⒈ 目交(8) ロール巻き

「ふぁぁ〜〜………」


 大きなあくびと共に目をしょぼつかせながら、ゆっくりと目覚める華。


「!!」


 近くにいた紗枝さえ達は彼女の間の抜けた声が聞こえると同時、驚いて死んだはずの華のいる方へと視線を変える。


 地上では悠人が今なお泣き続け、未予は一度逃げ込んでから未だ姿を見せなかった。


 そんな彼とは対照的に喜びにひたる華。


「……私、戻ってこれたんだ」


 上空では紗枝達が各々おのおの、口を開き始める。


「まさかこいつ、神眼者しんがんしゃとして生き返ったのか?」


「そんなに怖がることは無いんじゃないの、さえむん。

 まだ神眼者として目覚めたばかりなんだから、自分の持つ能力とその発動法なんて分かりっこないって。

 早いとこ、こいつの両目を奪ってしまえばそれでお〜しまい!」


 などと言っている間にそいつは飛び出し、華の両目を奪いに両手を伸ばした。


 だが華の視界はまだぼんやりとしていて、目の前で死がせまっていようなどとは思いもせず、マイペースにしょぼつかせた目をゆっくりとこすり始める華。


 『もらったッ!』と奴が確信した、その時だった。


 奴と近くにいた紗枝に突如として強い眠気ねむけが襲い、指先が眼球に触れてしまうギリギリの距離でそいつは気絶したように倒れ込んだ。


「目をこすることで近くの人が強い眠気に襲われる能力:【強制睡眠マッハ・スリープ】とでも言うべきかしら?」


 そう言ってガサガサッと音を立てて奥から現れたのは、他の誰でもない保呂草ほろくさ未予であった。


「あら、君って人はまだ泣いていたの?もっと視界を広げて見てはどうなのかしら?」


「何を言って…………」


 涙目の状態で上を見上げる悠人。


 そこで一瞬、奇跡的な光景を目にしたようだが、いかんせん視界が涙でぐちゃぐちゃになっていたので何度か目をこすったのち、もう一度視線を上に戻す。


「あ……あぁ………華……生き返って…………」


 またも涙がめどなくあふれていく。


 だが今度のは泣きの涙ではなく、嬉し涙というものだ。


「ゆっと、いつまでも泣いてないの!」


 華はにこやかな笑みを浮かべながら、嬉しそうにそう言った。


「……う、うっせぇ!どれだけ悲しかったと思ってやがるんだよ、お前って奴は。

 そういうお前こそ、その身体中にからまっている草木をなんとかしたらどうなんだ?」


「そうしたいのは山々なんだけど、これが結構食い込んでいて………っあ……っひゃん…………」


「って言われてもなぁ………あんな高いところまで、一体どう登ればいいんだ?」


(もしも………)


「もしもこの場に『メガネ』がいれば、こんな草木なんか一瞬で消すことが出来るのに……とか、思っていたりするのかしら?」


「ちょっ、人の心の言葉をさっするとか恐いことするなよ、未予。

 俗に言う、女の勘だかなんだか知らないが、急に口をはさむってことは何か解決策でもあるのか?」


「そうね……では、手始めに神眼を開眼してみてくれないかしら?」


「なんだか良く分からないけど、これで良いか?」


 そう言って悠人は一度まばたきしたのち、右目を彼の神眼カラーである碧眼へきがんへと変化させた。


「そしたら、私の手の平にあるこの神眼をご覧になってみて」


 事前に何者からか奪い取ってきたものなのだろうか?


 そこには相変わらず奇妙な形をした瞳孔が特徴的な神眼が彼女の手の上にあった。


 この状態の神眼は何者にも移植されていない力を持たない、ただの変わった眼球に過ぎないが、彼の能力を使ってその神眼に宿る能力を吸収し、扱うことは可能。


 取りえずは言われるがまま、青い瞳で密閉袋みっぺいぶくろの中に入った眼球を目にする悠人。


「見たぞ。それで……どうすればいいんだ、未予?」


「彼女を視界にとらえないよう、チラ見する感じでその周りの植物を目にするのよ」


「なんだその注文は?……まぁいいや。とにかくそうすれば良いんだな」


 と、何気なくその辺りへと視線を移した直後、彼の全身に衝撃しょうげきが走った。


 華をしばる草木の根元が一瞬でし、ささえを失った彼女の身体は重力のままに落下していく。


 それをただ呆然ぼうぜんながめること一瞬、気付けば落下した華を受け止めようと落下地点の真下へと駆け出していた。


 両腕で優しく包み込み、無事受け止めることに成功した悠人。


 無事を確認して安堵あんどするのち、彼女をゆっくりとその場にろした悠人は未予に怒鳴どなり始めた。


「これはどういうことなんだ、未予。

 さっきのあの力、こいつはもしかしてじゃないのか! 」


「これは保険よ」


なんだよ、それ!」


「最近、妙な【未来視ビジョン】を目にしたのよ。

 『メガネ』が私達を裏切るといった光景を――、ね。

 もちろん、未来視で視た未来が必ずしも起こるとは言えないけど、少なくとも『メガネ』がそういうことをするかもしれないっていう人間性は裏付けできるわ」


「そんな馬鹿な………だったらなんで未予は彼女と手を組むなんて判断をくだしたんだ?

 疑心暗鬼になるくらいなら、始めから手を組まない選択をすれば良かったじゃねぇか」


「何を言うかと思えば………だから始めに言ったじゃない。、妙な【未来視ビジョン】を視たって。彼女と出会う前から既に見ていた場合なら、如何いかに能力が強力とはいえ今のように手を組むなんてことは考えなかったでしょうね。

 今言えることは【未来視ビジョン】通りに事が運んでしまった時、完全な力を取り戻させることは、後で取り返しが付かない脅威きょういが増すだけのこと。

 明確に判断出来ない以上、今のところはこのまま持っておくのが最善の形と言ったところじゃないかしら?」


「ちょっと待てって!それを言うなら、神眼が一つ欠けているということは元は二つあった命を取り戻そうと、今の状態でいることこそ魔夜さんが何をしでかすか分かったものじゃないんじゃあ………。

 下手したら、未予が視たって言う未来より大事おおごとになってしまう可能性だって―――。やっぱりそれは返すべきだ」


「さっき言ったことが分からないの?『メガネ』がどういう女なのかが事前に分かっている以上、もう少し考えて行動するべきよ」


「……だからって!自分たちのことしか考えてないで、そいつを探し続けている魔夜さんに持ってて返さないっていうのは…………」


「命と優しさ、どっちが大事だって言うの?」


「ヤメてェェ―――――ッ!!」


 大声出して二人のわだかまりを割ったのは、幼馴染の華だった。


「二人がなんの話をしているのか良く分かんないけれど、こんな言い合いを続けていたって、そんなの二人の仲がギクシャクするだけで良いことなんて一つもないじゃない!」


 その言葉を前に二人は一度、冷静さを取り戻す。


「ごめん………華ちゃん」


「私としたことが冷静さを失っていたわ。感謝するわ、『ロール巻き』」


「へっ?『ロール巻き』………まさかそれは私に言って………………?」


「……はぁ………でたよ、未予の変な呼び名シリーズ」


「一体、他に誰がいると言うのかしら。

 確か、貴女のようなその特徴的な髪型のことを………世間体せけんてい的にツインドリル、なんて言うのでしょう?

 それをそのまま安直に呼んでしまっては、人のことをドリル呼ばわりするようで、いくらなんでも失礼に値する。

 だから、それに代わる名前を考えてみたの。

 左右で二つに巻かれた髪だから二重の意味を込めて『巻きロール巻き』。どう、素敵でしょう?」


「華ちゃん、ここは諦めろ。

 こいつは人の名前をロクに覚えようとしないで、代わりに変な呼び名を付ける女なんだ。何を言っても無駄だよ」


「えっ……でも、それならもっとこう、崩した言い方でツインテとか、良いように言葉はあった筈………

 それなのに、ロール巻き……和訳したらようは巻き巻き………私の呼び名は巻き巻き巻き巻き…………………」


「落ち込むなって、華ちゃん。ま、マキマキなんて女の子らしく可愛いらしい呼び名じゃないか」


 と、ここでそれらしい悠人の精一杯のフォローが入って出る。


「……と言うか、ドリルじゃないし。テールだし!

 ……そもそも、初対面の対していきなりそんな変な呼び名とか付ける?失礼だと思わないのかなぁ。

 ドリル呼ばわりすることに対してだけは失礼だと感じていたみたいけれど、そもそもがそういうことでは無いのだと何故なぜ分からないのか………?

 なんか人として、色々と可笑しく無い?ズレてない?」


 ブツブツと文句を呟いていて、どうやら彼の言葉が一切入ってきていない様子の華。


「……お、おーい。華ちゃんやーい」


「………えっ?何か言った、ゆっと?」


「あー、えっと………人がどんな呼び方をしようが、俺の中では『華ちゃん』であることに違いは無いのだからさ。……そう、深く気にするなって!」


「………ゆっと」


 それを聞いた瞬間、少し元気が出始めた様子を見せる彼女。


「それとさっきはありがとな。未予と言い合っていたところに割って入って来てくれてよ。おかげで落ち着くことが出来た」


「うん。ゆっとがそう言うなら、この『おばさん』が言ったことなんて気にしないよ」


 にこりと笑顔を見せ、完全に元気が出た様子の華。


 だが、それとは反対に……………


 ギロッ!


 と、未予は恐ろしく彼を睨み付けるのであった。


 悠人はそれを全力で否定誤解だ!とするように言わんばかりに、ブンブンと力強く左右に顔を振る。


 彼の必死さが伝わったのか、未予は再び華の方へと視線を向けた。


なんでおばさんなのかしら?」


 あくまでもここは大人の対応を装うつもりで一見するとポーカーフェイスを見せているように見えるが、何処どことなく口元が引きっているように見られた。


「それです。さっきからその『~かしら?』って古くさい言い方。

 私たちぐらいの年でそれを言うなら、『~かな?』が自然だと思うの。

 同学年なのに同学年じゃないみたいなこの感じ、まるで高校生だといつわっているような…………」


(偽っているようなじゃなくて、この人本当に偽っていますよぉー!)


 幼馴染の感の鋭さに思わず心の声が叫び出す悠人。


「そう……それでおばさん…………ね」


 未予の触れてはいけない領域に首を突っ込んでしまった華に対し、半端はんばキレ気味になる未予。


「ロール巻きだなんて、変なあだ名を付けた仕返しです!」


 そんなことはお構いなしにべーっと可愛く舌を出す華。


 徐々に事態が悪化していきそうな雰囲気だったので、慌てて悠人が止めに入った。


「こ、このくらいで終わりにしないか?

 あそこの木の上で寝ている奴らの分の回収するのに、もう一度さっきの力を使ってそこの木の幹も消すからさ」


 未予は気が乗らない顔をしていたが、ひとまず彼がやってくれるとのことで機嫌も少しは直り、これ以上のことは口に出さないでくれた。


 あまり気は進まなかったが言ってしまった以上、それを実行に移そうと彼は未予の手の平の上に乗った魔夜の眼球を目にすると、例の木の幹を一瞬で消し飛ばした。


 落下する二人の少女。


 悠人は紗枝を、未予はもう一人の少女を受け止め、それぞれゆっくりと地面に下ろした。


「聞き分けが良くて助かったわ。それじゃあ彼女たちから神眼を回収していきましょう」


「……そう、だな。これから俺たちがやることは俺や未予、そして華ちゃんを生き長らえさせるために必要なことだ。

 理由なら、先に用を済ませてから色々事情をお話するから、どうか……今からやることをめないで黙っていて欲しい」


 彼はそう言い残すと、もはや手慣れた動作で二つずつ――、計四つの眼球を回収する悠人と未予。


「〜〜〜〜ッ!」


 あまりの光景に悲鳴を上げそうになる華だったが幼馴染の忠言通り、彼らに口出しをせず、自ら口元をおさえ付けることで、思わず出そうになった声を押し殺す。


 ここで悲鳴を上げてしまったら、自分の中で彼のことを否定してしまうような気がしてならなかったのである。


 そんな華の様子を見るなり、彼はおもむろに口を開き始める。


「……さて、一体何から話せばいいものか」


 そう言いつつ彼はあの日、目神ヘアムからデスゲーム開始を告げられた時から今までのことを話し出した。


「……とまあ、そんなこんなで俺たちは生き残っているというわけだ」


「そんなことが…………」


 最後まで彼の話を聞いた華は、実に寂しい目をしていた。


「なんて、思い出話みたいになっているけど、これからは華ちゃんもこういった闘いに巻き込まれていくんだぞ。

 ……これからやっていけるか?」


 いつになく、真剣な眼差しを彼女に向ける悠人。


 その眼差しが最後の言葉を――、より一層いっそう語っているようにも見えた。


 華もまたその眼差しを真剣に受け止め、彼女はこうこたえる。


「ゆっとと一緒なら」


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◼︎能力解説◻︎


目力:【浮荷視ふがし

その眼で目にしたものに浮力を働かせることの出来る異能


浮かせられる物に重量制限なるものは無いが、浮かせる物の質量が大きければ大きい程、浮かして自在に動かせるスピードが遅くなるという特徴がある。


ただし、その加減はあくまでその人の物の見方によって変わるものなので、例えば金属質の物体を目にしてその力を行使した場合、その素材から何となく重そうなものだなという認識・連想で見てしまい、加速度的に速く動かすことが敵わないが、一見して質量の加減がイメージしにくい物だと、浮遊しながらの操作性速度に影響は無い。


結論、使用者の目にした匙加減によってブレブレに異なる。


                        監修:M.K.

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