第7話 則天去私

彼女とのチャットでのやり取りは、去年育てた庭のトマトの次世代が4株ほど種から発芽し、新緑の空に登る糸のようにスルスルと伸びるまで続いた。


トマトは脇芽を摘み、水をやり、日に日に大きくなり、そして赤い実をつけた。


緑に茂った葉のグリーンバックの中で、赤い実がドットのように日の光で点滅し、

俺の視神経はRedをちゃんと認識した。

森の中で赤い実を見つけることが視神経の進化の歴史だとすれば、俺はちゃんと進化してここに居た。


見つけた赤い実は、食べると甘酸っぱく、瑞々しく弾けた。


RGBのドットが点滅する絵をキャンバスに描いた。


見えているはずのこの世界は本当は何も見えていないのだ。


遺伝子に刻まれない無数の人の数だけの記憶と行為でこの世界は紡がれている。

進化した遺伝子が運ぶのは集合知となった過去の記憶と環境適応した身体だけだ。

個々人が苦悩した歴史はタンパク質には残らない。


言葉や絵画や音楽や映画が有限な時間の中で生きながらえるとしても永遠では無い。


それでも愛おしい何かがあるから僕らはここに居続け、今を感じるのだ。



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