第3話 デート

 みさきと玲於奈にとって待ちに待った日曜日がやってきた。

 二人は招木駅中央改札で落ち合うことになっていたが、ご当地グルメイベント開催とあって人手は普段の休日より混雑している。駅そのものは複雑な構造ではないのですぐ見つけられるとは思うが、念のためにLINEで居場所を教えると「了解です。もう着きました」とサムズアップの絵文字付きで返事が来た。


「おはようございます!」

「おう、おはよう。おおっ!?」


 みさきは玲於奈の服装を見て驚いた。パーカーとスキニーパンツという格好だが、パーカーが色違いである以外は自分と全く一緒だったからだ。良いところの娘おにも関わらず私服は質素だが、ここまで全くかぶるとは思っていなかった。


「偶然双子コーデになっちゃいましたね」

「でもあたしがグレーであんたが濃紺。お互いの作業着と制服の色と一緒だな」

「あ、本当だ」


 二人して笑った。


「よっしゃ、行くか」

「はい!」

「うえっ!?」


 さあいざ、という時にみさきは急に玲於奈の手を引いて、目の前にあった駅ショッピングセンターに連れ込んだ。


「ど、どうしたんです?」

「おっさんがいやがった……」

「おっさんって……あっ」


 玲於奈は職長のことを指しているのだと悟った。自分たちが職長公認の仲というのは玲於奈も知るところである。


「あれに見つかったら明日また冷やかされるぞ……しかしおっさん、イベントに行くだなんて一言も言ってなかったのに……そうか、そういうことか!」

「何ですか?」

「競馬だ。ここからちょっと離れたところに場外馬券売り場があるんだ。先週から日曜のGIレースがどーのこーの言ってたから……」

「負けてしまえばお金が無いわけですし、勝ってたら帰ろうとしないでしょう。どっちにしてもイベントには来ないと思います。それにこの人数ですから早々見つかるとは思えません」

「そうだと願いたいね」


 職長は北口のバスロータリーに向かっていく。ここから場外馬券売り場へのシャトルバスが出ている。二人はこっそりと見つからないように北口を出て、シャトルバスが発車したのを確認した。職長の姿はすでに見えない。


「安全確認、ヨシ! ……つってな。さあ今度こそ行くぞ」


 指差呼称でしっかり再確認してから、玲於奈と並んで城前の大通りを歩いていった。

 だがこの時、二人はすでに別の人物にマークされていたことを知らない。



「ふ、ふ、双子コーデなんて……」


 こっそり二人を尾けていたのは瑞貴である。いつも外出に着ているブランドもののワンピースではなく、デニムジャケットにチノパンというラフな格好をしている。動きやすさを重視したためだが、何一つ玲於奈とかぶっていない。みさきに出し抜かれたようで悔しさに身を震わせた。


「桑野みさき……絶対にあなたのポジションを奪ってみせるわ!」


 周りから不審な目で見られているのも構わず、瑞貴は叫んだ。



 *



 イベント開催まで時間があるので、みさき達はまずは招木城を見ることにした。その美しい姿は日本に留まらず世界にも知られており、最近の円安傾向もあって外国人観光客の姿を見かけない日はない。特に近年は大修理を施したため、より美しくなった城を見ようという外国人の観光客の数はますます増えている。

 駅北口から続く大通りを直進すると招木城である。その手前にはイベント会場である城前公園がある。公園周辺では交通規制が行われ、歩行者天国になっていた。

 みさき達は群衆で混雑している中、互いにはぐれないよう注意を払いながら歩いて無事城にたどり着いた。城門をくぐるとまず広場に出るが、ここも観光客で賑わっている。折りたたみチェアに腰掛けてスケッチブックを広げ、城の美しい姿をキャンバスに描き出している人たちもいる。


「修理したばかりだから綺麗だなー」


 城そのものに興味の無いみさきだが、大修理では長い年月に莫大な費用、数多くの職人たちが投入されたことを知っている。自分の普段やっている仕事に比べてそのスケールは想像ができない。


「天守閣に行きましょう!」


 いつの間にか玲於奈がみさきより遥か遠く先まで走って行っている。


「おーい、そんなにはしゃぐと後が持たないぞー!」


 みさきが叫ぶ。


「食前の運動ですよー!」


 いつもよりトーンの高い声だった。玲於奈は運動が嫌いな方とは言っていたが、デートとあってテンションが上がりきっているらしい。みさきは苦笑いして、走って追いついた。

 天守閣に登るには入城料が必要である。受け付けで千円を払ってチケットを買い、日本語のパンフレットを取る。他にも英語のパンフレットがあり、場内の案内表示に至っては英語だけでなく、中国語、韓国語も併記されている。世界のあちこちからこの極東の片隅にある城を見に来ているのかを伺わせる点である。

 天守閣に入る際、スタッフからビニール袋を渡された。土足厳禁なので靴を脱ぐ必要があるからだ。そうして入っていった地階は必要最低限の照明しかなく、うっすらと浮かび上がった古めかしい木からは独特の香りが漂っている。

 大修理で手を加えられているとはいえ、数々の自然災害に耐えて戦争で空襲を受けても奇跡的に焼かれることが無かったこの招木城。城に詳しくない人でも歩んできた歴史の重みは肌で感じられるはずである。

 一階への階段を登ろうとした時であった。


「おおう、急角度だなあ」


 斜めに立てかけたはしご、という形容が似合うぐらいの角度にみさきは躊躇した。


「昔の人はこんなところを行き来してたのかよ……」

「敵が侵入してきた時の備えという意味もあるんでしょうね」


 玲於奈はそう言って先にスイスイと登って行った。仮にスカートを履いていたら下着が下から丸見えになりそうだ。二人ともカジュアルではスカートを履かない性格であったのが幸いした。


「よっこいしょ、っと」


 みさきも手すりを掴んで、足元に気をつけつつ慎重に登った。最上階の六階まで登るにはなかなか体力が要りそうだ。



 *



「ぐぬぬ、私としたことが。まさか見失うなんて……」


 瑞貴は歯ぎしりした。まさか城前公園前が歩行者天国になっているとは思わず、気がついたら玲於奈たちが多くの群衆に溶け込んでしまっていた。視力10.0を誇る運転手兼ボディガードの杣田に「あなたの身なりは目立つから絶対に来ないで」と言いつけたのを今更ながら後悔する。

 とはいえ人混みの中で相手を見つけにくいということは、逆に言えば自分も見つかりにくいということでもある。瑞貴はご当地グルメイベントの待機列に並ぶことにした。今は別のところに足を運んでいるかもしれないが、遅かれ早かれここには絶対来るのだと確信していた。

 スタッフから受け取ったパンフレットを読んでみる。県内の各自治体が誇るご当地グルメを屋台形式で販売するらしいが、ゲスト出店として県外からの出店も数店舗ある。写真付きで紹介されたメニューを見るとにわかに食欲が出てきた。外食する時はいつも高級店ばかりで以前であれば食指が動かなかったのものだが。


「きっと、レオ様も私と同じものを食べられるに違いない」


 そう思うと唾液がどっと口の中に溢れてくる。


「しかし、女性単独だとちょっと浮いてしまってますわね……」


 周りを見ると家族連れに友達連れにカップルと、二人以上でつるんで来ているのがほとんどである。単独行動もいるにはいるが、いずれも男性だ。

 現在四列で並んでいるが、瑞貴の横列にいる残り三人のうち二人は男女のカップルと思われた。隣にいるもう一人、白色のカーディガンに緑色のスカート姿の眼鏡をかけた若い女性だったが、誰とも話をせず黙々とパンフレットを読んでいる。瑞貴は自分だけじゃないのだ、ととりあえずひと安心した。



 *



 天守閣最上階である六階にたどり着き、外の眺めを見た玲於奈が声を上げた。


「すごい! みさきさんみさきさん! 見てください!」


 遅れて階段を上がってきたみさきが玲於奈のところに向かう。


「うおっ」


 眼下に広がる招木市の風景。招木駅に鉄道、建物に道路ありとあらゆる市の全貌が小さくなって視界に収まっている。城前公園にはイベントの屋台があり、その周囲を豆粒と化した人間がひしめいている。遥か彼方に目をやると海があり、晴天なので浮かんでいる島や大型船の姿までくっきりと見えた。


「駅の辺とか結構ごちゃごちゃしてるけど、こうして見ると絶景だなあ」


 近年、招木駅周辺は再開発が進んでガラリと雰囲気が変わったがそれすら些細なことだと思わされる雄大な景色である。

 みさきの半身を暖かい触感が包む。玲於奈が体を寄せてきていた。


「近くに素敵な人がいる中で、遥か遠くの風景を眺めるのは最高です」

「お前、くさいセリフ吐くなよなあ」


 などと文句を言いながらも、みさきは肩を抱き寄せ返す。背丈は玲於奈の方がやや高いので傍から見ればみさきの方から甘えているようである。しかしそんなことは気に留めず、温もりを思う存分感じ取った。

 もう少しこのままでいたい。そう思っていた矢先のこと。玲於奈の腹から聞こえてきた「ぐぅ~」というマヌケな音が現実に引き戻した。


「すっ、すみません……」

「あはははは! もう我慢できないか!」

「ううっ、恥ずかしいです……」


 玲於奈は顔面を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「よし、じゃあ本日のメインイベントといくか!」


 帰りの順路には大修理の詳細が紹介されているコーナーがあったが、それは帰ってからネットで調べることにした。

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