⒈ 夜云鬼威(4) お前だって若いだろう

 噛月朱音かみつきあかねの指先が、彼の右目の角膜に触れるか触れないか迫り来る時、それは起こった。


「あっ、先生!あそこです!」


「おい、そこで何をしている!」


 少し遠くから聞こえてきた一人の生徒の若々しい声と男性の教員らしき野太い声。


 チラッと声のした方へと視線を傾けると、そこには夢見華と悠人のクラス担任である柊恭次郎ひいらぎきょうじろう先生がこちらに向かって駆けて来る姿があった。


「ちッ………、センコーが来やがった。この目の存在がバレたところで、その記憶を消しちまえば済む話だが、横にいるアイツのツラ………リストで見たことあンな。一年坊主の仲間か?だとしたら、面倒臭めんどクセェ話だぜ。

 下手に集団戦なんかして、万が一にもこいつらの一人がられちまったりなんてしたら、胸糞悪むなくそワリィしよ。

 ここは確実に一人こいつと仕留めるケリを付ける為にも、今急ぐ必要はねぇ。オイッ、ここは一旦引くぞ、てめぇらッ!」


 朱音はそう言って、白鮫稔しらさめみのるら三人の仲間を引き連れ、早々にこの場から退散した。


「大事無いか、目崎?」


「はい、なんとか……」


「ゆっとが無事で本当に良かった」


「華ちゃんが先生をここへ呼んでくれたのか。おかげで助かった。……察するに、この場所を突き止めてくれたんだと思うが…………」


 なんて周囲をキョロキョロしていると………


「どうやら、間に合ったみたいね」


 少し遅れて合流して来た保呂草未予。


「私が先生を呼ぶよう、ロール……っんん、彼女に言ったのだけれど、若い子の力強いエネルギーには圧倒されてしまったものだわ。

 さっさと駆けて行くは、近くにいたこの先生を呼んで来て、そのまま先生の腕を引っ張って先行し、後ろから私が最も近いルートを指示する形で、どんどん先へ先へと行ってしまうものだから、付いて行くのが大変だったわ」


 先生がいることを配慮してか、ロール巻きと言ってしまいそうだったところを咳払いして誤魔化し、後から合流して来た理由を話す未予。


 すると、柊先生から―


「保呂草、お前だって若いだろう」


 なんて見た目だけは確かにその通りな言葉をぶつけられてしまった。


「……そうですね」


「「―クスッ!」」


 彼女が見た目とは違い、実年齢がだいぶ上だと言うことを知っている悠人と華は、思わず小さく笑った。


 柊先生はそれに気付いた様子も無かったが、未予はそうでもなかったようで、ジロッと二人の方を睨み付ける姿があった。


「「うっ………」」


 あまりの眼力に思わずひるむ二人。


 取り敢えずは二人の怖気付くさまを見てスッキリしたのか、未予は話を切り替えるように柊先生に口を開く。


「……それより、あのようなヤンキー連中を野放しにしているだなんて、一体全体ここの先生方は何をしているのかしら?」


「確かにあの生徒達は、不良まがいな身なりを、特に噛月朱音と言う生徒に至っては改造ジャージなんてものを着て、それはそれは多くの先生が何度も、注意はしているんだがな。全くもってそれを直そうとはしない。

 だが、何だかんだでそこまでだ。彼女達がさっきみたいな集団暴力、イジメ行為なんてことをしていたなんてこと、今までの事例ではぞ」


「どういうこと?」


「そいつは俺から説明するよ、未予。その噛月先輩と一緒に連んでいる人の中に厄介な力を持っている者がいてな。なんでも…………」


「ちょっと、待って。その話をする前に………」


 突然、未予は華を近くに呼び寄せるように指をクイクイッと動かし、彼女が近付いて来ると何やら耳打ちでゴニョゴニョとささやき始めた。


 すると、それを聞いた華は柊先生をこの場から遠ざけるかのように――、『ひとまず彼のことは私たちの方で保健室にでも連れて行きますので、後のことは任せて下さい』的なやり取りが行われ、華は先生を追い払っていった。


「先生を遠ざけたのって…………」


「貴方が言おうとしていた力って目力のことでしょう。変に口走ってしまわれる前に、部外者には退場して頂いたわ。

 一般人に神眼の存在を知られてはならないというルールは、あくまで神眼の開眼に見られる異形な瞳孔、発光する瞳が一般の人に見られ、その存在を知られてしまったら最後、その者を即刻始末しない限り、ゲーム退場。即ちそれは死を意味するということ。

 神眼を開眼しているところさえ目撃されなければ、それこそ、目力の会話をしようがしまいが、一般人に聞かれてしまったところで所詮は、なにか私たちの間でやっているデジタルゲームか何かの話題ぐらいに解釈される程度で済むだろうから問題は無いと、思いがちになること。

 確かにそこについてはルールの穴を突いた考え方で、それ自体が間違っているなどとは思わないわ。

 けれど会話だけなら人前を気にしなくとも問題が出ることは無い筈という、ちょっとした油断から、何処でどんな痛い目を見ることになるか、分かったものじゃないわ。

 常日頃からこういう機密デリケートな話を扱う際には、細心の注意を払っておいておくに超したこと無い筈よ」


「……確かにどこでボロが出るか分からないしな。変に心配掛けたようで悪かった。

 なら改めて、噛月先輩と一緒に連んでいる一人にこれまた変わった能力を持っている人がいるのだが…………」


 そして彼は、心当たりのある目力:【忌気消鎮いきしょうちん】のことについて話した。


「成る程……相手が思ったことのみならず、能力者本人が避けたいと忌み嫌う苦しみを鎮める力―――それは事項に至るまで、肉体的・精神的問わず全てに働き、意図的に取り消してしまう、と。

 そう言えば、あのメイドの涙は逆にそう言ったことを癒す力と捉えられるかもしれないわね。確かに変わった目力めぢからだけど、それよりこの話が本当ならば、あの連中は何をしようがやりたい放題出来るって訳ね。そいつは厄介だわ」


「あのメイド?ってのは何を言っているのか良く分からないが、取り敢えずあの人達が最後に立ち去る前、ここは一旦引くとあの先輩は言っていた。

 となると、さっきみたいに俺一人の時があったら、もう一度狙われる可能性はあると覚悟はしている。なるべくなら、未予達と一緒にいる方が安全で良いが、そんな都合良くそれが出来るって訳じゃない。

 例えば午後の体育の授業なんか男女別だし、ヤンキーなら授業をサボるってのは、お決まりのことだ。

 いっそのこと、俺達三人で午後の授業サボっちまうのが手っ取り早いかもしれないが、いつまでもそんなことしていてもらちが明きやしない。だからこそ、早いとこ決着を付けたいところだが、クソッ!どうしたら…………」


「なら、この目を渡しておくわ」


 そう言って、未予が彼に手渡したのは、密閉袋の中に入った一つの眼球だった。


「この目って確か――、の神眼。それ……、まだ持っていたのかよ!

 けどこいつは、範囲が大きいから危険すぎる。万が一にこの学校にいる関係のない人を消してしまったりでもしたら…………」


「お人好しの貴方のことだから、そう言うと思ったわ。だからこれは、あくまで保険。

 ようは君を一人に見せかければ、奴らは現れるのでしょう。それに私の能力は《未来視》よ。危なくなったら、最悪なことになる前に助けに入れるよう、そこはきちんとフォローするわ。

 それでも不安だって言うのなら、これでもかとおあつらえ向きな、隠密の経験がありそうな本物の実力者がいるじゃない」


「……そうか。何一人でどうこうしようって考えていたんだよ俺って奴は。昼休みが終わるのも時間の問題だ。早いとこ、EPOCHエポックで彼女に連絡を取るのが先決か……………」


 そうして悠人は、ある者に電話を掛けるのだった。

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