⒌ 暗目(2) 小女はお嬢様

 日本列島の一部が欠けて誕生した孤島-『布都部島ふつべじま』には、プロヴァンス風のやかたを思わせる一邸の建物が存在する。


 その家主の名は、ブシュラ・ブライユ。


 目崎柴乃が通っている、【布都部南中学校】の化学教師をしているフランス人女性であり、実家はそれなりの金持ちの家系にある、れっきとしたお嬢様であった。


 だが彼女は気品ある縛られた生活に嫌気が差して、ありったけの大金を持ち逃げし、自分のやりたいことに熱中出来る環境へと暮らしを変えて今の生活を手にしていた。


 数あるシャンデリアに照らされ、白のテーブルクロスがかれた長いダイニングテーブルに高級そうな椅子が立ち並ぶ食堂にて、二人のメイドにはさまれながら朝食を摂る白衣姿のブシュラ。


 ブシュラはバスケットスタンドに入ったバケットを一つ手に取り、スプーンを使って果醤コンフィチュール満遍まんべんなく塗りたくり、それを豪快に食らい付くと目の前に置かれた香り良きフレーバードティーを一気に飲み干した。


「……ふぅ。この甘さこそ、私の疲労した身体をいやしてくれる。やはり開発作業後のお手製confiture de fraiseイチゴのコンフィチュールは格別だ。祖国から直接取り寄せている、このフレーバードティーとの相性も実に良い。

 また一段と腕を上げたな、ジョジョ・ユ=ルナール」


 ブシュラのめい一環いっかんなのか、頭上には奇妙な左耳片耳だけの《キツネ耳カチューシャ》。


 そして……、《キツネの横顔を模したイヤリング》を片方――、右耳の下から垂らした、本国フランスのテシエ邸でブシュラのお世話係をしていた本家のメイド-『JojoジョジョYeuxRenardルナール』。


 ブルーハワイのような透き通る青の瞳と燃えるような輝かしいロングヘアーの赤毛を持った、ブシュラにも引けを取らない美しさを持った少女であり、彼女は祖国の言葉で無く主人に釣られてか、同様に日本語で言葉を返す。


「もったいなきお言葉。時にお嬢様、また朝から研究室に籠っておられたようでしたが………確か、特別製の義眼でしたか?宜しければ今度、研究室前にお嬢様の好きな枸杞菊花茶ゴウチー・ジュファチャをご用意しておきますが、いかが致しますか?」


「そうだな。お言葉に甘えて、お願いするとしよう。実用化までを考えると、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 欲を言えば、神眼に宿る超常的力の発現に関係するであろう、未知の因子の解析と開発に必要な最低限の成分抽出がこと足りなくてな。もっとも、それをやってくれる者が………」


「お嬢様、お客様です。お通ししますか?」


 すると今度は、頭上に垂れ下がった右耳片耳のみの《イヌ耳カチューシャ》。


 《イヌの横顔を模したイヤリング》を片耳――左耳の下から垂らし、目の下の泣きぼくろが印象的な、日本人とフランス人の血を引くハーフメイド-『町田リンジー』がブシュラに客人が来たことを告げる。


 同職のジョジョとはこれまた、雰囲気が異なり、彼女はショートヘアーのくり毛に濃褐色の瞳を兼ね備えた、ボーイッシュな少女といった見た目をしている。


「食事の最中さいちゅうだ。中へと招くのは勘弁だが、顔合わせだけならしてやる。

 扉を開けてやれ―――」


 先程から奥で扉をドンドン叩く音がうるさかったということもあってか、ひとまずリンジーに食堂の大きな扉を開けさせた。


「あはっ、ブシュラさんチーッス!例のブツ、持ってきたじゃん」


 扉の影でその者の顔がよく見えないが、そいつは髪を頭の後ろ二箇所に結んでいた。


 ブシュラは彼女の方へと振り返ることなく、食事する手を緩めず話を進めた。


「ご苦労。約束の謝礼金は、そこの使用人に渡してある。受け取るが良い」


 リンジーはスカートのポケットから重みのある封筒をその者に渡すと、相手方は代わりに何か小さめのブツを手渡した。


「それじゃあ、手に入り次第また来るから、そん時はよろしくね〜!……あはっ♡この量、やっべー!」


 封筒の中身をちらりと見て、中に入った札束に大喜びをする彼女。


 それから相手は軽く手を振ると、上機嫌に金の入った封筒を何度も上に投げては、それをキャッチするを繰り返しながら、帰って行った。


「口と金銭欲はあれだが、奴のおかげで色々と事が進んでいくのは確かなこと。  

 精々、これからも役に立ってもらおうじゃないか。―――義腕女カノジョにはな」


「そうですね、お嬢様」


 ブシュラの言葉に対し、リンジーはそれに同意するような返事をするのだった。

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