⒉ 真目(4) 一緒に見る?

 そして次の日、紫乃はいつものように自分のクラスの教室へと入って行った。


 自分の席を目指し奥へと進もうとすると、黒髪でロブヘアーの髪型をした、昨日の話に出てきた〈例のあの子〉に声を掛けられる目崎柴乃。


「おはよう、紫乃ちゃん」


「おっ……おはよう、麻結まゆちゃん」


 昨日のことがあったせいで、思わず言葉が詰まる紫乃。


「どうしたの?そんなに身構みがまえちゃって」


「だって麻結ちゃん、昨日あんなことを言うものだから………」


「あれは紫乃ちゃんの為に言ったことなのよ。それをあんなことだなんて………麻結、悲しい」


「間違ってるよ、こんなのって………」


 紫乃はあきらめたように、その言葉を最後に自分の席へと腰を下ろした。


 そして時は過ぎ放課後、紫乃がいつものようにブシュラ先生のいる第一理科室へ行こうとすると、廊下ろうかであの子とばったり会ってしまった。


「あら、紫乃ちゃん。どこ行くの?」


「ちょっと、ブシュラ先生に用があって」


「ブシュラ先生……って確か化学を教えている先生だったよね。その先生に用があるってどんな?」


「その……麻結ちゃんも一緒に見る?」


「何を?」


「ブシュラ先生の実験………」


 ……それから数分後のこと。


「先生、紫乃です。今日は転校して来た知り合いも一緒ですが、よろしいですか?」


 第一理科室の扉の前で紫乃がそう言うと、中からあの人の声が聞こえてきた。


「……そうか。かまわん入れ」


「では、失礼します」


 そう言って教室に入って行った紫乃。


「失礼します」


 遅れて麻結も中に入ると、白衣を着た金髪碧眼の小柄な先生の姿が目に映った。


 まるでフランス人形のような……と、ここは例えがちなところではあるが、実際問題そんな顔を人間がしていたら、ただただ恐い話である。


 つまりはそういう整形的な顔ではなく、生まれ持った愛くるしいととのった顔立ちをしたブシュラ先生が、シンプルに可愛いということを伝えたい。


 大人らしからぬその可愛さルックスに、女の目から見ても完全にドキッとさせられて素直に声が出ない程、思わず麻結が目を離せずにいると、ブシュラは彼女に声を掛ける。


「おい、そんなところで突っ立ってないで、扉を閉めてこっちに来れば良いだろう」


「すいません、先生があまりに可愛いかったので」


「そんな感想は聞いていない。来るなら早く来い」


 麻結は言われた通り、扉を閉めてすぐさまブシュラ先生たちのいるところまで足を運んだ。


「さてと、今日の実験だがこいつを使う」


 そう言ってブシュラは、何処どこから仕入れてきたのか、さやおさまった刀を目の前のテーブルの上に置いた。


「これって本物ですか?」


 紫乃が疑問になって、そうたずねた。


「本物かどうか、それを確かめる実験を今日はおこなおうと思っている」


「それって、どんな方法で………」


「こいつを使うのさ」


 そう言って白衣のポケットから取り出したのは、糸にり下げた一つのマグネットボールだった。


「そうか!真剣の素材は純鉄。だから磁石を近付かせれば磁力の影響でくっつくということですね」


「その通りだ、紫乃」


「ちなみに紫乃ちゃん、同じ鉄でも磁石で刀を作った場合、その刀にはあまり磁力が宿らないってのは知ってた?」


 なんだかこの先生のせいで紫乃と話せずにいた麻結はそれが嫌だったのか、急に自身の豆知識をかたり出す。


「そ……そうなんだ。一つ、博識はくしきになったよ。ありがとね麻結ちゃん」


 その言葉は紫乃の本心であった。


「お前、中々見込みのある生徒のようだな」


「麻結と申しますわ、先生」


「……時に麻結、世界一強力な磁石というのは何か知っているか?」


「ネオジム磁石ですよね。……と言うと、ブシュラ先生が今手にしているそれはまさにその磁石であるとか?」


「ああ、全くもってその通りだ。まさか今どきの中学生にここまで話せる生徒がいるとはな。その分野の私からしてみれば、若くして興味を持ってくれているようで嬉しい限りだ」


「それは何よりです、ブシュラ先生」


 あははっ、うふふっと笑い始めた二人。


 紫乃はそんな二人をしばしうらやむように見つめていたが、慌てて本題に入ろうと二人の間に入って声を掛けた。


「早く実験を始めましょうよ、先生!」


「あはははっ……ふぅ~そうだな、実験を始めるとするか。では紫乃、鞘から刀を出してくれ」


「分かりました」


 紫乃はそう言って、恐る恐るテーブルの上で刀身を出していった。


「それじゃあ、この磁石を近付かせ………」


 磁力にさからえずブシュラはつかんでいた糸を手放してしまうと、勢いよくガチィンと音を立ててくっついていった。


「おっと、私としたことが………!

 身体が軽いものだから引っ張られる力に対抗出来ず、手がすべらしてしまったようだ」


「もう、何やっているんですか先生!」


「わざとじゃないんだ、許してくれ」


(……しかし、これではあいつもそうなってしまう可能性が出るというもの。調節を考える必要があるな。持ち手は長めに、それと磁石の大きさはこれより少し小さく……………)


 ………………


 やばい、逃げなきゃ………


 でもこれ…………どうにかしなきゃ……


 ……私、探してくる………………


 ………………………


 ………………


 せ………


 ……せん………………せ……………


「…せんせ……先生!」


「――!」


 何やら外がさわがしいと、ブシュラは現実へと戻る。


「どうかしたのか、紫乃?」


 そう言って紫乃の声がする方へと振り返るなり、彼女の隣に何やら焦った様子を見せる一人の少女の存在が確認された。


 紫乃が口を開く。


「先生、大変です!隣の調理室で家庭部員の一人が天ぷらの調理中に油をこぼしてしまったらしく…………

 どうにもそれがコンロの火に燃え移ったみたいで、立ち所に火が上がってしまい、消火器で火を消そうにも油が飛びって近付こうにも危険でとても難しいと…………

 火が消えるまで消化器を噴き続ける代わりに、早いとこ火を消せる消火剤か何かありませんかと家庭部の部長さんがうかがいに来たのですが、この教室に何かそういったものがありますでしょうか?」


 まさかまさかの急展開に驚いてしまうブシュラ。


「何ッ、火災だと!何故なぜこんな時に……とにかく事情は分かった。

 消化剤なら炭酸水素塩の粉末ふんまつが入ったガラスびんがそこのたなの上の段に置いてある筈だ。

 紫乃!悪いが背の低い私の代わりに取って来てくれ。わたしてくれれば、私がそれを持って火を消しに行く」


「了解です、先生!」


 慌てて言われた棚から必要な粉末の入ったガラス瓶を探そうとする紫乃だが、どうにもあせってしまい中々お目当てのものが見つからない始末。


「焦り過ぎよ、紫乃ちゃん」


 見かねた麻結は棚のところまで駆けていき、ほんの数秒でお目当てのガラス瓶を見つけて手に取った。


「先生、持って来ました」


「良くやった、麻結。お前たちはこの教室の中で待機たいきしていろ」


 そう言うとブシュラは別の棚から安全メガネ、ふところからマスクを取り出してはそれらを装着し、ガラス瓶を受け取っては廊下へと出て行った。


 教室では一人落ち込む紫乃の姿があった。


「ごめん、私が不甲斐ふがいないばかりに…………」


「過ぎたことをくよくよするのは良くないわ。今はただ先生の成功を願いましょう」


「……麻結ちゃん…………うん、そうだねっ!」


 そうして紫乃は先生の消火活動によって無事にことが収まってくれることを切に願うのであった。

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