⒉ 開眼(6) 悪夢の始まり

 時刻は十九時三十八分。悠人はようやく自宅へと戻った。


「大丈夫だよ……な」


 何か心配事でもあるのか、彼は玄関前で脱いだ靴をそろえながらそう口にする。


 数分前――


 それは彼が神眼の略奪りゃくだつを終え、未予と別れる前のことである。


「さて、その目なんだけど………どうせロクにデバイスから《ゲーム内容》を見てないでしょうし、代わりに私がはぁ、はぁ……それを持っていてあげるわ」


「それってどういう………」


「この《ゲーム内容》の記述によると、略奪した神眼しんがんは一日のゲーム終了後、もしくは略奪した時点ではぁ、はぁ……それを申告しんこくした時、例の目神めがみが回収を始めるそうよ。

 それと私たちのように協力関係にある場合は、一人が神眼をはぁ、はぁ、はぁ……回収していればそのグループ全員が免除めんじょされるみたい。

 取りえず、私の方でさっきデバイスを通して申告しんこくをしたわ。ほら、この通り――」


 未予は少し前に送信した神眼の回収要請の画面を彼に見せた。


「ちょっと待て。その免除って話は、本当に信用して良いものなのかよ」


 彼が心配するのも無理はない。


 そんな《ゲーム内容》に書かれているだけのことを信用する方が難しい話だ。


 だが、未予の考えはこうであった。


「あの神様はこのゲームを遊戯と言っていた。だとすると、そんな嘘を付いてまで神眼者プレイヤーを減らして早々にはぁ、はぁ……このゲームを終わらせるような真似はしない筈よ」


「まあ確かに、俺たちを含めてあれだけの人々にこんなふざけたゲームをさせようとする神様のことだ。その考えは一理あるかもな」


 彼は一人で納得すると、未予に瀬良から奪った血だらけの神眼を手渡すことにした。


なんにせよ、そっちが要請したのなら渡さないのはマズいよな」


「分かれば良いのよ」


 彼女は眼球を受け取り、二人は別れそして今に至る――


 ………………………


「ただいま」


 彼はリビングに向かうと、妹に挨拶をした。


「おかえり、兄さん。帰りが遅かったけど、一人で外食していた訳じゃないよね」


 まさかの第一声がそれだった。


「俺が金持ってないのは、お前が一番知っているだろうが。そんなにうたがうようなら、はいこれ」


 彼は自分の電子財布スマートキャッシュを柴乃に見せた。


「どれどれ~、この前の制服代は抜きにして………350円っと。ここ最近の購入履歴は、買い替えた制服代以外無いねっ、よしよし!

 兄さんが無駄にお金を使っている様子は、何処どこにも無いことを紫乃は確認致しました」


 柴乃はそう言って、にこやかな顔で電子財布スマートキャッシュを返した。


「ったく……、そんな夫の財布確認みたいなことしてないで、そう言うお前は――……

 まーたカップラーメンやら冷凍食品やらお小遣い使って、それで済ませた口であろう?――違うか?」


「えっ、あっそれは……だっ、だってあれなら料理が出来なくてもなんとかなるから、私にとっては最強の味方なの」


「そんなものだと、ちゃんとした栄養バランスがれないだろうが。

 お前には調理手順なるものを頭に入れておくようにと、週二、三日はレクチャーしてやっているっていうのに、いまだ進歩が無いなんて――……ある意味でそれは一種の才能だよ」


「兄さん、めてもお金はあげないよ」


「いや、褒めてないから。それに妹の小遣いからお金を貰うほど、俺は落ちぶれた覚えは無いぞ」


 彼は妹のボケを突っ込んだところで自分も夕食を食べることにした。


「まあ……今日のところは時間も時間だし、俺もそういったものでませるとすっか!」


「私のこと、言えないじゃん」


「あはは、確かに」


 そして時は経ち、彼が食事を済ませた頃にはすでに二十時を過ぎていた。


 食休みの合間に明日の学校の準備をおこなったり、朝食に使った食器等を洗っていたりしていると時間はさらに過ぎ、妹が風呂から上がると今度は風呂に入る訳だが――


 生憎あいにくEPOCHエポックはこんな時でも外せず、しかしながらこの携帯に付いた最新の防水機能は彼が想像していた以上に優秀なもので、電源を入れても動くそれは壊れた様子もなかった。


 気付けば残り一分で二十二時になるところまで迫っていた。


「あと少しで、十時……」


 彼はリビングに立て掛けられた電波時計の秒針を目にしながら、運命の時間にせまる緊張感をおさえ切れずにいた。


 カチカチと秒をきざむ音を聞くたび、彼の心臓はバクバクと激しく動悸どうきしていた。


 カチッ!


 ここで時刻は二十二時を迎えた。


 ……彼は――、死んでいなかった。


 いや、まだここからが本当の始まりなのかもしれない。


 つい先程、十時になったばかりなのだから。


 安心は出来ない。


 俺は大丈夫、大丈夫と何回何十回と自分に圧力を掛けるように、彼はその言葉をひたすら心に念じていた。


 だがその雑念は思わぬ形で払いのけることとなった。


 彼の腕に取り付けられたEPOCHエポックが突然鳴り出したのだ。


 彼は何事かとすぐさまEPOCHの電源を入れた。


「これは……」


 音の正体は《お知らせ》の新着情報にあった。


 いわゆる、通知音と言うやつだ。


 そこに記載されていた内容は、以下の通りだった。


『本日神眼を略奪し生き残った皆様、おめでとうございます。このお知らせをご覧の方の中には、神眼を奪えなかった人達は本当に死んでしまったのか、気になっていることでしょう。

 そこで私はそれに当てはまる一人の神眼者プレイヤーの一日を記録映像として残しましたので、よろしければ本文下にある動画を見て下さい。

 それと映し出される神眼者ですが、今頃その方の死体が発見されたと地元のFTB布都部ニュースで放映されていることですから、参考までに一緒に見てみるのも良いでしょう』


 この文を最後まで読んだ悠人はすぐにテーブルに置かれたリモコンを手に取り、リビングに置かれた薄型液晶テレビの電源を入れた。


臨時りんじニュースです。本日21時頃、眼清げんせい神社周辺で一人の女性が遺体で見つかったと通報を受け、警察は身元の確認を進めると共に殺人事件として、犯人の行方を捜査しています。

 通報した第一発見者によりますと、発見した時にはすでに両目が抜き取られていたと証言しており――』


 一人の女性キャスターが長々と報道ほうどうする中、テレビに映し出された亡くなった方の顔写真を参考に、彼は同時に《お知らせ》にあった例の動画を映しながら照らし合わせると、まさしく二つの映像は同一人物であった。


「ゲームに参加しなかっただけでこんなことって……………」


 おそらくこれは、へアムが生き残った神眼者プレイヤーに向けて仕掛けた見せしめ。


 未予が言っていたことは正しかったのだ。


 あの時、神眼の略奪をしなかったら今頃自分もあんな風に――


 想像するだけでも、それは恐ろしい現実だった。


 だが彼はこうして生きている。


 今はそれだけが何よりのすくいだった。


 だがこのゲームは終わってはいない。


 いつまで続くのか分からないそれは、むしろここから始まるのであった。


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[あとがき]

ちなみに―


回収要請をしないまま、一日のゲーム終了時間を過ぎると、その時持っていた神眼が勝手に回収をされます。


そして、例の記録映像ですが………彼も目を通しては見ましたが、あまりにグロ過ぎた映像の為、割愛させて頂きました。


彼より一言    「二度と見たくない……………」



茨目七見いばらめななみ(34)  死游離脱ゲームオーバー

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