第二部 ⒊ 武視

⒊ 武視(1) 布都部島へ

 日本列島に位置する岐阜県のとある鍛冶屋でのある日のこと――


「さぁて、こいつで………よし、完成だ!」


 丹精たんせい込めて磨きに磨いた、つややかで鮮麗せんれいされた二つの小さな刀身を光に当てながら、その状態を確認しどうやら納得のいくものが出来た様子を見せる、若き刀匠とうしょう稀街栞奈きまちかんな


「そんじゃあ刀の方は出来たことだし、お次はさやの製造に取り掛かるか……と言いたいところだけど――

 わざわざ私に頼んで来たとなると、あいつが普通の鞘なんて万に一つとして望んでもいない筈。

 お金は多くはずむって言ってたから、この機会に作ってみたかったものでも作るとしようか」


 そう言って彼女は、何やら設計図らしきものが描かれた模造紙が何枚にも木製の机の上に重ね置きされた、なんともごちゃごちゃとした設計室の中へと移動した。


「えーっと、あれは何処どこにやったっけ?」


 重ね置きされた模造紙の中からお目当てのものを探し出そうとする栞奈。


 すると程なくして一枚の模造紙を掴み取り、それを両手に持って高く広げた。


「よっしゃ、見つけた!これを作ってみたかったんだよ」


 お目当ての設計図を見つけた彼女は、それを軽く丸めて片手に持ち変えると、その部屋の壁にいくつか刺さった状態で、放置されていた画鋲がびょうをもう一方の手で四つほど掴み取ると、設計室を後にした。


 再び作業室へと戻るなり、かまなどが置かれた、いわゆる火の元には近付けないよう、少し前に刀を磨いていた箇所かしょの壁に例の設計図を張り付ける。


 まずは、ブシュラが指定していた刃渡り十五センチほどの刀身がおさまる長さにまで木の板をカット。


 その板を四枚用意すると、今度は工具棚から一つのかんなを取り出し、それを使って板全体を平らにしていく。


 平らになった四枚はそれぞれ二枚ずつ重ね合わせることで、鞘の原型が二つ出来る訳だが、重ねる前に空洞を作らなければ、刀を収めることは不可能。


 そこで重ね合わせる二枚の板を、刀身の二分の一の深さにまで掘っていく作業を鞘二つ分渡っておこなっていく。


 ある程度まで掘ったら、刀身に油を塗って板を合わせ、板に油が付いた部分を削り落とし、小刀の出し入れがしやすいよう、その作業を何度も繰り返したのち、スムーズな抜き差しを可能とした至高しこうの木の板を四枚作り出す。


 そして二枚の木の板を接着し、鞘の完成!……ではなく、刀にとって大事な刀身を固定するはばきと言われた、刀身の手元部分に存在する金具をおさめる空洞くうどうも作っていく。


 今度こそ、小刀の容器としてのあり方が完璧となった鞘を形作るべく、続飯そくいと呼ばれた、いわゆる“のり”で接着し、乾くまでひもで縛り、木のくさびを刺して良く締める。


 そうしてやっと、鞘自体は完成したのだが、普通の鞘を作っただけでは彼女が作りたかったものとは言えない。


 ここから壁に張った設計図の出番である。


 何やら細かく描かれているが、彼女は戸惑うことなく、普段から鍛えられている持ち前の腕と若さゆえの判断力で、ただの木の筒だった鞘が見る見るうちにその姿を変えていく。


 ここまで休憩をはさみながら作業し続けていたが、その作業スピードはかなりのものだった。


 思わずその道の職人でさえ見入ってしまう程の手際の良さは、確かに若くして刀匠とうしょうと言われるだけの力量である。


 そうして変わった二つの鞘が完成した。


「こいつは最高にイカしたものが出来たってもんだ。……さてと、私の仕事に大変ご迷惑を掛けてくれたこいつの依頼人には、直接文句を言ってやんねぇとな」


 二振りの刀を鞘におさめ、白い布を巻き納品用の木箱の中へとしまうと、作業疲れで重くなった腰をゆっくりと上げた。


 再び工具棚を開け、中から何故なぜか肌を守る為の防暑ぼうしょ防寒ぼうかんクリーム:NEMTDネムテッド−ACの容器が出てくると、それを開けて顔に両腕に両足と塗りたくったのち、近くの壁に引っ掛けられた外出用のNEMTD−PCを羽織り、それと一緒に車のキーを持ち去って行く。


 外に出た彼女は〈鍛冶屋稀街〉という文字が書かれた軽バンへと乗り込み、一般的には知られていない布都部島ふつべじまへと続く、特殊船とくしゅせんが待つ港へと車を走らせるのだった。

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