⒋ 姉弟(6) 内面

「……目神ネセフ…………。まさか、目神がヘアムの他にも存在していようとは…………」


 互いに愛刀を激しく衝突し、鍔迫つばぜり合いになったまま、乱月の過去話を真剣に聞いていた様子の斬月。


 と思えたが、その矢先――


「いえ、それよりも乱月の下着を見ただなんてなんと羨ま………ではなく、なんともけしからん神様です」


 これが家族にだけ見せる内面うちづらとでも言うのか、普段の暗い印象とはまるで違い、あの斬月がこんなユーモアじみたことを言うのだった。


「姉さん、見かけによらず変態だったのですか?」


 実の妹にそんなことを言われようと、斬月はとどまることを知らず………


「い、いえそんな……妹に限ってのことであって………って私なんかが健全な妹に対し、姉としてその様なことをしてはいけませんね」


「……何やら私の知っている生前より、姉さんはだいぶはっちゃけ……いえ、良い意味でも悪い意味でも明るくなられたようで…………嗚呼あゝそうだ然り

 長い時の流れが姉さんに良くない影響を与えてしまったに違いありません。私の……私の姉さんは何処いづこへ……………」


 こんな話をする為にあの日のことを打ち明けた訳では無いのだが、なんだかそれに腹が立つのも可笑おかしくて、二人は顔を見合わせるなり………


「「……ぷっ、ふふっ、あははっ、あははははははッ!」」


 それはそれは笑い合った。


 力が抜け、最早もはやまともに刀を交えることも出来なくなった二人は鍔迫り合いをやめ、互いにその手を下ろす。


 その後も少し笑いが続くと乱月はふと、こんなことを言い始めた。


「何だか懐かしいな………。姉さんのわたくしめなど……って口癖。

 あっ、でも今は『わたくしめ』じゃなくて『わたし』か。それに『など』じゃなくて『なんか』、か。

 ……そっか、当たり前だよね。もうあの頃から随分と長い時代が流れたんだもの。色々と変化があるのは当然だよ。

 でも……なんでかな。それがちょっとだけ寂しいって思ってしまった自分がいるんだ。もう、自分の知ってる姉さんとは違うんだなぁ………って」


 乱月自身、一番の願いだった姉さんの強き成長には心底嬉しい限りだったが、それ以外……とは言わないが、それでもあの頃の自分が良く知っていた姉さんが恋しいのだろう。


 だが、斬月は言った。


「乱月、それは違うよ。言葉遣いが、口癖が変わっても、私が乱月の姉さんであることは昔も今も変わらない。大事なのは、長い長い年月がとうと、いつまでも変わらないものは確かに存在するということ。だから、自分の知ってた私じゃ無くなっただなんて悲しいこと言わないでよ」


「―――ッ!」


 乱月は驚いていた。


 いつも消極的で自分の考えを口にすることが滅多に無かった姉が、突然にもそんなことを言い出したのだ。


 あの妹の背を追い掛けていただけの昔とは違う姉。


 それだけ斬月の身も心も強く深く成長したのだと知れた瞬間だった。


「……ごめん、姉さん。私が間違っていたよ。でもね………」


 言葉の途中で乱月は【名月】を片手に、斬月を斬り掛かりに飛び出した。


 斬月は反射的に構え、互いは互いの刀で向かって来る刃を激しく振り払い、いなしながら、乱月は言葉の続きを告げる。


「姉さんをここで始末する話は別。あの方のご指示……だから…………」


「あの方?――まさか、その目神ナテウとやらが…………」


「ハズレです。ナテウ様は常に行方知らずなものですから。あの方というのは、私のある知人のことです。

 名を冴子さえこせい雫目しずくめと言います。

 凄いんですよ、彼女の能力。なんたってカメラや動物の目線……っと、これは秘密なんだった。

 危ない危ない、うっかり人の秘密を漏らしてしまうところでした。

 久しぶりに姉さんとお話しが出来たからでしょうか?私としたことが、少し舞い上がっていたのかもしれません」


「雫目……冴子…………。それがどんな人かは知らないけど……そっか。秘密なら仕方ないね」


 口ではそう言うも、斬月はそれを素直に受け入れてはいなかった。


 いくら秘密とは言え、恐らく乱月がこの世で一番信頼出来る人物は、姉妹の絆で結ばれた斬月に違いない筈。


 つい言ってしまいそうになった内緒事も、本当に信頼出来る人物にならば、何も急に話を切り上げることなんて無いと考えても別段不思議では無い。


 そうだ――、そうに違いない。


 斬月は思った。


 幾重にも時代を駆け抜け永い空白期間を得て――、ざっと900年ぶりに顔を合わせた妹の――、《乱月》の中で『斬月自分』という存在は、絶対的な信頼足り得る人物として、その目に映ることは無くなってしまったのであろう、と――。


 果たして――、本当にそうなのだろうか?


 心揺さぶる言葉が、斬月の頭をよぎる。


 たとえ永いときの経過が人を変えようと、乱月が自分の『妹』であることに変わりはない。


 それは何者にも代え難い、《姉妹》というで繋がれた存在だからこそ、乱月のあの態度一つで勝手に信頼されていないのだと、一時いっときの感情に揺さぶられ、決め付けてしまっていただけなのでは、と――。


 だがその気持ちに対する真相を知る由も無く、この気持ちは自分の内に留めたまま気を紛らわすように、思わず小刀を握る右手に力がりきむ。


 同じように小刀を持って向かって来る乱月と真っ向から、ガチィン、ガチィンと刃同士がぶつかり合う音が激しく響く。


 互いは一言も発さず、無言で打ち合いが起きること数分。


 妙なわだかまりの所為せいで集中力を乱した斬月は、あるところで手元が狂ってしまい、小刀【孤月】が斬月の手から離れてしまった。


「しまっ……」


 【孤月】は高く宙を舞い、斬月が身の危険を察した時にはもう遅く、乱月は彼女の喉元を深々と切り付けられた。


「あがっ……………」


 喉をやられ、言葉が詰まったような悲痛を上げる斬月。


 だがその痛みが斬月の中で溜まっていた邪念が振り払われるきっかけとなり、おかげで冷静になれた彼女は大きく引き下がり、乱月との距離を置いた。


 高く上げられた【孤月】は一瞬上空で静止し、重力のままに落下していく。


 ズザッ!


 突然、何か袋が切り裂かれた音がした。


 どうやら落下先に何かあったらしく、斬月でも乱月でもない第三者の声が聞こえた。


「……えっ?…………う……嘘だろ………………」


 斬月はその声に聞き覚えがあった。


「あ゛れ……は…………」


 歯切れの悪い声を発し、その方向へと目を向ける斬月。


 彼女の目線の先には、白髪の冴えない男の姿があった。

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