⒊ 孤憂勢威(4) 信頼

「……あれは…………」


 小暮先生が受け持っている三年二組の教室にて、伊駒皐月いこまさつきはそのクラスの三年生徒に向けて、自己紹介を一頻ひとしきおこなってからというもの、これはその数分の時が過ぎ去った後のこと。


 実習初日、つまりは今日の朝、特撮マニアであったひいらぎ先生に何を見ているのか聞いていたあの男性教師、名を田邊謙太たなべけんたと言う、三年生の地理を担当しているその教師の授業を、教室内後ろで見学していた皐月。


 生徒に対する指導や接し方、先生になる上で色々と参考になりそうなことをこの現場で吸収していこうと、真剣に田邊先生の授業を見学してはいた。


 そう、これはほんの一瞬、チラッとこの場所から、四階の教室からベランダ側の窓の向こうを、外の風景をよそ見していた程度のことだった。


 何気なく見えたその風景には、校庭にて一人の男子生徒らしき人物とそんな彼に詰め寄る四人の女子生徒らしき人物の姿があった。


 その様子は仲の良い友達同士の馴れ合いと言うには妙で、何やら緊迫した表情で彼女たちを見つめる彼の顔が目に入った。


 そして僅かにだが、瞳が発光しているような…………


「……これは、あの子が危ないわね」


 ぼそっと皐月はそう言うと、突如として挙手きょしゅをし、自然と田邊先生の視線がこちらへと向けられた。


「どうかしましたか、伊駒先生?」


 突然手を挙げ始めた皐月のことを疑問に思った田邊先生は、そのように言葉を投げ掛ける。


「あのっ、田邊先生!あそこ、外で学生同士がいがみ合いを………あれは、喧嘩でしょうか?」


 その言葉に釣られ、田邊先生はすぐに窓から外を見る。


 がしかし――


「えっと、私には何も見えませんが…………」


「……そう言えば、神眼者って普通の人より目が良いんだったっけ」


「何か言いましたか?」


「いえ、あの子が心配です。お節介かもしれませんが、色々と問題事に発展してしまっては大変ですから。

 ここは気付いた私が彼女たちを止めに少しばかり授業を抜けさせて頂きます。すぐに戻りますので」


「あっ、伊駒先生。そんな勝手に……………」


 田邊先生が慌てて呼び止めようとするも、皐月はそう言って、勢いのままに教室を飛び出してしまうのだった………………。


「嘘だ。こんなことって…………」


 目の前には仲間である筈の保呂草未予と夢見華の姿が―――……。


 そして――、その二人を謎の目力で操る噛月朱音かみつきあかねと言うスケバンに加え、連中側へと付いた裏目魔夜の姿があった。


 この絶望的な状況を前に目崎悠人はあの日の――、未予の不穏な言葉が頭をよぎる。


 そう――、あれは夢見華が神眼者になったあの日のことである。


『最近、妙な【未来視ビジョン】を目にしたのよ。

 『メガネ』が私達をといった光景を――、ね。

 もちろん、未来視で視た未来が必ずしも起こるとは言えないけど、少なくとも『メガネ』がそういうことをするかもしれないっていう人間性は裏付けできるわ』


 奪われた裏目魔夜の【生命視滅ライフ・パニッシュ】の神眼片目、それを奪った奴から取り返し、保持していた未予が見せてきたあの時――


 何故なぜその目を持っていながら魔夜に返さないのか問い掛けてみたところ、彼女が返した答えがまさにそれだった。


 まさかこの裏切りがそれを予知していたのだろうか?


「あ゛っ……………」


 そんな時、ふと一人の声が止む。


 それまで彼の力によって己の持つ能力を逆に掛けられ続け、その能力によって苦しそうに叫び――、うめき――、鈍い声を発したのを最後に、白鮫稔しらさめみのるの意識は完全に途絶えたのだった。


 死んだ訳では無い。痛みのあまり、気絶してしまったのである。


 吸収していた稔の目力を解放したことで、本来の【目能蔵放エネルギータンク】としての力を今度は噛月朱音かみつきあかねの目力の無力化に使用しようと思っても、既にその力を見せてしまったことで警戒されてしまったのか――、


 能力によって舎弟コントロールした未予と華を己の神眼が彼の視界に入らないよう――、二人を視界から防ぐ盾のように常に前線へと張る動きを取らせ、コマのように扱う朱音。


 奴の神眼を捉えようと動けば同様に彼女たちも動くゆえ、どうしてもその眼球神眼が見えず、状況は一向に最悪な方向へと進んでいた。


「………それで?先輩の目力は一体?」


 朱音あかねの耳元でそうささやく裏目魔夜。


「ん?嗚呼あァ、これでも約束は守る女だ。だが、おめぇが信頼に足る奴かどうか、ちょっとした度胸試しをしてもらう」


「度胸試し?」


「こうするんだよッ!」


 瞬間――、朱音は着ている改造ジャージ特攻服のポケットから一本のナイフを取り出し、今にも眼球を突き刺すような勢いで一直線に腕を振り下ろした。


 ピキッ!


 振り下ろされたナイフの刃が魔夜の眼前に掛かった眼鏡のレンズを突き刺し、亀裂ヒビが生じた。


「へぇ、まばたきの一つしねぇとは、大した度胸してるじゃねぇか。ますます気に入ったぜ、おめぇ」


 そう言って、朱音はナイフを引き抜いた。


「こんなので何が分かるんだ?」


「はァ?言葉の意味を理解してたんじゃなかッたのか?

 あはははっ、そいつはマジで面白れぇ。度胸試しっツったろッ?

 ハナっからあん時、本気ガチでおめぇの眼球突き刺し取りやしねぇってことを見越して、如何いかに信頼を持ってナイフの刃を避けようとしないか、言うなりゃ仲間になる上で、真にウチを信頼出来るかどうか、テストしたんだよ。

 まッさか、そんなことも考えずに一瞬足りとも怯まなかったって訳か?イかれてやがんだろッ!

 まッ、それだけおめぇが知略家じゃねぇって考えりゃあ、色々と頭を働かせてるような奴なんかに比べ、よっぽど信頼出来るとも言えるか」


「成る程。それで私のことを試してたのか」


「それによ、本当にヤるならその眼鏡を取って掛かるに決まってんだろ!」


(バーカ。そんなことヤッてたら、今頃あんたは【生命視滅ライフ・パニッシュ】で死んでるッつーの!)


 なんて、すっかり裏の顔が定着した魔夜が一人そんなことを思いながら、本題の方へと話を切り替える。


なんにせよ、確認は済んだか?なら、もう良い筈だ。約束したんだから、そこはきっちりと果たしてくれねぇと、こっちの信頼を壊すだけだぞ」


嗚呼あァ、約束は約束だ。だがもう一つ、舎弟新入りの持つ力を知らねぇってのは、とてもじゃねぇが安心して自分の背中を預けられやしねぇ。

 そこで、だ。おめぇも自分の目力を教えてもらうぜ。そうでなきゃあ、神眼者として本当の意味での信頼は築けやしねェ。

 だが、それさえ教えりゃあ、今後こそ約束通りに教えてやるさ。ウチの力をな。

 さあ、どうする?」


「……そうだな。良いぜ、私の目力を教えてやるよ。私のは実にシンプルな能力だ。

 ずばり、裸眼で一目見た動物、植物、命あるものを消失させてしまう能力、それが私の使う目力さ。

 ちょうどそこに雑草が生えていることだし、見せた方が信頼出来るってもんだろ」


 そう言って魔夜は眼鏡を少しズラし、雑草を直視すると、それは一瞬にして消え去った。


「ははッ!こいつはすげぇ力だ。それじゃあ約束通り、教えてやんよ。実際に体感させて………なッ!」


「―――ッ!」


 瞬間――、朱音は魔夜を睨み付けると、彼女は何かに取り憑かれたかのように死んだような目をして黙りこくってしまった。


「ほれほれ、さっきまでの威勢は一体どこいっちゃったかなァ?急に黙りこくっちャってどうしたァ?……ケッ、一年の分際がッ!生意気にタメ口聞いてんじゃねぇよ!……さて………と、驚いてくれたかな?

 ウチの目力:【首染領眈しゅそりょうたん】はな、あらかじめ一定領域ってのがあって、ウチはそれを《一定領域ナワバリ》ッってるが、この神眼はウチが【睨】みガン飛ばすことでこって相手が野郎アマだろうが、一定【領】域ナワバリ内にいる限り、その人間を頭【首】ウチの好きに【染】め上げる、都合の良い捕らわれ人形舎弟ってこった。

 人形舎弟はウチの好き勝手にコントロール指示することが出来る。そこら辺にいる奴を使って他のヤロウの始末を任せたり、運動神経がワルかろうがそいつが出し切れてねぇだけの底力を引き出させ、ちったぁマシに動かしてやることも出来る――が、

 明確に手となり足となりコントロールさせるにやァ、一度に操るヤロウの人数を減らす必要がある。

 それこそ、一度に多くのヤロウを操ると細かな指示を一人一人にやっていられる余裕もェからな。

 単純にテメェを始末しろッて指示しただけで、あの飛び降りようザマだ。

 ……と、そうそう!重要なことを言い忘れるところだった。

 実はこの力、厄介な縛りがあってだな。一度能力を掛けたことのある奴ならば、そいつらを一定領域ナワバリ内でなら、神眼この目ひらいてさえいりゃあ、

 一度掛かれば、二度とウチに逆らうことは出来ねェってこった。

 丁度そこに気絶したみのる安奈あんな唯羽ゆいはがいることだし、一年坊主に見せてやるよ。

 良いか、ウチが一度ひとたび『起きろ』と念じれば…………」


 すると、気を失っていた筈の白鮫稔、近嵐安奈、骸狩野唯羽の三人は朱音が話していた通りにゆっくりと起き上がり、その瞳は未予達と同様、死んだような目をしていた。


「この通り気絶してるにも関わらず、自らの意思とは関係無しにウチが好き勝手に動かすことが出来る。ほれほれッ」


 三人のスケバン達は意識が無いまま、ぶらんぶらんと手足を動かしていた。


「……成る程な。神眼をひらいた状態であれば、一定領域ナワバリ内にいる人達はいつでも簡単に好き勝手出来る、と。

 要するに、あらかじ睨みガンを飛ばしていたとされる一部を除く、全校生徒・全校職員をいつでも好きに操れる状態におくことで、何かあるたびに近嵐先輩が力を使い、【忌気消鎮いきしょうちん】による集団忘却を確立させたという訳か。

 ……それなら、柊先生が言っていたことにも辻褄つじつまが合う。

 つまりは神眼を持った生徒を始末するたび、生徒・職員を呼び集め、一人一人からその生徒の死に対する記憶から消していた。

 少なく見積もっても、一定領域ナワバリの範囲と言うのは、この学校の敷地面積ぐらいはあると言ったところか?」


 最早もはや意識のある人間が朱音を除いて一人だけとなってしまった悠人がゆっくりと口を開く。


 それと一緒に、内なる言葉が露見する。


(――俺を追い掛けていた奴らのあの単純な動きに対し、華ちゃんのキレのあった動きという違いがあったのには、一度にコントロールしている人数によるものだったんだな。

 ……だけどそのせいで、奴に俺を始末しろの指示だけで動かされていただけに、あいつらは無駄に命を落としたってのかよ。

 あれ以降、あまり男子と接する機会が無かったって言っても………こんなのはあんまりだ。

 たとえそれがどんなに嫌な奴だったとしても、何一つとして無碍むげにしていい命なんてありゃしないだろうが…………ッ!)


「おいおい!ウチは舎弟のにこの話をしてんだぜ?ナニ勝手にウチらの話に割り込んでんだよ、あァ?

 イイか、一年坊主ッ!てめぇには、ずっとムカついてんだよ。

 何度か学校でてめぇを見かけるたび、周りに人がいねェタイミングを見計らって睨みガン飛ばそうとすッと、何故ナゼか毎回毎回目力チカラ通り入りやしねェ。

 なんつーか、力が吸い寄せられるみてぇな感覚に襲われるッつーか、やっても効き目がワリぃッつーかよッ!」


 そいつは妙だ。


 彼はすぐにそれを思った。


 学生の一日なんてのは、家から学校まで大した行動範囲の無い移動通学路を繰り返し、学校に着けば、その一日の大半をその場所で過ごすものだ。


 そんな学生生活において自分自身は勿論のこと――、保呂草未予に裏目魔夜、そして布都部ふつべ高校に最近転校してきた幼馴染の夢見華と、知っているだけでもこんな学生の日常生活の中で神眼者という存在は一人や二人、自然と転がっている。


 今も世界のどこかで顔も知らぬ誰かが命を落とし、天国そこでは痛みに打ち勝ち神眼を手にする新たな神眼者新規プレイヤーが現れ、この島に出現しているのかもしれないことだろう。


 減って敗れていった神眼者と並んで、夢見華のような新しい神眼者が増えて現れていくしつこく繰り返される未知なる脅威目力の広がりを、学生という小さな生活空間テリトリーにおいても、十分に神眼者奴らの危険があることを実感しているからこそ、完璧とは言えずとも、それなりに用心はしていた方である。


 現に高校生活において、学校内でのいかにも神眼者の恰好な的にされやすい、人気ひとけの無いような場所では、警戒をおこたらず最低限神眼を開眼していたりした。


 それはつまり、朱音が周りに人がいないタイミングを見計らって睨みガン飛ばしたと言うなれば、悠人の【目能蔵放エネルギータンク】が奴の【首染領眈しゅそりょうたん】を吸収した筈………。


 彼女も言っていた。


 『力が吸い寄せられるみてぇな感覚に襲われるような』―――と。


 それではまるで、【目能蔵放エネルギータンク】の神眼が持ち主ゆうとの危機を感じて無意識的にその力を発動させていたとでも、そう言いたいのだろうか?


 彼の持つ神眼に意識が宿っていると、妙なことを言われた気分である。


 だが、原理は――現象は――分からないにせよ、これまで悠人は下校してから、未予たちと神眼の回収をおこなってきた際、神眼者との闘いの中で一度も、【首染領眈しゅそりょうたん】らしき能力が発動されることは無かった。


 初めて自分が目力に目覚めた時、頭の中に流れ込んだ情報として【目能蔵放エネルギータンク】とは、能力の吸収、そして放出。


 すでに何かしらの能力を《吸収》している場合、一度その能力を《放出》――つまりは吸収した能力を使用してからでないと、【目能蔵放エネルギータンク】の《吸収》の能力は使用出来ないという単純な情報のみ。


 現に今まで身に覚えのある能力は、吸収した能力を一度使用してからで無いといつもの《吸収》の能力が発動されなかった。


 となれば、考えられることは一つ。


 知った風に思っていた【目能蔵放エネルギータンク】の能力には、まだ完全に把握していない要素があるのかもしれない。


 例えば、仮に朱音の言うそれがチラ見した程度であるなら、それは彼女の能力をほんの少し《吸収》した程度のものであり、中途半端に吸収した能力は《放出発動》するに至る容量エネルギーとして加算されず、特に《吸収》の発動に対する差し障りが無いと考えるとしたら…………。


「となれば、互いの発動条件は目を見ること。

 これがてめぇとの一対一タイマンなら、目力能力の分が悪くて相手にしたかねェ神眼者野郎だが、この数を相手七対一リンチとなりゃあ、最早もはや打つ手無しッて言ったところじゃあねェの?

 もういい加減うぜぇしよ、とっとと神眼狩りケリ終わりにしよう付けようじゃねェか、一年坊主ッ!」


 まだまだ秘密がありそうな【目能蔵放エネルギータンク】の能力。


 だが、そんなことを考えている暇は無く、状況は敵の数を減らすどころか、その数の差は四対一から七対一へ。


 状況は更に悪い方向へと進んでいるのにも関わらず、彼はどこか冷静にいた。


 それは何者だろうと好きに出来る、朱音のわずらわしいに彼女が………戦闘において彼女以上に厄介な相手はいないであろう、歴戦越えし本物の忍者実力者-『三日月斬月』の存在が、朱音の手中に収められていないことにあった。


 あの時の通信で助けに行けそうもなくなったとか何とか話していたことを一度は耳にはしたが、悠人には何となく助けに現れることを――、彼女を――、信頼しているのであった。


「待っていて下さい、ゆうと………すぐに――参りますッ!」

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