⒍ 洞視(4) 乱入

 時刻は十一時を回り、ブシュラ達は屋敷の庭園ていえんにいた。


 いつしかどんよりとした天気に包まれ、向かい合う刹那と使用人のリンジー。


 刹直セツナの手には勿論もちろん――、あの試作品がにぎられている。


 事前にそれを使った闘い方をほんの参考までにブシュラから教わってはいたのだが、今までの人生においてハサミ以外で………


 何か鋭利えいりな刃物にさわるという経験はこれが始めてだったことが影響しているのか、何処どこかその手は震えていた。


 その様子を見かねたブシュラは、彼女にキツく当たり出した。


「なんてみっともないところを見せてやがる。

 実の母親に復讐ふくしゅうしてやると、確固たる強い信念を見せたお前は一体どうした?

 言っておくが、こちら側がその手伝いをすると思っては困る。自分を成長させるタイミングは、人生の中でそう何回も転がっている訳では無いことを忘れるな!

 少ないチャンスの中――、いかにモノに出来るかどうか、自分の目標は自分の力でこそ乗り越えなければ大きな困難にぶち当たった時、これから先、一人の力では到底やっていくことなんて出来ない人間になるだけの話だ。まして復讐なんてのは、人に頼るものでは無い。   

 本当に叶えたい目的の為なら、そんなものの一つや二つ、ブルってないで振り回してみせろ!

 こいつを使って、生き残ってやるぐらいの戦意を見せたらどうなんだ」


「うわぁああああああああああああぁぁぁ――――ッ!」


 ぼろくそに言われ、邪念じゃねんを取り払うかのように叫び出す刹直セツナ


 そして彼女はやけになった手の付けられない子供のように、むやみやたらと試作品を振り回し始めた。


 特に狙いを決めて放り投げた訳でも無い、つながれた一挺の薄鎌の刃がリンジーの腕に当たりそうになると、事前に目で追っていた彼女はやいばかする直前でくるりと身体を一回転することでそれをける。


 目線は再び試作品をとらえると、彼女はバンジーコードを掴んで刹直セツナが持っている繋がれたもう一挺の薄鎌の手を振り解くように、勢いよくグイッと力強く引っ張り上げる。


 すると当然ながら大人の引く力に抗えず、スルッと滑るように持っていた薄鎌のつかが手から離れていってしまった。


「しまっ………」


 彼女に動揺している余裕も無く、すぐにリンジーは繋がれた二挺の薄鎌をヌンチャクのように軽く振り回して勢いを付けては、刹直セツナに向かって繋がれた一挺の薄鎌をぶん回すように差し向けた。


 ただの小学生でしかない刹直セツナが運動神経抜群のリンジーのように、器用なかわし方が出来る筈も無く、迫り来る刃物の恐怖から思わずその場でかがんでしまいそうになる。


 だが、下を向いた直後自分の影が目に入り、反射的に開眼すると小柄な影は立体化し、そいつは迫り来る薄鎌のつかをつかみ取った。


 冷や汗をかく刹直セツナ


 薄鎌の刃が迫る恐怖心の中――、どうにかその境地を抜け出せたことに安堵あんどする刹直セツナはその一連の出来事を通じて冷静さを取り戻した。


「……その、さっきは取り乱しちゃってごめんなさい。犬耳のお姉ちゃん、ケガしてない?」


「はい、かすり傷すらありませんので、心配に及ばず。

 ですが犬耳のお姉ちゃんと言われるのは、少々お恥ずかしいので、今後はリンジーとお呼び下さい」


刹直セツナ、ちょっと良いか」


 突然ブシュラに呼ばれ、一度能力を解除して彼女の方へと歩み寄る刹那。


なんだ、あの動きは。感情任せに暴れていては、とてもじゃないが並の神眼者と渡り合うことは到底無理だ。

 刹直セツナ、私たちが巻き込まれたのはただのゲームじゃない。

 自分の命が惜しかったら、何事にも動揺せず、目の前の相手だけに集中してみせろ」


「……さっきみたいなことにならないよう、その………努力します」


 すっかり落ち込んでしまった刹直セツナであったが、ブシュラはそれを容赦ようしゃしなかった。


「よし、もう一度やってみろ。リンジー、もう一度刹直セツナの相手をしてやってくれ」


Entendu承知しました


 刹直セツナはもう一度あの試作品を手に取ると、互いは向き合い戦闘態勢に入った。


 始めにリンジーが真っ先に駆け出した。


 徐々に二人の距離がちぢまっていくこの状況を前に、再び動揺しそうになる刹直セツナ


 だが、その手に持った試作品をむやみに振り回そうとはせず、意外にも手先が器用な刹直セツナは右手に持った薄鎌の柄を手指だけで半回転してみせると、柄の先端で近付いてきたリンジーの横っ腹を突いてみせた。


「くっ……」


 先程とは打って変わって予想外の動きを見せた刹直セツナに反応が遅れ、かわしきれずに攻撃を受けるリンジー。


 刹直セツナはその隙を逃さなかった。


 すぐに左手に持ったもう一挺の薄鎌を芝生しばふの地に突き刺すと、突き刺した薄鎌の持ち手部分を踏み台に大きくジャンプ。


 だがあくまで右手には一挺の薄鎌を手に持った状態をつくり、バンジーコードの伸縮と身体の軽さを生かした大ジャンプの跳び蹴りで、リンジーのあごに強烈な一発をおみまいした。


 リンジーの顔は自然と上を向き、刹直セツナはバンジーコードの伸縮力にさからえず、落下時には尻餅を付いてしまった。


 直後――、リンジーは身体を横にひねり、先に片手が地面に付いた状態からどう回し回転蹴りで刹那から試作品を手放してみせた。


 そして、この行動が次なる攻撃へと繋がっていた。


 勢いよく蹴り出された衝撃から薄鎌を手放してしまったことで、バンジーコードの伸縮する力がもう一方の刺さった薄鎌の方へと強く働きかける。


 手放されて空中を舞う薄鎌は、芝生の上に固定された薄鎌そちらへと向かって強引に引っ張られると、先の反動で刺さった薄鎌の近くで尻餅を付いてしまっていた刹直セツナ


 事もあろうに、そんな二挺の薄鎌の間に働く引力に巻き込まれる呼び寄せられたように宙から一挺の薄鎌が飛来する。


 予想だにしていなかった空中からの襲来に対応出来ず、こちらへと飛んでくる一挺の薄鎌の存在に気付き、急いで影を出現させようとした時にはすでに自身の胸部をグサリッと貫通していたあとだった。


「ごはっ……」


 口から血を吐き、徐々に力が入らなくなっていく刹直セツナ


 わらにもすがる思いで芝草しそうを掴もうとするが、もはやそんな力さえも残っていなかった。


 リンジーは立ち上がり、刹直セツナの元へと歩み寄ると、彼女の胸部に刺された一刃を引き抜き、直後に彼女は自身の神眼を開眼。


 涙滴型の瞳孔に水色の瞳をした神眼が現れると、突然その目から


 流れ出た全てのしずくを手指で丁寧にぬぐい取ると、その一滴いってき一滴を刺さった胸部ポイントに次々とらしていく。


 するとみるみる内に刹直セツナ深手ふかでが完治され、それは神眼者が持つ高い自然治癒力をゆうに超える回復力を見せていた。


 どうやらこれが彼女が持つ目力めぢからのようで、神眼から流れ出す【涙】に力があるようだ。


 これはまた珍しいタイプではあるが、それだけまだまだ神眼には多くの種類が存在するのであろう。


「なんてこった。ここにいる奴ら全員、神眼者じゃねぇか」


「誰だ!」


 突如として庭園の草木の奥から人の声が聞こえると、ブシュラの声に反応して、フードを目深にかぶった謎の人物が姿を現した。


「お前が言っていた注意人物とは、こいつのことか?」


「はい、間違いありません」


 隣にいる目撃者のジョジョの確認も取れたところで、ブシュラは刹直セツナめいじた。


刹直セツナよ、そこのフードを被った進入者を排除してみせろ。さっきのような動きが取れれば、十分にあの者を相手に出来る筈だ」


「舐められたものだな。こんな小学生ぐらいの女の子一人に私の相手がつとまるとでも思っているのか?

 まぁ、私としても一対一が望ましい限りではあるけど?」


「リンジーの涙の力で、その傷もすっかり癒えた筈だ。

 始めての実戦になるが、お前一人の力であの者を追い払うぐらいのことはしてみせろ」


「言ってくれるじゃねぇか。そういうことなら、あんたらは手ェ出すんじゃねぇぞ」


 あれからずっと尻餅を付いたまま、刹直セツナは視線を下に落としていた。


 その下に隠されていた顔は何処どこか嬉しそうに、ブシュラに頼られたことが余程喜ばしいことだったのか、ニタニタと口元がゆるんだ気持ちの良い笑みを漏らしていた。


 何処どこをどう見ても、隙だらけな背中を軽く蹴飛けとばそうと右足を上げた直後――、


 刹直セツナの視線の先に伸びた奴自身の影がうごめき、音も無くそれは突然――背後より黒い魔の手が奴を襲い掛かった。


なんだこれは………うわぁああああああああぁぁぁ――――ッ!」


 またたく間にその者の視界は一切の光も受け付けない真っ暗闇と化し、立体化したその影は、奴の身体を包み込む程の球体の形へと変化させた。


 どうやら立体化できる形は、それでいてバンジーコードのように伸縮自在に動かすことが出来るようで、いつの間にか刹直セツナはそれほどまでに自身の能力を使いこなせるようになっていた。


 少し前の逃走劇の中でジョジョが推測すいそくに至った通り、奴は透視能力者なので、自分の影におおわわれた状態からでも外の様子を視ることは出来るが、身動きが取れず完全に隔離かくりされた状態。


 だが奴は影を操る刹直セツナ目力めぢからに驚きはしたが、この状況を前に別段焦る様子を見せてはいなかった。


 その者はフードの奥から目を光らすと、開眼した透視能力を頼りにパーカーのファスナーを開き、内部から上下のふたが切り取られたアルミ缶と点火棒の二つを取り出し始める。


 アルミ缶の中に点火棒を近付けて火を付けると、ジリジリと中に仕掛けられた導火線どうかせんが燃える音が聞こえ出し、目を閉じ正面の影に向かってアルミ缶を投げた瞬間――、カッと断続だんぞく的に強い光が放たれた。


 その正体は、奴の手作り閃光手榴弾せんこうしゅりゅうだん


 アルミ缶の側面そくめんに何カ所か穴を開けて上下の蓋をカットし、爆竹ばくちくにマグネシウムとゼリー状の着火剤を混ぜたものをアルミ缶の内部にテープで固定したもので、内部に固定されたものに着火させるだけであのような断続的な光を発する。


 その光によって球体状の影は一時的に薄くなり、目を閉じた状態からでもまぶたすらかして視えてしまう透視能力者の女はその状態で弱まった影の隔壁かくへきを脱出してみせた。


「残念だったな。この対神眼者たいプレイヤーお手製閃光手榴弾を持ってすれば………」


 ザクッ!


 奴の背後で何かが刺さったような鈍い音が聞こえて来たかと思うと、あろうことかフード越しに一挺の薄鎌が自身の後頭部に突き刺さっていた。


「ぎぃあぁぁああああああああぁぁぁ――――ッ!」


 数秒遅れて悲鳴ひめいを上げる赤いフードの女。


「このガキィ、何しやがったぁぁあああああああぁぁぁ――――ッ!」


「ハハッ、アハハッ、ハハハハハハハハッ…………」


 相変わらず後ろを向いたまま、大声で笑い上げる刹直セツナ


「お姉さん、下を向きなって」


 そう言われて奴は視線を落とすと、刹直セツナが一体何を仕掛けていたのか、明確な答えがにあった。


「これは………影………?

 だが、これは一体…………いくら日の光の加減や角度によって………変化があることは…………だがしかし、これ程の……この妙に伸びた、は何だって……………」


 謎の大きい影の出現――この一瞬で何が起こったと言うのだろうか。


 一挺の薄鎌が奴の後頭部に突き刺さるまでの流れを――、少し振り返ることとする。


 あの時、奴が刹直セツナの持つ力によって真っ暗闇に包まれていた直後……、


 刹直セツナの視線の一直線上に立つ、影に囚われた奴の姿………の奥では両者の闘いの様子を見ているブシュラとジョジョの姿が―――。


 刹直セツナの目線が見据えていた存在――、それは奴を挟んで真正面に立つ二人の足元に伸びるにあった。


 神眼に備わった高い視力によって見事にとらえた影のそれぞれは、各々ブシュラの影は地面に刺さった薄鎌を――、メイドのジョジョの影はそうでない方の薄鎌を――、器用に一挺ずつ手に取っていくと、バラバラである筈の二人の影は彼女の【影の力の一端目覚め始めた目力】により一体化。


 一つの巨大な人型の影と成り変わったは片手でぶん投げるように一挺いっちょうの薄鎌を投げ付け、奴の後頭部を刺し………そうして今に至る。


「これで終わりだよ」


 奴の背後で待機していた《二つで一つの巨大な人型の影》は、繋がれたもう一挺の薄鎌を刹直セツナに向かって放り投げると、その寸前で刹直セツナの眼前に手の形へと立体化した彼女自身の影がその薄鎌をガッシリと受け取る。


 手型の影はその手に持った薄鎌を強めに引っ張り、そうして極限まで伸ばされたゴムの伸縮が奴の刺さったままの薄鎌に繋げられたバンジーコード強靱な一本と共振を起こし――、


 まるでバネの付いたおもちゃのようにビヨーンと一切の抵抗もままならず、勢いのまま後ろへと身体が飛ばされ――、


 引っ張られるがまま、影主の刹直セツナに向かって急接近する奴の左目片目に狙いを定めて右手を動かし、さりげなく掻っ攫う。


「ぐあああああぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁ――――っ!」


 これまで感じたことの無い激しい痛みが奴を襲った。


 これが命を奪われる痛みなのだと――………


 まさかまさかの神眼の回収までやってみせた刹直セツナであったが、その後のことは考えていなかったようで、いつしか右手から薄鎌がすっぽ抜け、顔面から転がり落ちた。


 一頻ひとしきり叫んでいると、奴はとたんにくちびるを振るわせ、足を蹌踉よろめかせながら一目散いちもくさんにブシュラ邸から逃げ出した。


「イテテテ……ってあれ?しまった!

 あのお姉さん、頭に鎌が刺さったままどっか逃げて行っちゃった。どうしよ、急いで鎌を取り返してこなくちゃ……」


 そう言って、顔面強打した際に鼻血を出してしまっていた刹直セツナは鼻の下に流れる血を手の甲でぬぐい去ると、慌てて奴の後を追おうとした。


 だが、それをブシュラが制した。


「いや、無理に追わずとも良い。仮にあの者にも仲間がいるとなれば、逆にお前が不利になりかねないからな。

 それにあの程度の武器、失ったところでいつでも作れる。それどころかあれより良い物を用意してやるつもりだから、今は休め」


「うん。そう言うことなら、ちょっと………休むね」


 そう言うと、刹直セツナはその場で大の字になって倒れ込み、にこやかな笑みをこぼすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る