⒈ 目交(7) 神眼の謎

「ここは……」


 一人の少女が先の見えない真っ白な空間へと迷い込む。


「ここは人間界で言う、【天国】と呼ばれしにございます。若き一人の人間のたましいよ」


「ひゃっ!」


 突然、彼女の背後から透き通るような美声が聞こえてきたかと思うと――


 そこには髪を二つにった、エメラルドグリーンの瞳を持つ童顔どうがんの少女の姿があった。


 驚きのあまり、振り向きざまに立派な縦ロールがみだれ舞う少女。


「あ、貴女は………」


「私はここを管理する神様の一人、目の神ヘアムにございます」


「目の神……?――ッ、そうだよ!奇妙な目をした連中に殺されて私は…………」


「成程、それは災難でしたね」


 ヘアムのその妙な一言を前に少女は疑問を抱く。


「あの、『自称:目の神』だか、何だか知りませんけど、これって………もしかしなくとも、さっきの――あの人達と何か関係している、とか?」


左様さようで。貴女が言う奇妙な目というのは〈神眼しんがん〉と言い、優れた忍耐力があればそれを移植することで、一度だけ生き返ることの出来る代物しろもの

 どうです、貴女も神眼の移植を挑戦してみますか?」


「つまり、生き返るチャンスがある……そんなの、挑戦するに決まってるじゃない。

 もう一度ゆっとに会って、言えなかったことを伝えるんだから………後悔したくないもの!」


「挑戦をご希望ですね。でしたら、この場で横になって下さい」


「横に……ですか?良く分かりませんが、取り敢えず………そうすれば良いのですね」


 疑問を抱きながらもひとまずは言われた通り、横になった華。


「ご協力ありがとうございます。それでは、こちらの眼球を今から移植していきます」


 ヘアムは華の眼前に手をかざすと、彼女の両目はひとりでに動き始め、まるで――ヤドカリが元いた貝殻かいがらから引っすかのように、『眼窩がんか』という名の巣穴からスルスルと抜け出し離れていく。


 代わりにヘアムは涙を流し創造した手の平の上で転がる二つの透明な眼球を前に差し出すと、それはガタガタと独りでに動き始め、華の空いた二つの眼窩に向かってゆっくりと、それぞれがおさまるところに納まっていった。


 直後――、地獄のような痛みが彼女を襲った。


「ぁああああああああああああああぁぁぁぁ―――――ッ!」


 これまでに味わったことのない壮絶な激痛が、彼女のせいの活力を弱めていく。


 だがそれでも、彼女は耐え続ける。


 彼女の活力-『恋心』がくだけるとすれば、それはあの男がその想いを知った上での返答次第というもの。


 どんな結果が待っていようと、ここには彼が存在しない。


 おそれることは何もない。


 彼女は見事、激痛に打ち勝った。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………」


 疲労困憊ひろうこんぱいといった様子で、激しく息切れしながら、真っ白な床の上で痙攣けいれんし続ける華。


「これにて貴女は見事、新しい命を受け入れることに成功しました。

 少してば、貴女の魂は元の身体へと戻りますゆえ、それまでは横になったまま、ゆっくりして頂いてもかまいません」


「……あの、一つよろしいでしょうか?」


なんでしょう?」


 ここで彼女は、どうでも良いようなことを質問する。


「……その、これって横になった意味があったんでしょうか?」


 だがその問いは、神眼の謎を知ることとなるのだった。


「かつて力を持った一人の神様は、生涯を終えた生物の魂に新たな命を与え――、その生物は別の生命体として、繰り返し生きることを許された」


「えっ?」


 彼女は何の話をしているのか、自分が発した質問との繋がりが全く見えず、華は疑問を抱く。


 しかし、ヘアムはその疑問に答えることなく、話を進める。


「その昔、地球上の生物はみな、『生生流転』を繰り返してきました。

 だがそれは繰り返されるのち、地球の資源は消費し続けられ、結果として【環境破壊】が起こることとなった。

 現代の地球が抱える驚異的な《熱波》と《寒波》の異常現象により、絶滅を余儀無くされた数種の生物は勿論もちろん――、

 人類もまた、特殊な防護服を身に付けなければ、まともに野外活動も出来ない程に、地球は追い詰められてしまいました」


「………」


 もはや話の繋がりを考えるのをやめ、黙って話を聞く華。


 ヘアムの話は続く。


「この現実を前にの神々は慌ててこの侵攻をおさえようと、力を持った神様のおこないに対抗するかのように――、

 彼らは天国で彷徨さまよたましいをその神様よりも先に、自分達の領域へといざない………

 魂の分別-すなわち、それを判断するのは魂が持つ、己の渇望――。

 《生きたい》と思う力の強い者だけが生きる、世の中を作っていったのです」


「???」


 華の脳内では、もはや理解不能と言わんばかりにこれだけが浮かんでいた。


「何度も繰り返し甦る生物の魂には、計り知れないエネルギー:【生命力】が宿っています。

 《転生》という手段であれば、母体の中で一から成長していく、小さき生命の誕生に与える注ぐ、生命誕生のみなもとはほんの僅か。誰であろうとせいを宿すことは、もはや確立されているようなもの―――。


 そこで魂の分別を行うにあたり、神達我々は考えた。

 すでに一度生涯を終えた生前の肉体素体に再び――、魂を定着させる方法を取ることで、魂の受け皿なる肉体うつわの体積に応じて、その生物に求められるエネルギーの総量は、転生時とはまるで比にならない、莫大な量が必要となる―――。


 ましてや、眼球生命線を失わない限り、永遠に生きていけるぐらいの【生命力】ともなれば………、

 そこに求められるのは、《生きたい》という強い【】と、すでに活動を停止した肉体素体を活性化させる程の大きなエネルギーを受け切る【】であり――、

 それらの力が足りず、耐え切れなかった者の魂の抜け殻リソースを練り込み、【形】とし、各々の神が得意とする創造物へと変化させていく。

 私の場合は言うまでも無く、それが『眼球』であるという………ただそれだけのこと――」


「は………はぁ……?」


 結局自分は何を聞かされているのか、あまりに長々しいその話に、当初の疑問はどうでも良いやと思えてきたはな少女。


 けれどそう思ってしまっても、私のしょうもない質問の為に話を続けている神様の為にも、ここは全てを聞くことにした。


 そして、ヘアムはついに華の質問に答えた。


「神眼は言うなれば、生きることの出来なかった幾つもの『生物達の魂の結集』を形としたもの―――。

 ひとたび手をかざせば当時の無念が刺激され、他人の身体に入り込んででもして《生きたい》という強い思いから、神眼は独りでに眼窩の中へと入り込む。

 ただし、眼球には器用な手足は生えていない。

 全ては――神眼が眼窩の中へと入りやすいよう、姿勢を横にするよう指示したのは、まさにその為なのです」


「こ……この目の正体が………幾つもの生物の魂の結集……………」


 ようやく自分の問いに対する謎は解けたが、それ以上に神眼の衝撃の事実を知った華は動揺が収まらなかった。


「だ……だとしたら、神眼では無い私の目が動いたのは何故………………」


「すみませんが、それ以上お答えすることは出来ません。……おや、そろそろ魂が元の身体に戻るようですね」


 新たに出た謎の答えは告げず、そしてこのタイミングで華の……人魂としての身体-【霊体】は元々半透明だったその形が消失していくように、身体は更に薄くなっていく。


 そうして華の霊体が完全に消滅する様子を見届けると、ヘアムは一人答え始めた。


「………まさか、新たな神眼を創る為の生命エネルギーを――、からとは言えませんからね。

 なんて……、あの時それを話してしまったとしたところで所詮――、ここでの出来事が目に焼き付くことはあろうと、この場で交わしていた筈の会話は、あちらの世界へと戻った頃には………ふふっ。

 それまで何を話していたかだなんて、人の頭ではロクに記憶として残らないまま、早々に抜けていく忘れていくことですから関係ありません、が…………」

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