⒊ 武視(7) 鉛は刀と為すべからず

「それは大変だったな、栞奈よ」


 あれから栞奈は客室へと再び案内され、そこに集まったブシュラたちにこの血だらけの格好に至るまでの出来事を語っていた。


 全てを知ったブシュラ。


 彼女が消滅しなかったことに対し、素直な喜びをいだいていた。


「……なんにせよ、栞奈が無事ならそれで良い。お前にいなくなられてしまったら、今後の支援が受けられなくなるところだったからな。

 とは言え、神眼者しんがんしゃになった以上、この島から出ようとするとあの目神によって殺されるのは。となればやはり…………」


 ここで話に割り込む栞奈。


「ちょっと待て。殺されるのが決まり事項ってどういうことだ?」


「だからゲームだと言ったであろう。奴は言うなれば支配者ゲームマスター、私たちはそいつが突如として開催した Pilleur de oeilと呼ばれ……」


「お前、発音良すぎ。ピなんて言ったんだ?」


「すまない、栞奈に合わせてゆっくり言うべきだったな。

 【ピヤー ドゥ ウイユ】、それが意味するのは、私たちの命である目を奪う者達の総称――

 つまりは、私たちのような神眼を移植された者同士で命の奪い合い………

 と言っても、栞奈はすでにそれを目神が見ていた映像で見たそうだから、なんとなく分かっている筈だ。

 これは奴が持ちかけたゲーム、従わない者は死――あるのみだ」


「確かにあの映像を見た時から、なんとなく嫌な予感はしていたが、つまりあれは、奴によるお遊びってことか。

 さながら、私やブシュラはそれに参加させられている神眼者プレイヤーと言った感じか。

 そういや、一つ思ったんだが、お前の使用人やそこの小学生がこんな話を聞いてしまって良いのか?一般人にバレたらやばいとかそういうのって…………」


「良い考察力だ。確かに奴のもうけたルールの一つに、〈一般人に神眼の存在を知られてはならない〉というものがあるが、ここにいる者たちは全て神眼者しんがんしゃだ」


「えっ!ちょっ、マジで!あの小学生も神眼者プレイヤーだってのかよ」


「信用出来ないか?ならば刹直セツナよ、そこのお姉さんに神眼を見せて上げなさい」


「はーい」


 刹直セツナと呼ばれたその小学生は元気良く返事すると、一度その目を閉じた。


 間髪入れずに閉じた目を開くと、世にも奇妙な眼球があらわになった。


 先程までは見られなかった瞳が、かまぼこ型の瞳孔をした赤い瞳が開かれると、突然の現象に栞奈は驚かれた。


「うおっ!一体、何がどうなって…………」


「私たち神眼者しんがんしゃが人間の目をしているのは、日常に溶け込む為の言わばフェイク。これこそが神眼の有りのままの姿さ」


「ってことは、私もなんだか良く分からない、その奇妙な瞳を開けられるって言うのか?」


「ああ、神眼にプログラムされた情報が視神経を通して脳に直接伝達され、自分に移植された神眼がどういうものなのかを知った時、おのずとその瞳は開かれる」


「へぇ~、でもそんなことを知って何か役に立つものなのか?」


「あくまで真の神眼を知ることではない。

 重要なのはその先――あのゲームを生き延びる為に欠かせない特殊な力-『目力めぢから』の開花に意味があるのだよ」


「特殊な力-『目力』?そいつは一体なんだってんだ?」


「神眼にはそれぞれ『目力』と呼ばれた、言うなれば特殊能力のような力を一つだけ、その身に宿している。

 人それぞれ能力は異なり、例えば刹直セツナの持つ神眼には、影を自在に操る力が宿っている。試しに刹直セツナ、ここで披露ひろうして上げなさい」


「うん、分かった」


 刹直セツナは開眼状態の神眼で栞奈の影を目にすると、不思議な現象が巻き起こった。


 突然として独りでにゆらゆらとうごめく栞奈の影。


 すると影は人型に立体化しては、適当に踊り始めた。


「わ、私の影が立体化して勝手に動いて………こ、これが『目力』…………ゆ、夢じゃないんだよな」


 そう言って自分のほほを強くつねった栞奈。


「いててててて、有無うむを言わさず結果は決まり切ってるってか。

 なんだってこんなのが現実だとか、色々と衝撃がデカ過ぎて整理が追い付ける訳ねぇだろが。私の頭をパンクさせる気かよ」


「深く考えようとはせず、素直に受け入れたらどうなんだ?楽になるぞ」


「とか言って、家の中で白衣を着ている奴のことだ。

 自分の目に可笑おかしな力が宿っているって知った当初は、さぞかしその力の研究とやらして、科学的に解明出来るまで受け入れられなかったクチだったんじゃないのか?」


「それを答える前に一つ言わせてもらうが、白衣で人を判断するのはどうかと思うぞ。

 ……とは言え、実のところ目力について一通り研究をしていたことはあった。成果としては、神眼の角膜から未知の組織を発見してな。

 独自に解析をこころみた結果、そこから謎の高エネルギー反応が検知され、不思議なことにその働きは脳から発せられた電気信号をスイッチに、意識的にまぶた開閉かいへいをすることでコントロール出来ることが分かった。

 だがそれも、神眼を開眼出来る時というのが限定されておりそれは、【他の神眼者と遭遇した時】――、将又はたまた【この目を見られ、その存在が明るみになる前に保身の為、どうしても始末しなければならない時】――、にのみ限られている」


「そ……そう、なのか?」


「考えても見ろ。無意識に目を開いて、気付けば力を使っていましたなんてことがあったら、能力によっては危険なんてものじゃない。本当に良く出来ている代物だよ、神眼は。

 先程挙げた例以外の用途で使用しようと目を開閉させても、ピクリとも反応しない。

 開眼に値する状況下にのみ、力を使いたいという意思が尊重され、神眼はその力に応えて初めて使用可能となる。

 そして、力の使用を終了するという意思を脳がキャッチした瞬間、神眼者は瞼を閉じることで『目力』は抑制よくせい。力を抑え付けることが出来る。これが【開眼から閉眼に至るまでのサイクル】になる。

 ただし、そのコントロールは常に可能と言う訳ではなく、ある時間帯をさかいにエネルギー反応が無くなってしまう。

 こればかりは解析出来なかったが、そもそも神眼は目神へアムが創り出したもの。

 例えばエネルギーが常時開放状態にあると、人間の身がそれに耐え切れないと考えるとして、肉体保持の為の何か目力の制御機関のようなものを忍ばせていると考えるのが………」


 ちょっとおちょくっただけだったのだが、想像以上に長々と話をする彼女を前に、そろそろ耐え切れなくなった栞奈は止めの一言を掛ける。


「だぁー、んなこと説明されたって余計理解に苦しむわ」


「おっと、そいつはすまない。どうもこの手の話をし始めると、私自身面白く歯止めがきかなくなってしまう。……それと刹直セツナもとっくにやめて良いんだぞ。その…………」


 実はあの長話の中、ずっと踊り続けていた栞奈の影。


「ちぇ~、面白かったのになぁ…………」


 そこはかとなく名残欲しそうに刹直セツナは神眼を閉眼すると、栞奈の影はまたたく間に元の状態へと戻った。


「さて話は変わるが、お前がジョジョに渡したって名刺を借りて一目見たのだが……小さい字で書いてあった《手裏剣の製造もうけたまわっております》っていうのは一体なんなんだ?」


「おまっ、いつの間に名刺を見たのかよ。……まあ、説明はするさ。

 実のところ、ウチの家系は代々鍛冶屋をいとなんでいたみたいでさ、

 それも普通の鍛冶屋じゃなくて忍者の集落にかまえていた鍛冶屋………つまるところ、忍者が主な利用客だったってことだな。

 だから鍛冶屋稀街はその名残なごりで、手裏剣の製造もおこなっているって訳。

 ………そういや、手裏剣で思い出したのだが、今どこで何をしているんだろうな……………」


「…っくしゅん!」


 うわさをすればなんとやら。


 場所は屋敷から少し離れた、海辺が見える三階建ての空きビルの屋上。


 携帯用の砥石といしで十字型手裏剣をいでいる最中さいちゅうにクシャミをする三日月斬月の姿があった。


 三日月のアクセサリーが付いたヘアゴムで、左右にまとめられたパンダ耳のような髪型。


 黒髪の中で異彩を放つ、目と目の間の垂れた白髪と大きな瞳が特徴的な彼女。


 相変わらずNEMTDネムテッド-PCは着ておらず、両腕にはマフラーを巻いていた。


「……変ですね。神眼を手にしてからというもの、寒さは感じなくなってしまったというのに…………まさか誰か、私の噂でもしているのでしょうか?……って私なんかが、誰かに言われる程の人間かと思ってしまうのは良くないですよね」


 自分を卑下ひげする物言いで独り言を言う斬月。


 彼女は何故なぜいつもそうなのか?


 だがそれはまだ語られる時ではない。


 彼女の前に一つの障害が現れたのだから。


「おや?こんなところにNEMTD-PCを着ていない奇妙な神眼者プレイヤーがいましたか。丁度良い。この辺一帯の空間は大方把握しましたので、今日の獲物は貴女に致しましょう」


 突如として屋上の扉より出て来るは、まるで真上から見た渦のような形をした瞳孔で、彼女の顔を見つめる――、白藤しらふじ色に虹彩を輝かせた、中高年くらいの一人の女性。


 奇形な目をした人物。それすなわち、神眼者プレイヤーであった。

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