⒈ 目交(9) 移植
あれから数十分と時が過ぎ、彼らは裏目家に
茶色の外壁をした落ち着いた造りの一戸建てである。
「魔夜さんは今、片目を奪われたことで精神的に不安定な状況にある。
知らない顔を見て彼女がどんな反応してしまうか――変な話、眼鏡外して目力でも暴発された時には大変なことになるから、華ちゃんは俺の後ろに隠れていてくれ。それじゃあ、押すぞ」
ピンポーンと玄関のチャイムを鳴らした悠人。
『どちら様?』
スピーカー越しに聞こえる裏目魔夜の声。
「同じ学校の同級生の目崎だ。それと未予と俺の幼馴染も一緒だ」
『何か用?』
「少し、魔夜さんに話があるんだ。ここを開けてはもらえないだろうか?」
『ここで話せばいい』
「なら、端的に
……実は俺の父の
今のままだと視界が悪くて、何かと不便だろうと思って声を掛けてみたんだが、余計なお世話だったか?」
『……そういうこと』
ここで通話が切れその数秒後、扉がわずかに開き始める。
緊張の一瞬、彼女はゆっくりと悠人達に向かって顔を覗かせた。
そうして見せた素顔は何とも痛々しく、右目部分を覆うは何重にも巻かれた包帯。
上から不格好に眼鏡を掛けた姿で彼らにその顔を見せると、
「こいつがお前の幼馴染か?」
悠人の背中の後ろで身を
「紹介するよ、彼女は夢見華。
今日この島に越してきたばかりなんだ。何かと仲良くしてやって欲しい」
「その……よろしくね、魔夜さん」
おずおずと対話を
「変な頭………」
魔夜からグサッと
「……す、好きでこの髪型にしているから良いんですっ!」
「ってか、
「えっと、これは………」
どう答えたら良いか、困惑する華。
代わりに答えたのは悠人であった。
「実は少し前に神眼の回収を未予と
何やかんだでこいつ、
唐突に、話を進めるような形になってしまうのだけれど、これから一緒に闘う仲間として仲良くしてやってくれ」
「なるほど。これはその時の攻撃によって出来たものと言う訳。
……にしても、防護服が
魔夜の言うことはごもっともで、現にここまで来るのにも、華の空いた服の穴を隠すように悠人が背中を貸して、後ろで彼女がピタッと張り付いて移動していたものだ。
おかげで周りからはイチャついている馬鹿ップルにでも見られたことだろう。
移動している間の道行く人の視線が痛かったことはこの際、華には黙っておくことにする。
それはそうと、魔夜がそう言って家の中に戻るなり、待ち続けること一、二分。
「こんなのしか無いが、その穴を隠すには十分だろ」
再び戻って来た魔夜の手に握られていたものは、ポンチョタイプの
「……あ、ありがと…………」
華はお礼を言って早速手渡されたそれを羽織ると、程良い感じに穴を隠すことが出来た。
「それじゃあ準備も出来たことだし、例の眼科に案内するよ」
こうして一同は彼の案内に
「さて、着いたぞ」
そう言って目の前に見える建物は、あまりに
「「「ここがそうなの?」」」
目を疑うようなその外見に未予は馬鹿にするように、魔夜はキレるように、華は驚くように声を揃えてそう言った。
「まあ外見はあんなだが、中に入れば分かるさ」
そう言って、彼女たちの背中を押すように中へと案内する悠人。
彼女たちは店内を見渡した。
「おっ、待ってたぞ。ちと
顔の上に乗せた今時珍しい新聞紙をどかし、
時代と共に電子機器も形を変え、今では『
右目に
招かれるがまま、未予達は横一列にソファの上に座ると、悠人は三人の少女を目の前に、男性の横に並び立つ形で軽く紹介を始めた。
「さてと、ひとまずこの方の紹介だな。名前は
この眼科の医師にして、この方一人でここを経営しているんだ」
悠人は三人に向けて軽く男性の紹介を済ませると、今度はその少女たちから今回お世話になる魔夜の紹介を友永に向けて、話し始めた。
「それで今日訪れたのは、眼球の移植手術をしてもらいたい患者がいてさ。それが彼女、名前は裏目魔夜さんだ。
彼女は訳あって
「裸眼を晒せ出せない症状なんぞ、この業界で知り得た知識を持ってしても知らぬが……まあ良い、何か訳ありなのだろう。
「それもそうだな」
(良かったぁぁ………ッ!……曝け出したら、友永さんの存在が消滅しますから…………なんて、言える訳無いからな………。
そんなの、手術の仕様が無いッ!、なぁんてきっぱり断られてたら、どうしようかと……………)
これは《ゲーム内容》に記載されていた一つの豆知識なのだが、あくまでも、《使用者が見たと認識した時に力が働くという、目力の特性》を見事逆手に取る方法で納得した悠人は、そこからは全て友永に任せることにした。
「では裏目さん、こちらに来て下さい」
魔夜は奥へと通され、案内された部屋の中に入ると、そこには医科用のCT装置とその周りに知らない機器がいくつも置かれた空間が広がっていた。
「それじゃあ、この上で横になって」
言われるがまま、CT装置の寝台の上で身体を倒す魔夜。
「これから麻酔を打ちますので、
強力な麻酔によって、魔夜の
「これは驚いた。眼球が綺麗に取り除かれておる」
眼窩が
それはそうと、友永はすぐに周囲の機器を操作し始める。
カプセル型の
医療分野における3Dプリンターの導入が、もはや当たり前となった現代――
このインクを使い、3Dプリンターで角膜を再現し、かつて無い生々しい眼球を実現。
そのような高い技術レベルの医療機器が眼科機関に出回るようになったことは、実に眼科界では革命的歴史として、その業界へ進む者たちにとっては、常識的知識にもなっている。
そんな
眼球を掴んだ一の手を
友永の的確な操作性の元、一時間近くに及ぶ大手術を終えた魔夜は立派な右目を手にして、彼らの前に戻って来た。
「へぇ、中々良い腕を持っているようね」
「こ、これが最新技術の結晶………」
二人の少女がそれぞれ口にすると、悠人は紹介して良かったとばかりに嬉しそうに声を上げる。
「なんにせよ、魔夜さんの視界が戻って何よりだ。これで学校にも行きやすくなるだろう」
「そう……ですね」
魔夜は心からそれを喜べずにいた。
視界以上に命を一つ失ってしまったことの方が、何よりも
それでもお世話になった友永に対しては、素直に感謝の言葉を告げた。
「ありがとうございました、先生」
「なあに、一人の眼科医としてやったまでよ。それで今回の手術代だが、特別に十万円でまけといてやろう」
「十万ですか……すみません。今はまだこれしか持ち合わせがなくて」
そう言って魔夜が財布から取り出したのは、意外にも三万円だった。
「こりゃあ、驚いた。
「そそ………そんなことが、あっ……ああっ…………あってたまるか!」
悠人は動揺を隠し切れずにいた。
「そうかしら?私の手元にもそのくらいはあるから、負担が軽くなるよう少し持ってあげるわ」
未予もまた
「さささ……
またも動揺が隠しきれず、
「あれ?これって三万円出す流れじゃないの?」
なんてことない
そして、泣き叫ぶように彼は言った。
「なんでお前ら、そんなに金持ってんだよぉぉおおおおおぉぉぉ――――ッ!」
「お前さんは仕方なかろう。
「友永さん………」
心に響く
だが、それも最初だけ。
「……それで言うのもなんだが、いくら持っているんだ」
「……《250円》」
「聞いてしまって、悪かったな。まさか生活費を差し引いて残ったお金が、そんだけなんてな…………」
「違うし、差し引いて残ったお金は妹に多く与えているだけだし。
……やめて、そんな
この瞬間、彼のメンタルは完全にノックアウトされた。
「なぁに、残った一万円は後で払ってくれて構わんさ」
「ではそういうことでしたら、この
未予が代表してそう言うと、華と協力して彼を無理矢理にでも連れ帰った。
四人は外に出ると辺りは真っ暗闇に包まれ、
その中でも華の歩みは別段遅く、
ある言葉が………華の頭から離れられずにいた。
『―
この島に来て初めてその事実を知った華はただただ言葉を失い――、彼女にとっても良く知る人であっただけに、
彼にとって、そこは触れられたくないことであるのは間違いないだろう。
それでも華は
「ねぇ……、ゆっと。無神経にも家庭の事情に首を突っ込むようなこと言って悪いけど、昌利さんが亡くなられたって話は本当なの?」
「……隠していたんだ。華ちゃんに心配掛けたくないと思って……………」
「
「いや、妹の紫乃と二人だけで生活している」
「なんでよ!子供の私じゃ頼りにならないから?
それともこの島にまだ私の家族がいなかったから直接的な助けが出来ず、頼るに頼れなかったから?」
「……そうじゃない、そうじゃないんだ!ここに越して来たということはもう知っているだろう。
ここ布都部島から島外するには、あの厳重な審査の門から潜り抜けなければならない。
それに許可証なるIDカードも必要なことだ。
しかもIDカードには使用期限付きで島外する為の正式な理由であることが確認出来ないとカードの更新は出来ない。
そもそもの話、子供じゃ話にも掛け合ってくれることは無いだろうな。
つまり俺と紫乃が両親を失ったからといって華ちゃんの家に
「だったら、さっきの人に助けを借りることは出来なかったの?」
「友永さんはずっと前に事故で植物状態になってしまった
ほら、眼科って毎日来るような客ってのもいないからさ、普段から客足が遠のいているんだ。
ましてやここは絶海の孤島。人だって限られている。それなのに
だからこそそんな人に助けを
その大変さは今の俺の生活とほとんど変わっちゃいないんだから」
「こんなの……いくらなんでも悲し過ぎるよ。
ゆっとも友永さんも、どうして良い人に限って大変な目に
毎日が変わらぬ平凡で普通の日常を過ごすことぐらい良いじゃない」
「ありがとな、そう言ってくれて。
でもな、こんな生活でも小さな幸せってものは存在する。
俺の場合、それは妹が……たった一人でも家族がいること――。
それともう一つ、こんな俺のことで真剣に寄り添ってくれる優しい幼馴染がここにいるってことだよ」
「ゆっと……うっ、ううっ………」
そう言われ、華は涙を流さずにはいられなかった。
「心配してくれたんだよな。分かった、分かったから泣くなって」
「だってぇぇええええええええぇぇぇぇ〜~~!」
突如として華は駆け出すと、彼のお腹辺りに手を回し、
「おまっ、そんなことしたら歩きづらいだろうが。……ったく、仕方ねぇな」
そうして華が泣き
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