⒉ 真目(9) 親友の最期

「……どうかお願いします。あの子はなにものにも代え難い、うちの……うちの、たった一人の娘なんです!

 この島には引っ越して来たばかりで土地鑑とちかんも無く、恐らく何処どこかで一人寂しい思いをしているに違いありません。

 もっとくま無く探して下さらないと、娘が……………」


「ご心配になるお気持ちは良く分かります。ですが私ら警察、必死に捜索そうさくにあたっておりますが、これだけ一日掛けて痕跡一つ発見されないとなると、娘さんはであると判断せざるを得ないかと―――」


 あれから丸一日が過ぎ、田所母とその父は島の警察官との協力の元、必死に娘の居場所を探していた。


 こうなってしまったのも、全ては奴が麻結の精神を抹消まっしょうしたあの日から始まっていた。


 これは昨夜、田所一家が一足先に夢見一家の一日早く布都部島を訪れた時のこと――


「お父さん着いたね、布都部島!」


「ああ、そうだな」


 大きな荷物をかかえ、娘と共に船から降りる田所父。


「ここに紫乃ちゃんがいるんだね」


「紫乃ちゃん?………ああ、思い出したぞ!目崎さんの家の娘さんか。そういや麻結、あの子と仲良かったもんな」


「分かってるなら、早く学校の手続きをしに行こうよ。ねっ、お母さんってば」


 そう言って後ろから現れたのは、二十代後半と言っても無理のないくらいに若そうな見た目をした田所母。


「まったく、うちの子は元気がよろしいことで。じゃあそうしましょう…と言いたいところだけど、まずは今日から住む我が家の確認と今持っている荷物を家に置いてからよ。分かったわね」


「うん。それじゃあEPOCHエポックの地図機能を使って……あっ、ここを突っ切るのが早いみたいだよ」


 そう言って、細い路地の中へと駆け出した麻結。


「待ちなさい、麻結。この島には来たばかりなんだから、なるべくひらけた場所を通りましょう」


「それもそうだね。じゃあそうし…………」


 ようとした麻結だったが、路地の先にが目に映った。


「……あれはまさかっ!チベタン・テリア!」


「あの遠くに見えるがどうかしたのか?」


 田所父は麻結に説明を求めた。


「お父さん、あの犬はその昔、『幸福を呼ぶ犬』とも言われ、外国の方の寺院じいんで神の使いとして、大切に育てられていた高貴なワンちゃんなんだよ。

 生存数も少なくとても珍しい犬なのに、こんな島で見かけるなんてまさに幸福って感じィ〜!これは是非とも、一撫ひとなではしたいところだよっ!」


 そう言って、犬のいる方へと駆け出して行ってしまった麻結。


「待ちなさい!外はもう暗いし、まして知らない土地で子供が一人動き回るのは危ないわ!」


「やだなぁ。お母さんったら、危ないだなんて。私はもう中学生なんだから、いつまでも心配されるような歳でも無いって」


 一切いっさい母親の言うことを聞かず、そう言って先を行ってしまう麻結を両親は慌てて追い掛けた。


 その数分後のことである。


 両親は麻結の姿をすっかり見失っていた。


 キョロキョロと周囲を見回す父と母。


「おーい!何処どこにいるんだ、麻結―――ッ!」


「早く返事をして頂戴!」


 大声で叫んでみても、なんの反応がない。


 二人は嫌な予感がした。


「つーかまえたっ!」


 チベタン・テリアの首回りを両腕で包み込む麻結。


 あれからこの犬を追い続けていた彼女はすっかり戻るべき道を見失っていた。


「……迷っちゃったけど、地図を開けば分かるよね?」


 そう言ってEPOCHで現在地を確認しようとするが、事もあろうに圏外けんがい


 現在地が表示されず、もはやデジタル化した地図は使い物にならなかった。


 かといって紙媒体かみばいたいの地図を持っているかと言われたら電子社会の今時の麻結子供がそう都合良く持ち合わせている訳も無く、とは言え、現地の人に道を聞こうにも、そこには人一人いなかった。


「どうしよ、どうしよ、何か手は…………」


 自分が今置かれた状況の深刻さに戸惑いを隠せずにいた麻結。


 だがその時、彼女はある光景を目の当たりにした。


 遠くに見えるは二人の女性。


 その内の一人は瞳からあわい緑色の光を放ち、何やら分厚い書物を片手にページを開くは、中から一匹のを呼び出した。


 書物の正体は幻獣図鑑、いわゆる架空上の生物ばかりがっている本である。


 図鑑に記された情報を元に目で見た空想上の生物をさせ、それを意のままに操ることが出来る目力を持った相手と相反あいはんするのは、またも目が光る人間だった。


 水色に光る目を開眼するなり、それは一瞬で片が付いた。


 ワイバーンに命令をしようと口を開くその瞬間、その者の両の瞳が吹き飛ぶと、空いた二ヶ所の眼窩がんかから現れるは水色の光をびた眼球。


 代わりに先程、水色に光る目を開眼した人間は突然糸が切れたようにバタリっとその場に倒れ、その肉体は入れ替わるように気付けば両目の無い亡骸へと一瞬のうちに変わり果てていた。


 その直後、ワイバーンを呼び出した元となる神眼であろう両目が――所有者の身体から引き離されてしまったからだろうか……、


 能力解除されたように、それは形を保てず、小さな竜巻のような渦を発生し、本の中へと吸い込まれるように、元の本来のイラスト化された状態へと戻っていった。


「こいつで十回目の転移か。生き残りたいが為についついこの能力に頼りがちなところがあって転移を繰り返しているけど、こんなことだと本来の自分の姿がなんだったかなんて、思い出せなくなる日もそう遠くないのかもしれないな」


 さっきまで大事そうに持っていた幻獣図鑑をそこら辺に投げ捨て、何か意味の分からぬことを口にするその女性。


(い……今、何が?………は、羽の生えた巨大なトカゲみたいなのが出たと思えば、目の前の人の眼球が吹き飛んで………っ………し……し死に……ししs……死んで………そ……それでさっきの人殺しと同じ目になって生き返ったかと思えば…………代わりにそいつがし……死に………わ、私、死にたくな…………)


(………し……紫乃……ちゃん……たす……けて……………)


 決して踏み込んではいけない世界に踏み込んでしまったとばかりの、人が殺されるという、とんでもない場面を目撃してしまい、麻結は一番の親友である紫乃に助けを求める声を上げていた。


 否、おとには出てないが、それでも言葉に出してしまいそうな程に焦りと動揺に押し潰されていたのか、自然とその口は紫乃親友に助けを求めようにぱくぱくと動いていた。


 そうして冷静さを失ってしまったばかりに周囲に注意がいかず、まさかあのような………


 バキッ!


 何とあろうことか、殺人鬼の目に留まらないよう、足音には十分に注意を払って後ずさりしようとしたその瞬間、足下に落ちていた一本の小枝を軽くんでしまい、その音で奴に麻結の存在が気付かれてしまったのである。


「誰だ!」


(そ、そんな、嘘ッ………)


 慌てて引き返した麻結。


 ここで逃げなければさっきの女性と同様、両目を吹き飛ばされ奴の得体の知れない力で身体を支配されてしまう。


 訳の分からないことだらけだが、とにかく奴の視界から逃れることだけを考え、走って走って走り続けた。


 適当に走り続けた結果、両親との距離はかなり離れてしまったが、今はそんな心配をしている場合ではない。


 なにせ迷子よりも恐ろしいことが麻結の後ろからせまって来ているのだから。


「部外者があれを見ちまったからには、生きて返す訳にはいかないものでねぇぇえええええええええええぇぇぇぇ――――ッ!」


 甲高かんだかい声を上げながら、全速力で追っ掛けてくる女性。


 アドレナリン全開で徐々にその差を縮めていく。


 そして………


「クソがっ、手こずらせやがって」


「は、離して!」


 女性は腕を伸ばし麻結の服のえりを掴むと、そのまま力強く引っ張り自分の元へと彼女を引き寄せた。


 ジタバタと抵抗をする麻結に嫌気が差した女性は、舌打ちをするなり勢いよく彼女の背中を地面に打ち付けた。


「ぐふっ!」


 衝撃が全身を伝い、どうにか起き上がろうとした時にはもう遅く、その隙に光る水色のまなこで麻結の目を完全にとらえた。


「失せろ!」


 直後、麻結の両目が吹き飛び、ここに今若き命が失われようとしていた。


 共にかたらい、共に笑い合った、小学校時代いつも一緒にいた当時のの親友のにこやかな顔が脳裏に浮かぶ。


(も……もう一度……お……大きくなった紫乃ちゃんに………あ……会いたかったな……ぁ……………)


 その思いを最後に、本当の田所麻結はこれにて抹消まっしょうされた。


「…さぁて、この身体は……っと、目崎紫乃?確かそんな名前を《神眼者しんがんしゃリスト》で見たぞ」


 そう言って、横たわりすでに死体と化した先ほどの女性ぬけがらの右腕に装着されたウェアラブルデバイス:〈EPOCH〉を操作するなり、例のリストを閲覧えつらん


 紫乃のリストを発見したは、それを見るなりニヤリと口元をゆがませた。


「どうやらこいつは利用出来そうだ。そうと決まれば、めんどくせぇがこいつの両親を探すとすっか」


 そうして奴は麻結の記憶を頼りに両親を探し、そして紫乃と出会い、闘い、命を落とし、今に至る。


「どうか返事をしてくれ、頼むよ麻結…………」


 涙目になって必死に探す田所父。


 対して母は、娘が見つからないショックで寝たきり状態ときた。


 まるで現実から目をそむけるかのように。夢なら早く覚めてくれと念じるように――。


 だがそんな家族を前に良い知らせがくる筈も無く、悲しみは更なる連鎖を生んだ。


 その日をさかいに二人は仕事に手がつかず、二、三日後には会社をクビにされる始末。


 この島で職を失った二人は結局のところ娘の安否を確認出来ずして、ひどく悲しみをかかえたまま日本列島へと戻って行く。


 それから数日が経った今でも娘の行方は分からずじまいだが、二人はある決意を新たにする。


 もはやここまで来ると、娘は死んだのかもしれない。


 だが……ならばこそ、娘の分まで生きてやることがせめて親として出来る最大限の努力なのだと…………


 二人は今日も生きていく。


 その命尽きるまで……


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[あとがき]

〈その後のチベタン・テリア〉


 あれから麻結と離れたチベタン・テリアはぶらぶらと歩いていると、何やら一人の少女が犬の元へと駆け寄って来た。


「ああ、ようやく見つけた。何処どこに行ってたんだい、鵲瑞チュエ ルイ

 少し目を離した隙に急にいなくなるものだから、探しちゃったじゃないか」


 どうやら飼い犬だったようで、駆け付けた飼い主らしき人には『鵲瑞チュエ ルイ』という名で呼ばれているらしい。


「ほんと、今度は勝手にいなくならないでよね」


「ゴウ!」


「ったく、返事は良いんだから。ほら、お家に帰るよ!」


 そう言うと、チベタン・テリアはその少女と一緒に何処どこかへと歩いて行くのだった。

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