⒌ 暗目(3) ママは何処?

 時刻は八時半を回る頃、平和な住宅街の一角で大量の黒煙が舞い上がっていた。


 とある一家で火事が発生し、家内には小学校低学年ぐらいの一人の子供が取り残されていた。


「ママぁ……ゲホッ、ゲホッ、どこなのぉ~?」


 どうにも部屋着とは言いがた恰好かっこうで燃えさかる家の中、漆黒のごとき黒き瞳で母親を懸命に探す一人の子供。


 その子供-ショートヘアーの女の子はゴスロリ衣装に身を包み、彼女はすでに大量の煙を吸い過ぎてしまっていたのかどことなくその顔色は悪く、いつしか小さな身体は倒れ込んでしまった。


「マ………」


 最後の力を振り絞り母親を呼ぼうとするがそれは叶わず、流れるように彼女の意識は途絶えていった。


 そして、完全に閉ざされた彼女が行き着いた先は――


「マ……ってあれ?ここどこ?」


 世界が暗転したように、気付けば彼女は知らない場所にいた。


 そこは亡者のみが足を踏み入れる幻想的な白き空間、人間の言う天国と呼称される場所であった。


「気が付かれましたか?」


 何がなんだか分からない彼女に優しく声を掛けてきたのは、幼げな容姿をしたエメラルドグリーンの瞳を持つ一人の少女。


「わっ!お姉ちゃん、誰?」


 幼き少女は一目見て童顔の少女に思わずお姉ちゃんと呼称を付けてしまう。


 だが相手方はそれを気にする素振りもなく、彼女の質問を丁寧に答えた。


「それでは自己紹介を。私の名はヘアム。小さきお嬢様の為に簡単にご紹介しますと、いわゆる私は《神様》と呼ばれる存在でございます」


「神様ってあの……?」


「ええ、貴女がご想像されるまさにその存在です。とは言え、私はその中でも目の神様という変わった神様ではありますが」


「目の……?なんだかよく分からないけど、お姉ちゃんって凄い存在なんだね」


 素直な子供というのは何故こうも、純粋で疑うということを知らない生き物なのだろうか?


 純粋無垢な彼女はヘアムの言葉をそのまま受け止め、キラキラとした輝きでその神様を見つめていた。


「そんな眼差まなざしで見つめられましても………」


 彼女の眼力の勢いを前に押され気味のヘアム。


 なんとも珍しい光景がそこにはあった。


「で、では、誠に勝手ながら本題に入らせて頂きます。ときに貴女は、生き返るためならどんな犠牲も払えますか?」


「えっ?生き返るってどういうこと?」


「言葉の通りです。実にショックを受けるとは思いますが、貴女はあの火事で死んでしまったのです」


「それって……もうママに会えないの?」


 今にも泣き出しそうになる彼女をなだめるようにヘアムは会話を続けた。


「そうと決まった訳ではありません。言ったではありませんか、貴女は生き返るためならどんな犠牲も払えますかと――。

 まずはその試練としてこの目を移植してもらい、それにともなって生じる激痛に耐え抜くことが出来れば、生きてもう一度母親に会うことが叶う筈です」


 ヘアムはそう言いながら、自分の手の平の上に向かって降涙すると、流れた涙は『個体』となって練り上げられるように、その手には二つの透明な眼球が顕現けんげんされていた。


 目崎悠人との一件があって以来、神眼しんがんのストック切れを起こさないよう、あれから様々な神眼を創造していたヘアムは、ゲームが開始されてからというもの、今もこうして死んでいった者達にその試練を与えていた。


 そのおかげで既存の強者神眼者つわものプレイヤーの命はたもち続けることが出来るのだが、神眼者が今後も増えていくともなれば、この【ピヤー ドゥ ウイユ】と呼ばれた目的不明のクソゲーがいつになれば終わるものなのか、分かったものでは無い。


 それこそ、人類が潰れるまで永遠―――なんてことだって、有り得る話では………………


 そんな《地獄への入り口》に片足を突っ込もうとしているとはいざ知らず、彼女は生き返るかもしれないという、実に希望に満ち溢れた顔をしていた。


「私、それやる!でも、《いしょく》って何?」


「分かりやすく言うなれば、貴女の目をこちらの目と入れ替えること、でしょうか」


「じゃ、じゃあ、激痛ってどれくらい痛いの?」


「そうですね、命があったらショック死する程度にはありますでしょうか」


「そんなに!」


「では、あきらめて何もせず死にますか?」


 彼女は少しばかり悩んでいた。痛いのは嫌だけど、でも――


(ママに会えないのはもっと嫌だ!)


 彼女の中で答えは決まった。


「私――、死にたくないッ!」


「良い返事です。では、その場で横になって下さい」


 彼女は言われた通りに身体を倒した。


「こう……ですか?」


「はい、そんな感じで大丈夫です。初めに貴女の眼球を二つ取り出します。この段階では痛みはありませんので、大人しくじっとしていて下さい」


 ヘアムがそう言うと悠人の時と同様、人魂となった姿からかつて肉眼にくげんとしてその身に持っていた、彼女の二つある半透明な眼球という〈サブスタンス〉はまるで意思を持った一種の生命体のように独りでに動き出し、それらはヌルヌルと成長した動物が親の巣穴から出て行くみたいに眼窩がんかから離れていった。


「うわっ!何も見えなくなっちゃった!」


 こんな状況だというのに、子供というのは何故なぜこんなにも無邪気な生き物なのだろうか。


 なんとも可愛らしい反応を取る彼女をよそに、ヘアムは次なる行動に取り掛かろうとしていた。


「これより移植を開始します。この両目に宿やどる力のエネルギーをその小さな身で受け止め切れるのかどうか不安ではありますが、無事にその負担を乗り越えてくれることを――この目神めがみ、願っております」


 そう言って、透明な二つの眼球に手をかざし始めたへアム。


 それらは命を与えられたかのように突然動き出し、空いた二箇所の眼窩の中へと滑らかに入り込んでいった。


「ぎぃやぁあああああああああぁぁぁ――――ッ!いたい、いだいよぉおおおおおおおおおぉぉぉ――――ッ!」


 小学生の彼女にとってそれはあまりにも痛々しい相当な負担であったのだろう。


 彼女はあえぎ、もだえ、のたうちみだれ………そして―――、苦しんだ。


 幼き子のそんな荒々しい精神状態を見かねたヘアムは、もはや痛みに耐え切れないと諦めかけていた。


 だが、それはすぐに偏見へんけんへと変わった。


「……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………」


 呼吸は荒いが確かに移植する前とは違い、今の彼女はどこか内に秘めた強さが感じられた。


 二つの透明な眼球を受け入れることに成功した彼女を目にしたヘアムは妙なことを考え出す。


(これまで数多くの人間に移植してきましたがこのような幼き人の子といい、経験上あの激痛に耐える人間の割合で最も多かったのは日本人女性だった。

 時に日本人女性は他の国からは辛抱しんぼう強いなどと言われているようですが、この結果はそれを色濃く表している。

 その仮説が本当なのだとしたら、やはり日本の孤島をゲーム舞台に選んだ私の見立ては間違いではなかったということでしょうか?)


「……ハァ、ハァ、こ、これでやっとママに会えるんだ…………!」


 彼女に笑顔がほころぶと、その様子を目にしていたヘアムは気持ちを切り替えて話しかけた。


「お疲れ様でした。少してば、自然とたましいは元の身体の中へと戻ります。横になった状態で構いませんので、しばしお待ちになっていて下さい。

 それと元の世界で意識を取り戻しましたら、右腕に取り付けました電子機器、確かEPOCHエポックと呼ばれていましたか………ひとまずそれを開くと表示されます《ゲーム内容》に目を通しておいて下さい。それが貴女の為になりますので――」


 それを言い終えたタイミングで彼女の魂-霊体はこの場から消え去っていく。


「ご武運ぶうんを―――」


 そう言ってヘアムは頭を下げると、伏せた顔からはニヤリッと不敵な笑みを浮かべる表情が隠されていたのであった。

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