⒊ 孤憂勢威(5) 身変

「さてと、他の先生方にはなるべくバレないようにしないと。色々と大事おおごとになってしまっては、一般人誰かにあの子たちが力を使っているところを目撃されてしまう可能性が必然と高くなってしまう。

 ………はわわわっ、そんなの嫌ですからね。研修一日目で死人が出るとかなんて、縁起でもない。早いとこ、あの子たちを止めないと。

 これは神眼者である私にしか出来ないことだもの。それに先生になろうって人が、生徒を守れなくてどうするんだって話です」


 伊駒皐月いこまさつきは身を低くしながら、誰の目にも留まらぬよう、授業中の学校教室をこそこそと抜けていく。


 そんな中、ある一人の人物の目に彼女の謎めいた行動がまってしまう。


「あれは……………?」


 僅かに開いていた職員室の扉の隙間から、偶然にもそれを目にしていたのは、これから三週間、教育実習生である彼女を受け持つことになった小暮真木奈こぐれまきな先生、あろう事か彼女のことをチェックする立場にある人物に目撃されてしまうのであった………………。


(さあ、おめぇら。目の前の一年坊主から神眼目ん玉を引っこ抜いてしまえッ!)


 噛月朱音がそう念じると、彼女の言いなり人形舎弟達は一斉に目崎悠人の目を奪い掛かろうとする。


 と思われた。しかし―


「………はぁ。の真似をするのも大変で。いい加減、死んだ目をしたフリ傀儡の真似事をするのも疲れんしたゆえ、状況も状況で


 突如、朱音の持つ神眼の力によって抵抗出来ない筈のが妙な言葉遣いで口を開き始めた。


「……魔夜?お前、何を言って……………………」


「あらあら?まだわっちがぬし様でありんせんと、気が付かんようでありんすか?」


 そう言って魔夜は手の平をかざすと、彼女たちの周囲に大体だいたい高校生の平均身長ぐらいの高さはある火円火の壁を作り出した。


「お前は一体…………?」


「そうでありんすな………言うなれば、わっちはぬし様によって創造された存在。人はわっちのことをと呼ぶそうで」


 そう言うと、魔夜の頭からは二つの狐の耳が発現。


 手足は狐のそれへと変化し、同時に尻骨の辺りからは数本の白き狐の尻尾が現れた。


 鼻の横からはひげが、瞳は細長い瞳孔をした獣の目へと変化し、その姿は確かに妖狐と呼ぶに至る姿をしていた。


「なっ、こいつはどういう…………。その姿ではまるで、人間や他の動物に化けるなどして、人をだます妖怪として知られる、妙な術を使うのなんの言われる妖狐そのもの…………いや、ちょっと待てッ!そもそも魔夜で無いってのなら、あの時に雑草を消滅出来たのはどうして…………………」


「単純なからくりでありんす。わっちの演技に合わせて、ぬし様が能力を使用したのでありんす」


「そういやお前、さっきから魔夜のことをぬし様ぬし様って…………確か創造されたのなんの、魔夜の目は生命を消滅させる力と義眼………いやまさか、けど可能性とすればそれしか………………」


「はぁ……どうしてこう、ベラベラペラペラと口を開いて…………言ったよな、お前には。あの状況の目崎を助けるッつったって、それとなく上手くやりゃあそれで良かったんだよ。なのにわざわざ正体見せびらかすとか………ったく、目立ちたがりかよ。

 なんならお前が苦手視する妖狸ようりやら妖猫ようみょうやらの他のを呼び出すことも出来たが、伝承によれば狸は化けて人を驚かすことが好きとされ、変化へんげ能力は狸の方が一枚上手うわてだが、巧みに人を騙すことには狐が秀でていたと聞く。

 特に狐は女性に化けることが多く、仕草・演技を用いて人を騙すとされ、単純な化けの皮の狸と比べ、人の所作をも真似てしまう狡猾さから、人里紛れ生活していたことがあるとも古い語り部ではよく聞く話だ。

 猫はその生まれゆえ、人への怨み怒りが強く、あの場においちゃあ向いていないだろうと思い、お前を適任と判断し呼び出したものだが…………」


 そう言って突如、体育倉庫の裏から現れたのは狐の耳も尻尾も無い、見る限り本物の魔夜であった。


「……良かった。魔夜は裏切っていなかった」


 悠人は嬉しさのあまり、思わず素直な言葉を口にしていた。


「はぁ?本物があんな奴の下に付く訳ないだろ」


「……と言うかその光る瞳、やはり義眼だった片目をいつの間にやら別の神眼へと移植させていたのか。こんな非現実的な存在を創造する能力って一体……………」


「説明するより、見せた方が早いか」


 そう言って魔夜は、電話機けん手軽な情報収集端末-〈EPOCHエポック〉を起動し始めると、何やら幻獣のことに関する情報サイト、そいつを手っ取り早く閲覧出来るようにとあらかじめブラウザに備えていたであろう、そのような関連のWebサイトの中から適当に一つのサイトを開くと、彼女はそこに表示されていた《バロール》という情報を目にしては、空中投影されたそのサイトから飛び出すのように、突如として瞳を閉じた二つ目の巨人が木陰に紛れて具現化された。


「こいつは……………」


「とまぁ、この右目は、こんな風に地球上には存在しない筈の想像上の生物をそういったネットサイトや図鑑などに記された情報を元に再現する能力を持っている。未予風に名前を付けるなら、【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】ってとこか?」


 こうして能力を説明した後、魔夜はその巨人の方を見て一段とその右目が発光すると、そいつの具現化は解除され、吸い込まれるように開いていたサイトの中へと戻っていった。


「想像上の生物を再現する力-【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】…………。成る程、それでこの妖狐が…………………」


 と、ここで悠人の中で一つの謎が生まれる。


「けど、さっきまでのあれが魔夜本人では無かったことは分かったが、この妖狐自体は何であの先輩の能力に掛からなかったんだ?一応、この妖狐も目を持った一種の生物として、一見すると能力の効果対象になっても可笑おかしくない気もするが………………」


「分からないか?妖狐こいつは能力で一時的に具現化された、偽りの肉体、を持った存在だ。と言うことは?……………」


「と言うことは?つまり、今の妖狐こいつの存在自体が偽り…………ん?偽り?……そうかッ!さっき、わざわざ眼球を別に言ったのには、それもまた偽り。

 そこに現存する眼球では無く、この妖狐のそれ虚構きょこうの眼球。つまりはあの先輩が睨み飛ばしていた目は偽りであって本物ではない。妖狐こいつにあの先輩の能力は通じないんだ」


 この場にいる誰しもが欺かれた、魔夜の一手を皮切りに、依然として状況はかんばしくないというのに、そのことを一瞬でも忘れてしまいそうな勢いで、一連のトリックの間に彼なりに感じた疑問点を払拭せんとついつい話が進んでいき、すっかり火円の奥蚊帳の外にいた噛月朱音のことに触れなくなってしまっていた彼らのこの状況が奴に対して怒りを買ってしまったのか、堪忍袋の緒が切れた勢いで噛月だけに噛み付いてきた。


「何、ベチャクチャと喋ってやがんだッ、あァ?……ってかよぉ、魔夜さァ………………おめぇ、何、裏切ってんだ、クソがッ!……………嗚呼あァ、くそったれ、クソったれ、くそったれがッ!くそッ、くそがッ、くそッ、苦そクソくそったれがぁぁああああああああああぁぁぁぁ―――――ッ!魔夜ァァ―――――ッ!おめぇだけは、おめぇだけは絶対に許さねぇ、許さねぇからなぁぁああああああああああぁぁぁぁ―――――ッ!こんな火の壁なんざぁぁ―――――――ッ!」


 信頼目力捨てられ、怒り狂った朱音は着ていた改造ジャージ特攻服えりを持ち上げて自身の髪に着火しないよう、身を低くしながら上手く頭を覆い被せるように持っていき火の壁を突っ切る準備をすると、熱さを感じない元は死体からだなのは承知の上で一切の躊躇ためらいも無く目の前の火の壁を勢いよく突き破って飛び出して来た彼女は、改造ジャージ特攻服に燃え移った火を気にも留めず、すかさず未予たちを舎弟コントロールしたその光る目を魔夜に向けた。


「おめぇは素直にウチに従っていれば良いんだよぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉ―――――ッ!」


「なっ…………」


 瞬間、目が合ってしまった魔夜(本人)は奴の目力によって意識を絶たれ、その瞳には一切の光が宿っておらず、うつろな目をした彼女の姿があった。


「……ぬ、ぬし様よ…………………」


 術者本人裏目魔夜能力奴の手掛かって渡ってしまったとあれば、折角の長所を持った妖狐もコントロール権を奪われてしまったというもの。


 最悪な状況である。


「このクソ女狐メギツネめがッ!よくもウチをだましやがってよォ。化け狐らしく、さぞや人を騙して気分良かったろうなァ!

 こっちは頭にてンだ。気前よく憂さ晴らしさせてくれや。なんたっていじめがいある尻尾を生やしてるじゃんか。そいつの一本や二本引き千切ちぎるくらい、どうってことねぇだろ。

 嫌か?嫌ならよ……とっとと、ウチの舎弟どもを邪魔しやがるこのうざったい火の壁を解きやがれってんだッ!」


 朱音は火の付いた改造ジャージ特攻服をバサッと脱ぎ捨てそう命じると、魔夜が奴の手に渡ってしまった以上、魔夜かのじょの【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】による抑制力が働いてしまい、仮にもここでどんなに尻尾を引っこ抜かれようが、この身体は一時的な実体ゆえ、再び具現化された時にはそれらの尻尾は全て元に戻る為、これは決して尻尾をかばった訳でも何でも無いのだが、抑制力を前に逆らえず、妖狐は己の意思に関係なく火円火の壁を解いてしまった。


 最早、奴の強力な目力を前に、その勢いを止めることは出来ないのだろうか。


嗚呼あァ、むしゃくしゃする。昔からそうだ。どいつもこいつもウチのことなんざどうとでも思ってねぇ奴らばっかりなんだ!これだから他人ってのは、本当のところ信じられねぇんだよッ!

 ……だああッ、クソったれがッ!もういい。こんな闘争なんざ早くしまいだッ!

 おい女狐ッ、命令だッ!まずはそこの厄介な一年坊主を火達磨ひだるまにしろッ!

 死体野郎に熱さが感じねェのは知ッたことだが、火を甘くみてッと痛い目ッからよ。火の勢いッてのは想像してる以上に大きいもンで、引火しやすいもンから立ち所に燃え移ッちまう。人間とありゃあ体毛を始めとして燃え盛るもンだ。

 それこそマツ毛でも燃え始めた時にァ、あの野郎に右目の神眼目ん玉を開いてる余裕なんてェだろうよ。

 そうすりゃあ、その間にてめぇの主人やそのお仲間、神眼に物を言わせて大量の神眼を獲得出来るッてこった。

 そう言うつー訳だからよ、意味もねぇ抵抗なんかしてねェで、さっさと一年坊主を燃やしやがれやッ!」


「くっ…………」


 妖狐は抑制力にあらがうかのように相反する思いと動きは彼女の腕を小刻みに震えさせる。


 それでも抵抗はむなしく、震えながら妖狐は手の平をかざし、それこそまさに発火の瞬間となるその時だった。


「――そうはさせません!」


 自分達のすぐ横から聞こえてくる一人の女の人の声。


 その声のした方へと視線を変えると、そこには学校の周りを囲む上段金網フェンス、下段ブロック塀による、高さ二メートルくらいはある外壁を飛び越えてやってきた三日月斬月の姿があった。


ざん…………」


 驚いて彼女の名前を上げる間も無く、斬月は悠人をきかかえると、瞬時にその場から退避。


 一瞬前に彼がいた場所からは火が付き、炎がゆらゆらと立ち込めていた。


 悠人を炎から遠ざけるとゆっくりと彼の身体を下ろした斬月。


「えっと………突然のことで驚いたが、とにかく助かったよ。ありがとう」


「いやそんな………仲間として当然のことをしたまでですから」


「っと、そんな悠長にしている暇は無いんだった。ひとまず今回の相手は目を合わせてしまうと、自分の意思に反して好き勝手されるという能力らしい。つまりは何でも言うことを聞く舎弟パシリだな。言いたいことは分かるな?」


「それはつまり、目を合わせるなと。では未予さんたちの様子がどことなくおかしいのは……………」


「まぁ、そう言うことだな」


「なれば生まれ故郷の里より伝わる、忍の極意して師よりまねびしどうわざ一ノ巻―

 【暗殺おいておきて如何に暗きあれ、月夜の光頼るよらむなくいちにして対象見失はぬが絶対さだめて。己のまなこ過信無かれと一切の邪念払ひて無の心。神経こころ澄まし気配なる〈気〉感ず、気を形して捉らふれちゃくらむ戦輪はだかれ心の目に物事を感知せよ】

 ―の教えが役に立つ時のようです」


 そう言って斬月は目を閉じ、朱音たちの方へと駆け出した。


 目を閉じているにも関わらず、それを感じさせない程の走力。


 一定の歩幅で突き進みながら足下は崩れず、至って安定した重心で前を前を走っていた。


 まるで正面先の光景が視えているかのように一切ブレないその動きは、こうして狙われている朱音を始め悠人や妖狐にも同様に声にならない驚きを与えた。


 だがそれと共に、目をつむったまま確実に自分の方へと近付いて来る斬月の気味の悪さに、朱音は恐怖して声を上げる。


「なッ、なんなんだこのアマはよぉぉ。てめぇら、接近を許すんじゃねぇ!ウチの為の壁になりやがれッ!女狐は奴を燃やせッ!」


 朱音は舎弟たちにそう命じると、うつろな目をした未予たちは彼女の前に立ち並び、それは言葉通り奴を守るバリケードのように形成された。


 そして妖狐はやはり逆らえず、朱音の命令通りに迫り来る斬月に向かって火を放つ。


 だがしかし、目を閉じ五感の一つである視覚を封じることで研ぎ澄まされる別の感覚が鋭敏となり、肌が心がその全てを感知し、降り掛かる火の手の障害をいとも容易く簡単に避けて見せる。


 何度放とうが髪の毛の一本も焦げることを知らず、二人の差がほんのひとまたぎの距離にまで詰め寄られた頃には、気が付くと後ろを取られ、妖狐は斬月の手刀によって頸椎けいついを強打し、そのまま勢いよく倒れた。


「まずは一人ひとり―」


 確実に仕留めたことを感覚的に察知すると、周囲にいる舎弟たちを次々と倒していった。


「これで残るは貴女だけのようですね」


「き、きき、キメェんだよッ!このアマァァ。何で目ェ瞑ッてんのに、そんだけ動けるんだよぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉ―――――ッ!」


「………冷静な分析、弁別、知覚。それらを目を瞑った状態で感じ取ることが出来るまでの極限の集中力の先に生まれる力。、一ノ巻:心眼しんがんにあり――」


 そうして斬月はこの言葉を最後に、朱音を仕留めに腕を振り下ろすのだった。

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