⒉ 真目(5) 火の記憶

 ブシュラは一人、隣の家庭科室の中へと駆け込むと、そこにはフライパンから天井付近にまで伸びる火柱が待っていた。


 普通の人ならその炎を目の前にあわてふためくところだが、彼女は違った。


 まずは冷静にコンロの火を消すと、辺りを見回しフライパンカバーを見つけたブシュラは、それを手に取る。


 次にあれだけ高く燃え広がった火柱にどうふたかぶせようかと、今度こそ動揺どうようするかと思えば、彼女の行動力はいまゆるむことを知らなかった。


(普通ならここであつがって中々手が出せないのが人間だが、私に熱さなんてものは今は無き感覚。火傷やけども負ったところですぐに直るし、とっととこんな面倒事めんどうごとは終わらせるに限るな)


 彼女もまた一人の神眼者しんがんしゃ


 自分の身体が熱を感じないことは経験上、知っていた。


 それはまだ、彼女がこの学校の化学教師に転職する前のNEMTDネムテッド株式会社で開発員の一人として働いていた二年前のことだ。


 あの時もこんな風に火が燃え広がっていた。


 新製品の開発中に機械のトラブルが発生し、爆発事故が起こったかつての夜。


「ぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁ―――ッ!」


 断末魔だんまつまを上げながら、火に包まれたブシュラの姿があった。


 熱くはないが、徐々じょじょに身体が焼かれていくことで感じる激痛。


 なんとも不思議な感覚が当時の彼女をおそっていた。


 この火災での被害ひがいは大きく、開発にたずさわっていった仲間の開発員は全員死亡。


 生き残ったのは、高い自然治癒力を持った神眼者のブシュラのみであった。


 救助隊が駆け付け、救急搬送きゅうきゅうはんそうされて騒動そうどうが落ち着いた頃には、身体中にきざまれた火傷やけど綺麗きれいさっぱり無くなり、当時の医者がそれに驚いていたことは今でも彼女の記憶に残っている。


 ブシュラはわきかかえたガラスびんふたを開けると、中に入った炭酸水素塩の粉末ふんまつを火の元にぶちまけた。


 粉末が山状に火の元をおおかぶさると、急速に火を消し去った。


 火が完全に消えたことを確認したブシュラは、隣の第一理科室へと戻っていく。


 そして扉を開け閉めしてマスクをはずすと、彼女たちに報告をする。


「問題無い。火柱は無事、鎮火した」


「良かったぁぁぁ…………」


 誰よりも心配していた紫乃は安堵のあまり、力が抜いてへなへなとその場に座り込んでしまう。


 家庭部の部長は『御迷惑ごめいわくおかけしました』とブシュラに伝えると、第一理科室を飛び出して部員の仲間達を探しに行ってしまった。


後始末あとしまつは私の方でなんとかするから、お前らも気を付けて帰れよ」


 そう言うと二人は退出たいしゅつし、一人残ったブシュラは右腕に装着されたEPOCHエポックを起動し、ある者に電話を掛けた。 


「もしもし、私だ。突然で悪いが、純鉄製で刃渡はわたり十五センチほどの短刀を二振ふたふり作って頂きたい。勿論もちろん、それがおさまるさやも一緒だ。お金は多くはずむから、他のお客には悪いがそちらを先に作ってくれたまえ。そうだ期待している、我が信頼する新世代の刀匠とうしょうよ」


 通話を終えると、ブシュラはそでをまくり上げた。


「さてと、こいつはいそがしくなりそうだ」

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