⒉ 処憂餓威(3) やられた方は忘れない
斬月は彼女の顔を見て――
「貴女は………」
思い出す。かと思えば………
「……すみません。誰でしょうか?」
斬月の記憶の中に彼女という存在は気にも留めるものでは無かった。
毎日のように色々な神眼者を相手にする中、いかにそれが強者であったのならいざ知らず、これまで相手にしてきた数ある神眼者の、それも一切の目力を使わずに片目を略奪した相手ともなると、印象に残っていないのも仕方のないことなのだろう。
まして千年間も生きているのだ。
その長き人生において、数々の経験の積み重ね、そして永い道筋を辿り、築き上げられた事例の一部、それと人間が本能的に――、優先的に記憶する、自分が生きていく為に必要な知識が、限られた脳の記憶容量内に
それはとても限られ、そしていつまでも保管するだけの記憶ともなれば、それはそれはごく僅かであろう。
脳が必要だと感じたもの、恐怖や驚き・インパクトに残ったもの、毎日繰り返し当たり前のように
そうでないものは、気付けば時間と共に脳は忘れてしまうものである。
まして斬月はこのゲームが始まる前から、多くの人が争い、無駄に殺生されてきた時代を生き抜いてきた人生を送ってきたのだ。
昔では想像も出来ない程に平和となり、人と人とが殺し合う争いとは無縁の世の中になった日本の現代において、再び血で血を洗う惨劇が訪れようと、斬月にとってはその時代が長かっただけに、【
しかし、やられた方はその逆である。
人間嫌なことはすぐに忘れると言うが、いじめや傷害、精神的・肉体的に与えられたダメージというものは、たとえどんなに軽いものだとしても、受けた方は脳がその時の記憶を覚えているものである。
それはまるで地べたに吐き捨てられた食べ掛けのガムのように離れようとせず、脳の中で粘着し、ちっとやそっとで取り除くことは出来ない、どす黒い憎悪や恨み、そして悲しみ、様々な感情が入り交じった執念という名の
そしてここにそれらをぶつけようとする一人の少女がいた。
「アハッ、マジで忘れたとか言ってんの?…………ふざけてんの、お前?ウチの右目を奪っときやがって、アホなこと抜かしてんじゃねぇよ」
「……右目?そう言えば、貴女のその目の周りにあるものは一体?」
「うっせぇ!なんだって良いだろうがッ!これも全て、お前があの場所で、【スーパーかげひさ】の前で右目を奪ったばかりに…………」
「……それって…………………」
斬月はその名前に見覚えがあった。
そう、これはあくまで《聞き覚え》では無く、《見覚え》なのだ。
「確かあの日あの時、ゆうとを追い掛け入っていったお店の看板がそんな名前だったような…………」
確信的にそう………とは言い切れる自信は無かった様子の斬月だったが、あの日訪れたスーパーマーケットの名前は、確かに【スーパーかげひさ】と言った。
「……そうだ。あの時、妨害してきた
「少しは思い出してきたか?つーか、物覚え悪過ぎっしょ、
「部屋着徘徊イカレばばあ?」
「アハッ♡理解出来ねぇの?他でもない、人とは違う馬鹿丸出しな格好しているお前に向けて言ってんだよ」
「そう……ですか。……すみませんが、私は今、急いでいますので、話は今度会った時にでも聞きます故、ここは失礼させて頂きます」
まともに相手もせず、そそくさとこの場から離れようとする斬月。
しかし、怒りに満ちた彼女がそう易々と逃す筈も無く、斬月の進路を
だが斬月はそれをものともせず、向かって来た針の先端だけに気を付け、その後ろの円形部分に足を乗っけて踏み台のように飛び越え、先を行こうとする。
ところがそれはブラフであり、本命は斬月の背後より襲い掛かった。
「がはっ………」
斬月が離れた屋根、そこに貼られたタイル一つ一つが針状化し、無数の針が彼女の身体を串刺しにしたのだ。
「何勝手に立ち去ろうとしてんの?
何だかとんでもない奴に目を付けられてしまったと、斬月はどうにか動く手を使い、
「……斬月です。その………すみません。例の件ですが、現在私の前に神眼者が現れまして……………正直に申しますと助けに行けそうもなくなりました。本当にすみません。そういうことで―」
瞬間、新たに現れた針によってEPOCHごと腕を串刺しにされ、強制的に通話を遮断された。
「……うぐっ」
腕を
「あのさぁ、このタイミングで通話なんかしてくれちゃってよぉ、誰かに助けを呼んでもされたら、ウチの復讐を邪魔されかねないッつーの。他人の介入は無しで神眼狩り、始めようじゃん?」
こうして二人の闘いが始まったのだった。
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