⒈ 夜云鬼威(3) 邪苦肉狂蝕

「覚悟出来てッか、おめぇよォ?」


 噛月朱音かみつきあかねは瞳を浅緑に光らせ、ジリジリと悠人に向かって歩み寄る。


「まっ、待ってくれ。その目はまさかその、普通の人にバレてしまうとアウトなやつなんじゃないでしょうか?」


「ああ、この目か?神眼しんがんっツったよな。おっ、そうかッ!アレだろ。この目の存在を知られたり、そいつに宿る特殊な力を見られちまったら最後、例の目神アマに殺されるとかナントカ。そういうことなら心配しなくて良いぜ。ここにいる連中もまた、だからよォぉ」


 瞬間、スケバン達は一斉に神眼を開眼した。


 一人は赤紫色に瞳を輝かせ、また別の一人は黄赤色に瞳を輝かせ、更に別の一人は唐紅色からくれないいろに瞳を輝かせ始めた。


「そんな………この人達全員が神眼者プレイヤーだなんて…………………」


 圧倒的数の差に、かなりの危機的状況を感じ始めた悠人。


「オイオイ、あの一年坊主ビビッてやがンぜ」


「そりゃあ、全員がそうだって知っちまった時の絶望感はさぞかしたまんねェだろうよ」


「意地汚ねェとか思うンじゃねェぞ、これも生き残る為だからよォ」


 赤紫、黄赤、唐紅の順に、次々と口を出す。


「始めからそのつもりで、こいつらに人気ひとけの無いところへおめぇを引っ張り出してやったって算段よ。これまでこの手でこの学校の神眼者生徒を何人も鎮めてきたンだがよォ、だァれもそのことに気付きやしねェ。なんでそんなことが出来てッかっつーと…………」


 噛月朱音がそれを言い掛けたところで―


「おッと、噛月の姐サン。あンまり話過ぎてしまいますと、あの一年坊主に手の内をさらしかねないッすよ」


 妙な立ち回りで人を持ち上げる、色々な意味で計算高そうな唐紅のスケバン-骸狩野唯羽からかのゆいはが彼女の発言を制止させた。


 紫色のヘアピンを付け、右サイドの襟足の髪が豪快に剃り上がった、いわゆるツーブロックヘアーと呼ばれる髪型をしており、右耳にはピアスを付けた、いかにもな見た目の少女である。


「そうだな。いい加減、おっぱじめるとすッか」


「そいつはウチに肩を付けさせて貰えねぇか?」


 そう言ったのは、悠人に拳を受け止められてしまった、オラオラ系の赤紫のスケバン-白鮫稔しらさめみのるであった。


「この一年坊主には散々さんざんな借りを受けちまってよぉ、是非ともそいつを返してやろうと思ってンのさ」


「そうか。なら、やって見ろ」


「感謝すんぜ、姐サン。―さてと喰らいやがれ、一年坊主ッ!【邪苦肉狂蝕じゃくにくきょうしょく】ッ!」


 そう言って、白鮫稔しらさめみのるは目付きを鋭くし、にらみ付けるように悠人と視線を合わせる。


「《弱肉強食》?」


 なんて悠人が不思議そうにつぶやいていたのもつかの間。


 目が合った瞬間、悠人は急に手足をジタバタと動かし、のたうち回りながら―


「ぎゃあぁぁぁぁ――――――ッ!痛い、痛い、痛い、痛い、痛いぃぃいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ――――――ッ!」


 悲痛な叫びを上げ始めたのだった。


「ぎゃははははッ、こいつのツラ、面白いことになってンぜ」


この光景こいつ何度いつ見てもきねぇよなぁ」


「ふっ、滑稽こっけいだな」


 黄赤、唐紅、カシラの順に、それぞれが口を出す。


「あがががががっ、いぎぎぎぎぎっ、ぐがっぐががががががっ、がっががっ」


 最早もはやまともに言葉を発せないほど、頭をおさえながらただただ苦しそうな声を上げるだけの悠人。


「ああなってしまえば、壊れちまうのも時間の問題だぜ。全ては神眼を持って生き返ッちまったことが運の尽きだと思いな。このままおめェの最後を黙って見届けるッてのも、味気ねェしよ。冥土の土産に一つ教えてやるよ。

 この力はな、睨みガン飛ばすことで目が合った相手は肌をむしりたくなるような、それはつらくて痛い幻痛症げんつうしょうに襲われ、次第しだいに気は狂い始め、肉体と心をじわじわとむしばんでいく。 

 この力はまさに対象者にさい撒き散らす、邪視の力ッて言ったとこか?」


「…ぐぎぎっ………う゛っ、ぐがs、そ………そういう……こと」


「何ッ?」


 瞬間、悠人は鋭い目付きで目力めぢから-【目能蔵放エネルギータンク】を開眼する。


「ぐっ……がぎゃぁああああ……………ぎっぎゃぎゃゃぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁ――――――ッ!」


 崩壊寸前だった自我はギリギリのところで保たれ、反対にこの能力を使った白鮫稔しらさめみのるの心と肉体がむしばみ始めた。


「何が起こってやがる」


「なんで、てめぇが狂ってやがんだ?」


「こんな芸当が出来るとなりゃあ、あの一年坊主。相手の力を奪えるのか」


「………はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。さっきの力を知るタイミングがもう少し遅かったら、危うく精神崩壊しても可笑しくなかった。あと三人、どうすればこの場からのがれられる………………」


「いひっ、ひひひひっ、うひひひっ、ひーひっひひひひひひひっ」


 崩壊していくみのるの前に歩み寄る黄赤のスケバン。


「ったくあの馬鹿、一人で片を付けるみたいなこと言ってこのザマかよ。噛月の姐サンを差し置いて、先に出しゃばったりするからだっての。ほらよッ、いつまでも気味悪きみワリィ声上げてねぇで、さっさと目ェ覚ましやがれッ!」


 どこか調子の良いそのスケバン-近嵐安奈ちからしあんなは痛みのあまりのたうち回るみのるの目に焦点を合わせるように、奴の目に向かって睨みガンを飛ばす。


 すると――


「あ?なんか、スカッとしたぜ…………よぉ、分からんけどよ」


 さっきまで強力な幻痛症げんつうしょうによって、イカれ狂った症状を見せていたのが嘘であったかのように、けろっとした様子で何事も無く立ち上がったみのる


「目力が………無効化された?」


 そう思ってしまいそうだが、こいつは違った。


面白おもしれェもんだろ。ウチの持つ力-【忌気消鎮いきしょうちん】は。

 睨みガン飛ばすことで、その対象者から肉体的苦痛や精神的苦痛、誰もがみ嫌う苦しみを意図的にしずめてくれる。

 端的に言やァ、肉体と心の痛みを忘れさせる鎮痛剤、はたまた苦しみから気を鎮める鎮静剤とでも言ったとこか?」


「……これまでこの学校の神眼者しんがんしゃの生徒を何人もッてきたと言っていたが、誰もそのことに気が付かなかったのは、一人始末するたびに学校の生徒や先生の記憶から、生徒の死と言う嫌な事をその力で取り消したと言うことか?  

 けど、この学校の人達全員に睨みガンを飛ばすなんて大変なこと………そもそも一般の生徒や先生に向かって能力を使用したら、この目の存在を知られても可笑しくない筈なのに…………………」


 そう、この【ピヤー ドゥ ウイユ】というゲームには、とあるルールが存在する。


 それは一般人に神眼の存在を知られてはならないというもの。


 もしも誰かに知られるようなことがあれば、その神眼者と存在を知ってしまった一般人は共に、ゲームマスター:目神へアムによって殺されてしまうのである。


 だが、この近嵐安奈ちからしあんな、そうはなってないとなると、この力にはまだ秘密があるのだろう。


 しかしそれは、彼が思った以上に実にシンプルな答えであった。


「オイオイ、単純に考えても見ろッて。何も忘れたいと思う立場にいる奴なんて、視られた側だけに限らず、見ちまッた側にだって忘れたいと思うことがあるのは普通のことだろうよ。

 分かりやすく例えを出すなら、ある時見るつもりは無かったのに人が殺された事故現場を目撃しちまッたとする。

 犯人は勿論、目撃者なんていたら避けてェと思う反面――、それを見た側の人間だッて死体なんて嫌なもン見ちまッたら、そンなの良い記憶でも何でもェんだからさッさと忘れちまいてェと思ッたりすンのは不思議じゃねェだろッて話さ。

 つまりよォ、睨みガン飛ばした相手だけに能力の効果が適応する訳じゃあ無く、使い手であるウチの立場視点とは別に立つ連中だろうと、ひとたび開眼するだけで嫌なことは全て自然消滅するように忘れていく―――。要はこの力にはことから、いちいち一人一人に睨みガン飛ばさなくたッて勝手に都合の悪いことは忘れちまいやがるってこッた」


「それがこれまで知られなかった理由…………しかし、この学校の人達全員に睨みガンを飛ばすなんて手間の掛かるようなこと、どうやってこなして………………………」


「うっせェ!てめェら二人共お喋りが過ぎンだよッ!こんな一年坊主なんぞ早いとこ、始末すりゃあ良いだろうがッ!」


 唐紅のスケバン-骸狩野唯羽からかのゆいははそう言って、ついに彼女も目力を使用した。


 悠人に睨みガンを飛ばすと、彼の身体に異変が起こった。


「う………うぐっ、なんだ………今度は……………足が…………

 い、いてぇ、痛ぇええええええええぇぇぇぇ――――ッ!」


 突如、立っていられなくなるほど、両足に痛みが生じ、地面の上に倒れ込む悠人。


 ここで唯羽ゆいはの謎の目力を吸収したところで、復活した白鮫稔しらさめみのるの【邪苦肉狂蝕じゃくにくきょうしょく】が再び彼を襲うことになるだろう。


 その為、どんなに動けない状態であっても、同様に痛みが激しかろうとも、安易あんいに奴の目力を吸収する訳にはいかないのである。


「どうだい、立てねぇか一年坊主ッ?ま、これまでッてきた神眼者の生徒達連中の中じゃあ、一番ったんじゃねぇの?けど、残念だったなぁ。最早もはや、おめぇには何も出来ねェ。さぁ、ッちゃいましょうや、噛月の姐サン」


嗚呼あァリンチお遊びしまいだ。あばよ、一年坊主ッ!」


 そう言って、朱音は悠人の眼球に向かって手を下ろすのだった。


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[あとがき]

夜云鬼威ヤンキー漢字っぽい能力名を考えるのがマジで大変だった。


勿論、あとの二人の分も考えておりますので、それはのちのお楽しみに!

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