⒉ 開眼(5) 目覚めし力
「なっ――」
「嘘だろ……」
〈未予もどき〉と悠人の両者は、突然の出来事に
二人にとって藤咲芽目という、一人の
「テ……テメェ、俺の目を――」
〈未予もどき〉は本体の――、瀬良の肉体から片目を奪い取った芽目に怒りを覚えた。
その怒りはついさっき未予が瀬良を勝手に『金髪』と命名した時の――、そんな甘っちょろいものと似て非なるものでは無い。
より感情的に――、より
〈未予もどき〉はこの怒りを直接芽目にぶつけるかの如く、
その走るスピードは見るからにして速く、あっという間にその差を
瀬良の精神が抱える怒りの衝動が、未予の身体に
この熱が――、〈未予もどき〉に大きなエネルギーを与える力の
そもそもの話――だ。
その理由は
本来――、人間が持つ胸の心臓に比べて高い位置に存在する《
まるでこの常識を――、不都合を――、あたかもぶっ壊すように………
先んじて血液の通りが足の筋肉に働きかけ、最も効率的に身体を動かす〈
時として、動物の身体というのは感情の起伏に応じて、想像もよらぬ大きな力を引き出すことがある。
まさに今、大きな《怒り》という感情によってその爆発的な力が一時的に現れたのかもしれない。
〈未予もどき〉は勢いよく腕を伸ばし、芽目の目を捕らえようとする。
だが……〈未予もどき〉のその行動は
瀬良も知らなかった芽目の持つ目力:【
「クソがぁああああああああああぁぁぁ――――ッ!」
怒りを晴らすことが出来なかった〈未予もどき〉は、伸ばした右腕を地面に叩き付ける。
悠人はそれを見て、
だがそれと同時に、芽目のことで一つ気掛かりにしていたことがあった悠人。
(さっきの彼女の力、瞬間移動のように思えたが――、
もしかして昨夜体験したあの現象と同様の………何か関係して――?だが、今はそれよりも――………)
瀬良の身体の容態もそうだが、その中に潜む未予の精神を心配して悠人はすぐに〈瀬良もどき〉の元へと駆け寄った。
「死ぬな、未予!」
「何よ……そんな血相抱えちゃって。
心配せずとも、この身の
ここで一つ、《ゲーム内容》に書いてあることについて説明をする。
【神眼を片目奪われた場合、もう一方の神眼が生命維持の役割をしてくれる為、一度奪われたらそこで終わり――という訳では無い】、らしい。
だが、悠人だけは例外だ。神眼を片目しか所持していないこの男は、それこそ一度の略奪で死あるのみ。
「……けど、さっき目を奪われたその
まだ歩けるまでに時間が掛かるようだし、この場は貴方一人に任せたわ」
「任せたって、まさか………」
「ええ、どうにかして私の精神を元の身体に戻し――それから金髪の……、『この目』を奪うのよ」
「正気か?俺にそんなことが出来ると思って言っているのか」
「そうね。貴方の覚悟とその目に宿る
悠人は
「一体、俺の持つ神眼にどんな能力が宿っているって言うんだ。未来を知っているなら、俺にそいつの発動方法を教えたらどうなんだ?」
「あの力はそう万能じゃないのよ。単純に未来を視ることは出来ても、音を
例えば、未来で誰かが何か話していたとして――、
私に分かるのは口を開く動作からそれが会話をしている、ということが分かるだけのこと。
悪いけど、私には口の開きからその人が何を話しているかなんて、そんな器用な真似は出来ないわ」
「あくまで俺自身の手でその力を目覚めさせないといけないって、訳かよ。
けど、そうは言っても一体どうしたら良いのか…………」
そうこう言い合っている内に怒りの
その動きはさっきまで彼女が悠人の目を奪いに掛かっていた時とは
「くそっ!」
彼にそのことを考えさせる暇も与えず、〈未予もどき〉は彼の目を奪おうと飛び掛かる。
彼女の腕の動きをよく観察し、一つ一つの攻撃を避けきるので精一杯といったところだ。
だが、それは始めの時だけに過ぎなかった。
(せめて、俺の持つ
足掛かりを早くこの
〈未予もどき〉は怒りで判断力が
とは言え、常に彼女の動きを見ていなければ、彼の目を奪おうとする手の振りの速さまでは
そしていつまでもそのことを考えていると、そのことだけに思考が回ってしまい、相手の動きの先読みにも影響しかねない。
(……さて、この状況をどう
現状、俺に持ち合わせた武器と言ったら、小さい頃にプロボクサーを夢見て、かつて
とは言っても、お金の関係だったり色々なことがあったりしてその夢は諦めた訳だが………
おっと、そんな暗いことを思い出している場合じゃない。
それよりもここは一度、相手の動きを止めないことには始まらない。となれば――)
正真正銘、最後の考えを巡らせていると、ある手を思い付いたのか、彼は避け続けることを止めてすぐさま行動に出た。
怒りで周囲が見えていない彼女の足下を狙って、彼は足払いを試みる。
見事に引っ掛かった〈未予もどき〉はバランスを崩し、腹を打ち付けるようにして地面に倒れ掛かった。
悠人の
「
思いもよらぬ反撃を受け、流れるがままに
叩かれた
悠人が赤くなった頬を痛そうに
〈未予もどき〉は立ち上がって一瞬で背後に回ると、彼の視角外から目を奪いに手を伸ばす。
もはや避けようにも避け切れる距離ではなく、彼は敢え無くGAME OVER。
『…』
と誰もが思えるこの瞬間――、目の奥が燃えるような奇妙な
》が流れ込む。
「これは………」
何かを知ったかのような――、意味ありげな口振りをする。
キリッと表情が変わると、風を切る音を頼りに
「ちぃぃ――――ッ!」
〈未予もどき〉は絶好のチャンスを潰されたかのように、その怒りはますますヒートアップしていった。
だが、彼はそんなことを気にもせず、ズボンの右ポケットから何かを取り出し振り返ると、それを相手の顔の前に放り投げた。
「なっ、
「ただのハンカチさ」
相手が怯んだその隙に彼は立ち上がるとハンカチの奥から手を伸ばし、彼女の首筋を掴んで再び、地に追いやった。
そこから彼女の腹の上に
すると〈瀬良もどき〉の方を向いて、
「未予!ようやく俺の能力が何なのか、分かったぜ!さっき俺の脳内に直接、その情報が送られてきたんだ。
それで肝心の発動条件なんだが――、奴の言っていた話から【精神転移】能力が他人に扱えないことは理解しているつもりだ。
その上で一つ聞くが、その
「金髪の神眼を開眼?それが何を意味するのかよく分からないけど、取り敢えず試してみるわ」
「早めに頼む。彼女がこの様子だと、そう長く持ちそうにないからな」
怒り狂う〈未予もどき〉を彼は
「この感覚は……成功ね」
〈瀬良もどき〉は
「それで、どうすれば良いのかしら?」
「なら、その開いた神眼を俺に良く見せてくれ」
「分かったわ」
言われた通り、〈瀬良もどき〉は
彼もまた自身の神眼を開眼すると、その目で〈瀬良もどき〉が開眼した瞳を深く見つめた。
すると、どうだろう。
〈未予もどき〉は苦しみ出すように、頭を上下左右に振り回しながら
「――ぁああぁぁ」
その
案の定――、二人の精神はどういう訳か元の身体へと戻っていった。
一体、何が起こったと言うのだろうか。
良く見ればさっきまで発光していた筈の瀬良の神眼に光が消え、代わりに青々と光放っていた彼の
「あれ?私は………」
「未予、戻ったんだな」
「そのようね。……にしても、いつまで私の両腕を掴んで
「……わ、悪い!」
彼は慌てて未予の両腕から手を離し即座にその場から引くと、大の字になって倒れていた彼女はゆっくりと上体を持ち上げた。
「おい貴様、何しやがったぁぁああああああぁぁぁ――――ッ!」
自分の意思とは関係無く、無理やりに自身の能力を
彼女をそうさせた、悠人の持つ
『吸収』――、それは神眼に宿る能力の〈奪取〉。
言うなれば目にした神眼は強制的に能力を失い、相手の目力を無力化してしまうことが可能。
『放出』――、それは吸収した能力の〈開放〉。
言うなれば、奪った目力を悠人自身が使用することも可能。
ただしこの能力には、大きく二つ程注意すべき点がある。
一つは相手の目力を一回吸収してしまうと、その力を放出しない限りは別の能力を吸収することが出来ないという点。
もう一つは吸収した目力は一度使用すると、元の使用者に吸収した筈の能力が戻ってしまうという点である。
だが、同じ目力を何度も吸収しては、放出を繰り返す――変な話、その点においては可能ゆえ、戦況によって能力の使い分けがカギとなる。
これが、彼の脳内に入り込んだ情報の全てであり――、
今回は能力を吸収して相手の力を無効化するだけに
未予はそんな彼の目力についての詳しい詳細を、良くは知らないものの――、それが一体どんな能力なのか、大まかなに【
「そうね。能力の略奪-【
「「はぁ?」」
悠人と瀬良は変にハモって、同じ反応をとる。
「な、何を急に命名し始めちゃったりして……も、もしかして未予って歳のわりに、結構イタい奴だったり…………」
「中二病と言いたいのかしら?私はただ、一つでも多くの神眼のことについて知ることで――、
『
「……ひ、人の名前をロクに覚えようとしない分、そういうところでは脳に記憶を刻み付けるんだな、お前…………
……ったく、出会った時から思ったが、つくづく変な奴だよ」
もはや何も言えなくなった悠人は、
彼の目覚めた能力の性質上――、相手の能力を仕舞ってしまうあたり、『
それはそれとして、未予は話を続ける。
「はぁ、はぁ……そんなことを説明している場合じゃなかったわ。早く金髪の残った目を奪い取るのよ」
肉体を取り戻したにも関わらず自らの手でそれをしようとはせず、どういうわけか彼に頼み込む未予。
だがそれは、彼女の異変が関係していた。
「どうしたんだ、未予?顔色悪いぞ」
「はぁ、はぁ、はぁ……本当だったら私をコケにした金髪の
どうにも私の肉体を怒りに任せて金髪が
おかげで精神が戻っても目を
だからお願い、死にたくなかったら覚悟を決めて……未来視を………私の言葉を信じて代わりに神眼を奪いなさい」
「未予……」
悠人は苦しそうにし続ける彼女の名前を感情的に
(あんな状態だというのに、俺を説得しようとする相手の気持ちを一番に信じてやれなくてどうする。
目を奪っても奪わなくとも、どちらを選択しても待っているのが地獄の一択だって言うなら、俺が選ぶ道はこうだ!)
「うおぉおおおおおおおおおぉぉぉ―――――ッ!」
「………ふざけるな、誰が……誰が………死ぬかぁあああああああぁぁぁ―――――ッ!」
声を上げ、自らを鼓舞し両の足を突き動かし腕を振るわせ、瀬良の残された右目を豪快に抜き取った悠人。
覚悟を決めたその手の平にはヌルヌルとした眼球の感触が伝わり、左手は
中学校の頃、一度だけ理科の
これは
唯一救いだったのは、何の道具も使わずに眼球を
どうやら
そもそもあの時、突然姿を現した
「はぁ、はぁ……終わったのね」
未予が言ったその言葉を指し示すように、堤防の向こう側からそっと聞こえる波の音が闘いの終わりを――、日常の静けさを気付かせてくれる。
「ああ………」
彼は
覚悟を決めた筈なのに一度死んだ人間であれ人を
「金髪の死体は《ゲーム内容》によると、例の神様の手によって後処理されるそうよ。
はぁ、はぁ、はぁ……
はぁ、はぁ……ゲームの
「………」
罪悪感ゆえの無言なのか、未予はそんな悠人を見かねて口を開く。
「やっぱり貴方には無理なお願いをしてしまったようね。
今日はこうしてはぁ、はぁ……神眼を奪えたことだからルール上、私と君は今日というこの日を生きられるわ。
でも今日に限らず、誰かの神眼を奪う覚悟が持てた上で――はぁ、はぁ、はぁ……このゲームに
はぁ、はぁ……それならこんなゲームに無理して関わることはないでしょう………なんて」
確かに、『高い身体能力』と『能力を吸収する力』を持ち合わせた目崎悠人という神眼者を手放すのは、実に惜しいことだとは思う。
これからも続くこのゲームを乗り越えようとなると、それは
だが当の本人がこんな状態では、とてもこれからのゲームで協力し合っていける感じがしない。
彼女はふらつきながらも立ち上がり、背を向けゆっくりと立ち去ろうとする。
もう二度と会うことは無いだろうと別れを告げるように――
………………………
「あー、くそっ!なんで俺の日常は、こうなってしまったんだよ。
こんなゲーム――関わらずに済むなら、どれだけ良いことか。
……だけど、お前が視た未来だとそいつは無理な相談なんだろう。
ましてや両親がいない今、たった一人の家族を――、妹の紫乃を残して死ねるかよっ!
全ては未予……ッ!お前の生きたいという強い意志が俺を突き動かしたんだ。
だから俺にあんなことさせといて今更、協力関係はお終いだとか、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
「はっ、ははっ……」
何を思ったのか、未予は突然苦しそうに笑い始めた。
「な……何がそんなに可笑しいんだよっ」
「いいえ。さっきまで
思わず驚きを通り越して、はぁ、はぁ……笑ってしまったの。機嫌を
「ああ、そうかよ。……で、どうなんだ?本当に俺と、もう手を組まないのか?」
「………
「つまりそれって………」
「私が始めに持ち掛けたことよ。はぁ、はぁ、はぁ……貴方にそこまで言われたら、断る道理も無いわ。
そういうことだから
「悠人だ。ったく、いい加減それぐらい覚えてくれよ」
「やっぱり私の中では、『君』か『貴方』の方がしっくりくるわ」
(一体、いつになったら俺の名前を言ってくれるんだか…………)
こうして、彼らの闘争はひとまず幕を閉じた。
未予はふと、腕に装着された
投影された画面には、現在の時刻:十八時四十分を表示していた。
彼女が言っていた一日のゲーム終了時間には間に合ったが、そもそも
その理由はゲーム時間外になると、その
詳しい
そういや……例の神様もあの日、神眼者を集めては話の中で休息がどうの言っていたような気がする。そのことを言っていたのかは分からないが………
ある意味、能力が使えないとなると、『眼球の略奪』などという特殊なルール上、個人の力量差によって、ゲームの優位性がかなり分かれてしまうことが少なからず、関係しているのでは無かろうか?
俗に言う、《ゲームバランス》と言われるやつだ。
そして肝心の二十二時を過ぎると、例の神様-『目神へアム』が芽目の使う【
その点はあの神様も考えているのか、一日ごとの
そのやり方はとっても簡単で《お知らせ》を開いて下欄から【報告】をタップ。
そこに回収に出す神眼の写真と、回収して欲しい数を一緒に残して送信―――。回収要請をするだけである。
分からなかったら、【報告】から一緒に説明事項を見ることが出来る為、このシステムを利用しない
未予が
そうして神眼の
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[あとがき]
ちなみに主人公とヒロインの髪色決めには少しこだわりがあり、眼球の色でもある白目、黒目の働きにはどちらが欠けてしまっていては物を見ることは出来ず、
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