⒈ 目交(6) 恥辱

「目標発見!」


 二人を追って来てみれば、そこはただの森林公園だった。


 草木にまぎれて姿を隠す夢見ゆめみはな


 彼女の視界の先には背を向けた悠人と未予の姿があった。


 よく見ると、向かい側には華が知らない二人の少女が立っていた。


 一人は一見してそばかすの地味女といった外見の少女。


 もう一人は愛くるしい魅惑を持った可愛い系女子で、何故なぜかリボンにレースやフリルなどで可愛く(?)デコレーションされた………


 これまたこだわりを持ってか、持ち手をピンクに染色された〈ネイルハンマー〉を器用に三つずつ、指と指の間に挟んで持ちながら、両手合わせて計六つのネイルハンマーをチラつかせ、こちらへと歩み寄ってくる姿があった。


 互いは顔見知りなのか、何やらこんな会話が聞こえてきた。


「あの時、私達の仲間の一人をほふったメガネの奴はどうした?」


「彼女なら具合悪いってことで家に引きこもっているが」


 悠人は本当のことを伝えた。


「ハァ?せっかく会ったから、この前の雪辱せつじょくを晴らしてくれようと思ってたのによぉ。勝ち逃げなんてふざけんじゃねぇぞ」


(えぇ〜、あのそばかすの人、見かけによらず威勢いせい張りまくりじゃないですかぁぁ!

 ……って、驚いていて肝心なことを忘れるところだった。

 誰かを屠ったとかなんとか、言っていたけれど、会話の流れからしてまさか………)


 会話の中で華が何かつかもうとしたその直前――、悪い予感を一瞬でかき消すくらいの騒動そうどうが目の前に巻き起こった。


 突如として、周囲の植物が異様な成長をげたかと思うと、それがまるでタコ足のようにウネウネと動き始めた。


 木の枝というえだに身体中が巻き付かれ、一人の女の子として有るまじき、開脚かいきゃく姿で宙吊りにされた華。


「えっ!ちょっ、何これぇぇぇ……んんっ、そこは………ダメだよぉ……………」


 息をひそめたいのに、小枝のとげが彼女のツボを刺激し、思わず声がれ出す華。


 よく見れば、そばかすの女:〈蛭間紗枝ひるまさえ〉の両の瞳が発光・変色しており、それがこの現象と何かしらの関係があるのだと思った。


「イッ………いやっ、ひゃうぅっ!」


 木陰の奥ではずかしめを受けている華をそっちのけで、あちら側も動きを見せ始めた。


 部外者が入ってこないよう、紗枝は周辺一帯の樹木や植物を乱雑に急成長させ、それらは複雑に絡まると瞬く間に、即席円蓋ドーム状の闘の庭フィールドを作り出す。


 一本の丈夫そうな太いみきを自分達のいる方へと伸ばすと彼女らはそれに跨がり、幹は見る見る内に円蓋ドームの天井ギリギリまで伸びていった。


 そうして二人は高いところを陣取ると、紗枝は成長速度を操作した周辺一帯の樹木を目にする。


 するとそれらは視線を送られた順からガサガサと、まるで木々や蔓の一本一本が自我をもったように、独りでに揺れ動き………


 枝や茎はまるで獲物を狙う虎のように、鋭い突きをかましてくる勢いで恐ろしく襲い掛かっていく。


 成長の過程で実を付けた木々は続々と奴の能力によって実を落とし枯れては、次の新芽がまた一瞬にして成長し実を付けていき………


 繰り返し際限なく成長し、その度に実を付けた新鮮な木の実が雨あられとなって、永久に降り続いていく。


 上空から降りそそぐ、たくさんの木の実に襲い掛かる枝茎にも気を付けながら、けて――いなして――を繰り返し、着実に体力が削られていく悠人と未予。


 あの時の魔夜との一戦がよっぽど悔しかったのか、紗枝は着実にレベルアップした闘い方を見せていた。


 この場に魔夜がいたなら、それにプラスして植物の壁を作り上げていたことだろう。


 そしてもう一人のお仲間も張り合うかの如く神眼を開眼すると、両手に持った六つのネイルハンマーを目にしてはそれらは彼女の手を離れて宙を舞い、縦横無尽じゅうおうむじんに飛び回っていく。


 それぞれが木の実を避けた直後の隙を狙い目に《姑息》かつ《迅速》に飛び掛かっていき――、


腹部ふくぶ】や【脚部きゃくぶ】、【頭部とうぶ】などを狙ってブンブンと、勢いよく振り被る恐怖の打撃いちげきが未予たちに向かって襲来する。


 二人は凶器ネイルハンマーに当たらないよう、懸命に必死になって避けに避けていくが、それを邪魔するは上空から降っていく鬱陶しいまでの木の実の数々。


 ハンマーを避けようとするものなら上から木の実が襲い、とても落ち着いて避けていられる余裕が無い闘の庭ドームがうまいこと創り出されていて、いかに前回の戦闘から成長をしたか、目に見えて分かる変化である。


「あはは♡早く早く〜ぅ♡さっさと可愛い可愛いハンマー得物の前に打ちのめされて、ボロ雑巾みたくギタギタに可愛くない姿を曝して欲しい、なっ♡

 あの日、大見おおみちゃんを殺した有財うざきメガネがこの場にいないのは残念だけどー、君達はその仲間なんだから、共犯者ってことで一緒に殺しても問題無いよねっ♡

 大丈夫!悪いようにはしないから。眼球を抜き取るのにもだいぶコツを掴んで上手くなったから、苦しまず楽にッてあげる。痛みは一瞬だよっ♡」


「何を阿呆アホな要望を言っているのかしら。

 そんな貴女の願望にノって上げる程、お生憎様、そのようなM気質ご趣味は持ち合わせていないものよ。

 ……それにしてもそのハンマー、うざったいことこの上ないわね。

 いくら飛んでくる軌道が視えるからとは言え、それにどう反応出来るかは私自身の身体能力に左右される――ああ、面倒くさい…………」


 なんて彼女なりに合わせて口を挟んではいるが、当の彼女にその余裕は――


 ヒュン!


 飛んでくるハンマーを身体を捻り、首を横に動かしたりなどして避けていく、が……


 ……ギュギュッ!ギュルン!


 無茶な操作でハチャメチャな軌道をえがくハンマーを前に苦戦している様子は確かにあって――


 前もって視ていた筈のハンマーが飛んでくる軌道計算をミスってしまったのか、死角からあらぬ方向へと飛んできたそれに頭を強く打ち付けてしまい、脳が揺さぶられ意識が遠のいていく………


「やった♡クリーンヒット!はいはーい♡それじゃあ、眼球頂いちゃいまーす♡」


 直後、完全に気絶してしまっていた状態を好きなようにやられ、それは見事に両眼をくり抜かれ、あろうことか未予は死…………


 ………………


 ………


「――っ!」


 という未来を視た。


 瞬間、実時間リアルタイムでネイルハンマーが向かって飛んでくるのを察すると、自身の死の映像ビジョンをつい数瞬前に視ていた未予は、そのような現実が起こらないよう、彼女は未来視に映った自分とは違う行動を取る。


 どう考えても奴らが有利になるよう創り上げられた、闘の庭ドームに踏み入れられていることそのものが状況を不利にさせている訳であり、これさいわいと襲い掛かる木の実やらネイルハンマーやら………


 何とも器用に避け続けていることで、自然と奴らへの注目ヘイトを集めていた〈悠人〉という存在に乗じて影が薄くなっている注目が向いていない今の状況を利用するように、降ってや飛んでくる障害物に視線がいっている内に彼の背中側へと回ると、【未来視ビジョン】を駆使して落ちてくる軌道を先読みしながらひっそりと闘の庭ドームから抜けるように一人、林の中へと逃げ込んだ。


 その数秒後――、彼は気付いた。


 先程まで近くにいた筈の未予がいないことを。


「あいつ、知らず知らずの内に姿を消しやがって………」


 文句を垂れる悠人を尻目に高みの見物していた紗枝とその仲間だったが、どうやら奴らもしぶとく避け続ける悠人に対して、少しイラッとした様子を見せていた。


「くそッ、何だあいつ。ちょこまかと避けやがって。さっさとくたばっちまえば良いんだよっ!」


「ちょっ、さえむん。言葉汚いって。確かにしぶといくらいにうざい奴だけども、もっと冷静になんなきゃっ!

 例えば、もっと周りに目を向けて使えるものとか………って、あれは――」


 と、何やらそんなやり取りをしていた最中さいちゅう、何かを発見したように仲間が紗枝の肩を叩くなり指を指すとその方向の先には植物にからまっていた一人の少女の姿があった。


 二人してそれが目に止まるや否や、奴らは悠人への憤慨そっちのけで瞬く間にスーッと血の気が引いて青ざめたような顔をした。


 直後――、どことなく障害物が降ってや飛んでくるスピードが落ちたような気がするが、そこに悠人が気に止めていられる様な余裕もあまり無く、彼が気付いていないところにて上空ではこれまた別の問題に直面していた。


 あろうことか、何処どこの誰かも分からない奴を闘の庭ドーム内に入れてしまったことで奴らはその突然のこと過ぎるがあまり、硬直動転してしまったのである。


「はうっ……ふあぁっ………ひゃっ!」


 偶発ぐうはつ的にただただはずかしめを受けている華。


 涙目になってあえぐ彼女を前に二人の少女は一瞬の沈黙。


 そこから何かを思い出したかのように、二人の顔はみるみるうちに青ざめていった。


「………おい、これって………………」


「………ですね……」


 彼女らが持つ光る目の略奪戦-ピヤー ドゥ ウイユには主催者の目神ことヘアムよりげられたあるルールが存在する。


 〈一般人に神眼の存在を知られてはならない〉


 だがそのルールには一つだけ、強制死をまぬがれる手段が存在する。


 それを知った一般人が誰かに言ってしまうその前に始末することが出来れば、その神眼者しんがんしゃ排除はいじょ免除めんじょされるのだという。


「ううっ……ゆっとぉ…………」


 はるか下にいる悠人に助けを求める華。


 だが、高さがあってその声は彼の耳に聞き届くことはなかった。


「あッはッはッ、【成長樹視アイ・プラント】の力の前に死にやがれ!」


 唐突に紗枝が自身の目力のことであろうネーミングを言いながら、高らかにトドメを宣言すると同時、独りでに動く幹の一本が華の心臓しんぞう部をもの凄い速さでつらぬいた。


「いや~ごめんね、ツインドリルの姉ちゃん。こうしないと、うちらが死んじゃうんだよ。

 嗚呼……可哀かわいそうに。私だったらこんな死に方をした時には、恥ずかしくて生き返れなかったね。

 なんたって羞恥をさらしながらの死刑だよ。そんなの紗枝ちゃんだって嫌でしょ~」


「実にくだらない。肝心なのは、あの女を確実に仕留めたかどうかってことだろうが」


「恐いって、紗枝ちゃん。相変わらずそう言ったたぐいのものはお嫌いなんだから」


 彼女たちが会話をしていると、華の口から赤黒い血のかたまりがゆっくりと吐血とけつされ、その塊は悠人の目の前へとり掛かった。


 上空から木の実ではない別のものが落ちてきたことへの違和感に、木の実の雨を受ける覚悟で両手を頭の上で交差し、降り注ぐ木の実よりもはるか上、一人の女が宙吊りにされたまま血を流しているのを目にした。


 遠くからでもよく分かる立派な縦ロールから彼の良く知る人物だと分かった時には、涙を流し彼女の名を叫んでいた。


「嘘だろ……なんであんなところに………華ァぁぁああああああぁぁぁァァ――――ッ!」


「……今更、気付いても遅いんだから、ゆっと……………」


 一瞬で風に流されそうな弱々しいその声は彼に届くことなく、腹部を突き刺した幹は紗枝の操作によって引き抜かれ、彼女は力尽き、そしてとうときその命までもが尽きるのであった。


 -------------------------------------------------------

[あとがき]

 そう言えば、紗枝の目力を書いていなかったことに気が付いて、何とも無理矢理な感じで登場させてしまった感が拭えないような………。


 命名ですが、【木目もくめ】にするか樹脂……改め、【樹視じゅし】にするかで個人的にかなり迷いました。




 ◼︎能力解説◻︎


 目力:【成長樹視アイ・プラント


 その目で見た植物の成長促進や茎、枝、根などの各部位に対する指揮系統を自由に操作することが出来る異能


 死の小林檎マンチニール刺す木ギンピーギンピーには絶対やって欲しくない能力である。エリアが布都部島内であったのは、何よりの救いだったと言えよう。


 神眼イメージ画:https://kakuyomu.jp/users/chaian/news/16817330649480058431


                          監修:M.K.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る