚ろな目をした彼女の姿があった。


「――やれっ!」


 一言、朱音に命令を受けた斬月は皐月の手を払いのけると、それから彼女のお腹に向かって強烈な蹴りを食らわせた。


「ぐふっ…………」


 皐月はその反動で後方へと派手に飛び、ゴロゴロと転がっていった。


「あははっ、誰だか知らねぇが感謝するぜ。おかげで奴を手中におさめることが出来たってものだ」


「な、何が…………」


「気を付けて下さい。彼女にはその、人を操る催眠術的なことが出来ると言いますか………と、とにかく、あの人と目を合わせないで下さい。俺が言えるのはそれだけです」


 ここで悠人が敢えて《神眼》と言うワードを伏せて、朱音に人を操る力があることを伝える。


「……人を操る?ではさっきの蹴りは斬月彼女の意思でやったのではなく………こいつはの類いですか」


「今、何を…………」


 皐月の口から予想もしなかった言葉が出てきたことに驚く悠人。


「……その反応、やはりそうなのですね」


 皐月はそう言うと、タカのメダルアニマをピンッ、と指で弾いて宙に飛ばした。


「言っておきますが、何も私は熱血教師を目指している訳ではありません。

 ……ですが、明らかな異常事態を引き起こしている以上、最低限の教育更生は必要なようだと判断させて頂きます。少々、痛い目を見てもらいますよ」


 瞬間――、皐月はまばたきをして神眼を開眼。


 パンチのような握りこぶしの形をした瞳孔にライトグリーンの瞳が現れた。


 メダルを飛ばし、空いた手に目を向けると、突如としてレバーの付いたスロットマシンそのものを彷彿とさせるような謎のドライバーが皐月の手の平の上に現れた。


 そのドライバーは例のあの【仮面戦士リスキースロット】が劇中に付けているそのものだった。


 皐月はそのドライバーをへそ辺りに持ってくると、自動的にベルトが巻かれ、それと同時に『SLOT DRIVER!』とリズミカルな音声が鳴り出した。


 高く上げたメダルは落下をし、タイミング良く手でキャッチすると、そのメダルをドライバーにあったメダルの投入口のようなところからそれを投入。


 その後彼女はレバーを引くと、『ターイム スロット!』の音声と共に液晶画面で映し出された三つのリールが回転を始めた。


 カジノみたく賑やかな待機音が流れ出し、皐月は三回レバーを引いた。


 結果――、止まったリールが示す柄は777。


 劇中の変身条件である三つの絵柄が揃うというが満たしたのだった。


「変身ッ!!」


 皐月は掛け声を発すると、壮大な変身CGエフェクト…………いや、それは特撮の世界が目の前に出現したかのような、三次元的に実体化された物体として彼女の周囲にエフェクトが形作られると、それと同様に変身サウンドが鳴り出した。


『ラッキー7!今日は幸運!神運しんうんのテクニシャン!スリーセブン ウォリアー!』


 変身サウンドが鳴り終わった頃には、皐月は仮面の戦士へと姿を変えていた。


 スロットのレバーを彷彿とさせるつのに長細い丸い形をした目。


 その目と目の間にはスロットの絵柄に良くある7のマークやベルのマーク、チェリーやスイカ、BARのマークが縦並びに描かれた独特のマスク。


 胸部分はドライバーと並行して表示された777のリールのデザインがなっており、膝部分にはスロットのメダルを思わせる王冠の柄が彫られた銀色の丸い装飾が付いた姿をしていた。


 足周りには三つの回転リールを模したパーツが付いており、中々にスロット要素が詰まったデザインでまとめられていた。


 ………………


『……姉ちゃん……代わりに一つ、僕の…………』


 ………………


『……夢を叶えて欲しい………んだ……』


 ………………


 あの日の言葉が思い返される。


『…………僕は仮面戦士リスキースロットみたいに自由に身体を動かすことが出来ないからあれだけど………………』


 ………………


『………姉ちゃんには僕が出来ないことを、僕の代わりに誰かを正せるスロットのような……………』


 ………………


『……誰かを正しく導いて上げるような、僕みたいに助けが必要な人たちの前に颯爽さっそうと現れては、本物のヒーローみたくパッと助けてくれる存在に……………』


 ………………


『………それが出来る存在に…――僕に代わって、誰よりも強くて優しい姉ちゃんになってくれよ!そしたら僕も、そんな姉ちゃんの弟として鼻が高いからさ!―大丈夫、姉ちゃんなら必ずなれる。だって、僕が心から思ったことで外れたことなんて一度も無いんだから!』


 ………………


 皐月はその言葉を胸に今を立ち上がる。


(……今の私に出来ることはごく限られたことだけど……………)


 あの日、弟の颯斗が言った言葉を今一度留める皐月。


(…それでも今出来る精一杯のことをするだけだ…………!)


 皐月は前を向く。


 今は他でもない、朱音彼女の為に――


『ギャンブル同様、物事には引き際が大事な時がある。そう、お前の悪事がまさにそれだ』


 そこにはマスク越しに決め台詞を吐く彼女の姿があった。

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