⒍ 刮目(6) シノビ

 ニーナ・ランドルトがいた六階建て施設、その地下一階にて――


「まったく、何してくれちゃってんの、悠人ちゃんは?

 折角の発明品、壊さないで欲しいよ。いくら回復して治るからって、人体欠損覚悟で殴るとか頭湧いてんの?

 ……まぁ、メンバーの中には金持ちがいるし、そいつから金借りて作れば良いことだけど?

 あーでも、めんどいなぁ。めんどくさいなぁ。めんどいよぉ〜!で・も・で・も、神眼者プレイヤー監視の為にも、ここは作らないとだしなぁ〜〜。

 ……はぁ、めんどくせぇー。け〜ど、そうも言ってらんないんだよね。なんせ自分の命も懸かっている訳だし、わたくし冴子さえこ、いっちょ頑張るとしましょうか!」


 下着の上からTシャツ一枚というだらしない格好で、ついさっきまでドローンカメラの映像を見ていたであろうモニターの前で、雫目冴子しずくめさえこはぶつくさと不満を垂れていた。


「ほへぇ~~、ドローンぶん殴られるとか、相当冴子の喋り方がうざかったんやろうな」


 唐突にひょっこりと、背後から現れた女の影。


「あっ!まーたそうやって横から何か言う。と言うか、喋り方うざいとか一種のいじめだよね。いじめじゃね。いじめじゃん」


 もはや会話の感じといい、大方予想は付いているだろうが、正真正銘この人物こそが先のもう一人の声の正体である。


「いやいや、これは冴子以外の六人、ニーナも含め、つまりフルメンバーな。あいつらも内心ではその喋り方、うざいと思っているぜ。長いことつるんでるから分かるんだ。みなそれぞれ、僅かだが顔に出ている」


「いやちょっ、僅かって何さ?クッキーとビスケットの違いレベルみたいな?はいはい、お得意の観察眼ってやつでしたっけ?行動心理学か?

 職業柄――、人の些細な変化を見る習慣が付いちまってるんだか知らないけど、二百歳以上生きてるわたくしの人生において、そんなにも目の良い奴は未だ見たことがないって。

 普通、年取れば衰えていくものだが、やっぱ不老ってのは良いものだねぇ。筋肉が衰えることを知らないから、毛様体筋がピンピンってもんよ。水晶体が固まらないから、眼力がんりきは現役のまま健在。こいつは言ってしまえば、《視力の化け物See Monster》だな」


「《海の怪物Sea Monster》?Ahあー……〈見る〉って意味の方の〈シー〉か?何を海の怪物と言っているのかと思ったが………。

 Come al solitoわらず,冴子の言葉のセンスは実にぶっ飛んでいるな。勿論――、良い意味で言っているんだぜ」


「あー、そうか。そうかい。そうですかい。どうせ私は英語が苦手だから、さぞ伝わりづらかったのでしょうねぇ〜〜」


「おいおい、不貞腐ふてくされてないでドローンの制作を始めたらどうなんだ?

 金のことならあいつに相談しとくから」


「はぁぁ〜~、マジ萎えるわ………」


 冴子はそう言って、渋々と手を動かし始めるのであった。


 ……場面は変わり、石井眼科前にて――


「さてと着いたぜ。ここが俺の紹介する眼科だ。内装はボロボロだが、眼科医の腕は確かだ。信頼して良いぜ」


 あれから二人は歩き続け、この場所へたどり着いた頃には、斬月の顔も悠人の右手も元に戻っていた。


「……お、お邪魔します」


 恐る恐る斬月はドアを上げると、そこには診察しんさつチェアに座りながら、暇そうに新聞紙を目にする片眼鏡モノクルを掛けたおっさんの姿があった。


「……ん?おお、いらっしゃい」


 相変わらず店内はガラガラで、突然の来店に慌てて新聞紙を片付け始める、石井眼科ただ一人の作業員-『石井友永ともなが』。


「お客さん連れて来たよ、友永さん」


「おっと、お前さんも一緒だったか。………って、お客さんなんですその怪我は?すぐに左目の移植を…………」


 友永は急いで移植手術に取り掛かろうとすると、それにはと悠人が口を開く。


「え〜っと、そのことで一つ、相談したいことがあって………、実は友永さんに移植してもらいたい眼球があるんだ」


「移植してもらいたい眼球?それは一体、何を言って………」


「………こ、この、妹の……眼球を………私に移植してもらえませんでしょうか?」


 すると斬月は突然そう言って、友永の前に一つの眼球を見せた。


「は……、はぃぃ……⁉︎妹の……眼球……ッ⁉︎と……突然こ……この子は何を言っているんだい⁉︎」


 彼女の発言について行けず、友永はすぐに悠人の首根っこを掴んで手繰たぐり寄せると、彼女に聞こえないよう小言で話し始めた。


「………おいおい、お前さん。やべぇ客、連れて来ちまったんじゃあ無いだろうね。

 さっきあの子が言っていた、妹の眼球というのはどういうことだ。説明をしてくれッ!」


(どう説明すりゃあ良いんだよ。本当のこと言うものだから、話がややこしくなったじゃねぇか。どうしたものか…………)


 特に気の利いた言い訳が思い付くことは無く、悠人は苦し紛れに苦笑いで返した。


(あーあ。もうお手上げだ、こりゃあ………)


 などと、打つ手無いなと悠人が思っていると、斬月の方から友永に向かって話し掛けたアタックした


「へ……変なことを言っているのは百も承知です。ですが、どうか……どうかこの眼球を移植しては貰えませんでしょうか?」


「いやいや、そう言う訳にはいかないのだよ。

 たとえ血の繋がった姉妹であろうと他人の眼球を移植するには、献眼けんがん登録証と献眼登録者カードの提示。

 その持ち主の死後――、眼球を提供することに本人または遺族の同意を得て、移植を待つ患者に厚生労働大臣の許可の元、斡旋あっせんする公的機関-【アイバンク】への意思が無ければ、こちらとしても移植は出来ない。

 本当のことを話してくれ。妹の眼球というのは一体どういうことだ?」


「それは………」


 言葉が詰まる斬月。何をどう説明したら良いと言うのだろうか?


 その時だった。


「お客のプライバシーに深々と入ろうとするのは商売人としてどうなのかしら、おじさん?」


 突如として出入り口の扉が開かれ、聞き覚えのある声・口調を響かせる一人の女性。


「お前は………未予!未予じゃねぇか!」


 そう、他でもない保呂草未予の姿がそこにあった。


なんでお前がここに…………」


「貧乏人の貴方のことだから、移植代を持ち合わせていないんじゃないかしら?」


「まさか未来をて………ってことはまさか、彼女お金が無いとか…………」


 斬月の方へと、ハッと振り向いた悠人。


「お金………ですか。すみません、あの時、財布を無くしてしまいましたので、手元には最近拾った五十円程しか…………」


「五十円!しかも、この時代に硬貨って!そんなんで今まで、どんな食生活をしていたんだよ」


「例えば今の季節だとタンポポやヨモギなど、道端に生えた雑草をしょくしたり、後はイナゴやハチの子だったり…………」


「だあぁぁあああああぁぁぁ――――ッ!もう良い、これ以上は何も言うな。つーか、アルバイトとかしてないのかよ。

 どれだけ世間知らずなんだとしても、長いこと生きている以上、アルバイトってものがなんなのかぐらいは、知っているんじゃないのか?」


 斬月が何か答えようとしたその瞬間――、どんどん置いてけぼりになってしまった友永が口を開き出す。


「おい、私の話は終わっとらんぞ。こっちは医者として最重要確認をだな」


「おじさん、もうそのくらいで彼女に移植しようよ」


 一瞬、未予の瞳が光ったように見えたかと思えば、意識を無くしたかのように友永の瞳から光が失われ――


「……はい、分かりました」


 さっきまでとは打って変わり、素直になった友永は何も言わず手術の準備に動き始めた。


「な、なんだ………未予の奴、何かして………………」


「さぁ、なんのことかしら?人のプライバシーには干渉すべきじゃないと、さっきおじさんにも言ったばかりなんだけれど?」


「………分かったよ。取り敢えずはありがとな。助かった」


「そうやって、素直に感謝すれば良いのよ」


「………ほんと、相変わらず上から物を言う奴だよ、お前は。

 とは言え、さきのドローン野郎とは違って癪に障る訳じゃあ無いけども…………」


「何か言ったかしら?」


「いいや、何でもぇよ」


 そんなことがありつつも、どうにか斬月は妹の神眼ひだりめを移植してもらうことに成功した。


 勿論もちろん――、その後の治療費はきちんと未予がお支払いをした。


「それで、そこの『シノビ』はこれからどうするのかしら?」


「えっ?あ……そこの《忍び》って私のことでしょうか?」


「他に誰がいるのかしら?」


「えっと……その、どうすると言うのは?」


「良かったら、私たちと手を組まないかとお誘いをしているのよ」


「そ……そんな、私なんかと手を組んだところで大した戦力には…………ましてや、助けようとしていた筈がかえって、彼……ゆうとには助けられてしまう始末だった訳で………」


「あーもう、そう言うのは良いから。大体、自分を過小評価し過ぎなのよ。私からして見れば、これまで遭遇してきた神眼者しんがんしゃの中でも一際に身体能力が高く、戦闘能力が非常に長けていると率直に評価するわ。貴方だって、そう思うでしょう」


「えっ……あ、ああ……………」


 唐突に振られるも、悠人は本心……と言うよりは、もはやあのトラウマから自然とこのような返事が口から出たのかもしれない。


 だがなんにせよ、そう言ってくれたのは彼女にとって嬉しかったようで…………


「……そっか。…………そ、その……私なんかで良ければ……………」


「それじゃあ、決まりね。よろしく『シノビ』―――」


「よ……よろしくお願いします」


(こ……こんな唐突に仲間が…………と言うか、彼女の場合はそのまま『シノビ』って呼んでいくんだな、未予の奴………)


 これが三日月斬月と手を組むことになった瞬間だった。


(これで私が望んでいた【未来視ビジョン】の通り、あの男をかいして最古の神眼者をこちらの仲間に引き入れることが出来た。

 強力な神眼者が入ってくれたおかげで、これからは色々と行動しやすくなることを望むわ。全ては私の至高を成し遂げる為にも、ね………)


 密かに何かを思い始める未予。


 それが何を意味するのか、それが明かされるのはずっと先のことである。


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[あとがき]

その後の友永………


「………はっ!私は何を………………?」




ちなみに作中でくノ一という表現がされないのは、平安時代ではまだくノ一とは呼ばれていなかったことが理由。


実際にその名称が呼ばれるようになったのは戦国時代の頃からだと言われています。


ここで一つ豆知識として、『くノ一』は忍者の下で働きをする女性のことを指す言葉であり、実際の『くノ一』は忍者とは異なる存在なのだが、現在では女性の忍者という認識でされていることが多いという訳である。



〈おまけ〉

目崎悠人 ご帰宅後――


「……ただいま」


「おかえり、兄さん!卵は買えた?」


「あっ………買……買うことには買えたけど…………」


「買えた、けど………?」


「……わ、割れました」


「ええっ!じゃ……じゃあ、明日の分のツナ玉は?」


「……卵、切らしているから……ツナ、だけなら…………」


「もうそれって、ただのツナ缶じゃん………ううっ……楽しみにしてたのに………」


「ご、ごめ………」


「さ、流石にあれは問題なく手に入ったんだよね。ほら、本日の大特価!大安売りのアジフライは?」


「それは………」


「それ、は………?」


「何と言いましょうか………その、事の成り行きで……動物に食われてしまいました」


「兄さんの……、兄さんの大馬鹿者アホんだらーッ!」


「……わ、悪かった。悪かったって……だから、だから………兄をポカポカ殴るのはやめてくれぇぇ~~~ッ!」


それから三十分、彼は妹の紫乃にほんの少しだけ力の入った拳に、ひたすら身体を当てられ続けることとなり、目崎悠人は反省するのであった。


「二度とこのようなことにならないよう家計に優しく――、買った物はきちんと持ち帰るよう――、目崎悠人。精進致します」


「是非ともそうして下さい、兄さん」

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