第一部 ⒊ 視忍
⒊ 視忍(1) 飢えた忍
あの晩はろくに睡眠を取れず、耳を
寝不足のあまり普段と違って叩き付けるようにボタンを押すと、それは一瞬でピタリと止んだ。
ひとまず
濡れた顔をタオルで拭き取ると、ふと目の前の鏡に映った自分の違和感に目を奪われていた。
寝不足で左目が乾燥し、充血を起こしている。
それとは対照的に
後で
いくらこの世界には無い
その後リビングに移動した彼は、いつものように朝食を作り始めた。
数分後出来上がると、今度は妹の紫乃を起こしに彼女の自室を訪れた。
昨日と変わらずピンクのパジャマに身を包んだ彼女はなんとも眠そうな
「あれっ、兄さん。片目だけ充血しているのって一種の老化現象なんだって、前にテレビで見たことあるよ。
って、ま……まさか兄さん!この生活を支えるのに必死で、私の知らないところでそこまで
「なっ……、馬鹿言うんじゃねぇよ!俺はまだ15歳だぞ。妹一人、支えてやるぐらいのことでもう年老いて来ているだなんて、そんな情けない奴がいて
変なこと言ってないでほれッ、さっさと起きろ!」
「半分は、冗談のつもりで言っただけなのに………。でも、本当に大丈夫?疲れてない?」
「ありがとな、心配してくれて。俺は大丈夫だから、朝食食べてこい」
彼が疲れを隠して強がるのも無理はない。
まさか自分の命を守る為に、人の眼球を略奪しているだなんて言える筈が無いのだから。
紫乃が自室を出て行き、今はその部屋に一人きりの悠人。
「……俺が置かれた状況を……………、本当のことを言えっかよ」
彼はこの日初めて、これほど家族に何かを打ち明けられないのがこんなにも
それから時は過ぎ、紫乃はすでに家を出て彼も学校に行こうと
(今日は流石に未予は家の前にいないだろう)
彼は玄関扉を開けると、そこには未予の姿が―なかった。
それもそうだ。思っていた通り、昨日はゲーム初日だったから警告も
彼は気にせず、一人で学校へと向かった。
するとそこから五分後、昨日報道された現場である
通学路にあるそこは、この島で目に御利益のある場所として知られており、周囲には
そんな神社の鳥居前で何やら腹を
「……
お腹を鳴らすその少女はどこかおかしな格好をしていた。
よく見ると
両腕には〈
それは彼の目の良さゆえに、マフラーの小さなタグのところに使われている素材名として、それが書かれていたことを彼の目が逃さすことなど無かった。
蜘蛛糸であしらったジャケットが作られたことがあるという話を聞いたことがあるが、それにしても蜘蛛糸を使ったマフラーとはこれまた珍しいなどと思いながら、頭上には左右で三日月のアクセサリーが付いたヘアゴムで丸く
そして
彼女の髪がくせっ毛であるゆえ、その白髪はさながら夜空に輝く三日月のような形にも見えた。
本来ならNEMTD-PCを着ていなければこの世界の厳しい外気温の環境に身体が耐えきれず、最悪命を落とす危険性がある。
だがあの時、全ての
『神眼者は不死身であって不死身ではありません。
貴方がた神眼者は
その言葉が本当であれば、神眼者は目を奪われる以外で死ぬようなことが完全とは言い
それならば神眼者という存在はNEMTD-PCという特殊防護服にとらわれず、ちょっと前の人々のように好きな服を着て外出したぐらいでは死にやしないのではなかろうか?
そもそも不死身だとかそれ
だが、味覚と
なんにせよ、彼女の不自然なその格好はかなり目立つ。
彼は見るからに
目の前で(腹を鳴らして)困った人を助けようとせず、素通りするのはどうにも心苦しいことだが、油断は出来ない。
仮にちょっとばかし食べ物を
彼は最悪のケースを考え、ここは見なかったことにして先を急ごうとする。
だがあろうことに彼女は悠人の存在に気付いたのか、顔を上げつぶらな瞳で見つめながら彼に声を掛けた。
「あ、あの~、よろしければそこの方、少しばかり食べ物を……って、私なんかがそんな図々しいことを言っては駄目に決まっているのに、なんであんなこと―」
彼女は食べ物をねだっているのか、そうでないのか、とにかく訳の分からないことを口にしていた。
なんにせよ、彼はそんな彼女に声を掛けられたことに対し、
(おいおい、マジかよ。見るからに
彼は覚悟を決め、道を引き返した。
「ちょ~っと、待っていてもらえませんか?すぐさま何か食べる物を持って来ますので」
彼はそう言うと、毎日のように
「おにぎり百円セールしていて、ホント助かったぁ~」
なんたる
彼は心の内に
(やべぇ~、俺の悪い癖が出ちまった。お金のことになると、いつもこうして言ってしまう)
彼はロクでもないことを言ってしまったと深く考え込んでしまっていた。
さっきの一言は受け取った人の感じ方によっては、怒りを覚えるだろうと思っていたのだ。
だが、この少女は違った。
「本当にすいません、すいません。私なんかの為にこんな親切にして下さって。改めて明日にでもこのお代は必ず払いますので」
意外や意外。
なんと彼女は怒るどころか感謝のあまり、わざわざ頭を下げてお金を返すとまで言ってきたのだ。
「いやいや、そんな気にしないで下さい。お金を
(なんだよ、めちゃくちゃ良い人じゃないか。変に心配する必要も無かったな。……まあ、彼女の身なりが変わっている件については少し気になるけど、とにかく無事に事が終わって良かった)
そう、心に思う悠人であった。
「では、先を急いでいるので、私はこれにて」
彼はその一言を最後に、急いで学校へと向かって行った。
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