お泊まり
最後に朱音の家を訪れたのは、小学生の時だ。その頃は毎日、お互いの家に行ったり、二人でお買い物とかしたり。そんな日々は遠いものとなってしまった。だから今日のお泊まりはめいいっぱい楽しむ。昨日はそのために早く寝た。
「ごちそうさまでした。ごはん、ありがとうございます」
「ええ、いいのよ。月葉ちゃんが来てくれて嬉しいわ」
朱音のお母さんはいつもこうして笑顔で私を迎い入れてくれる。私のこの気持ちをもし知られてしまったらどうなってしまうのだろう。知られるような失敗はしないから不安を持つことはないけどね。
「昨日ね、久しぶりに月葉ちゃんが来てくれる~って、はしゃいでいたのよ」
「ちょっと、お母さん……」
右隣に座る朱音は赤面を浮かべる。この顔をずっと見ていたい。
「月葉、どうかしましたか?」
なんでもないよって適当にごまかす。
「いつもよりも念入りに掃除もしてー、着る服の相談も────」
「お母さん! そ、それは言わない約束でしたよね!?」
私もそわそわしながら昨日を過ごしたから、朱音も似たような気持ちを抱いてくれていたと思うとなんだか嬉しいな。
「大丈夫だよ」
私はちょんと、朱音の肩を叩いた。朱音は小首をかしげながら言った。
「月葉、どうしましたか?」
「朱音がクールぶってるけどクールじゃないことくらい私は知ってるからね」
「そ、そういうことは言わないでください!」
朱音はすぐに顔を赤くするから、私はいじりたくなってしまう。これは仕方ないことだと、割り切ってもらいたい。
「ふふふ。昔みたいに今でも変わらず仲がいいのね。朱音は中学の時も、月葉ちゃん月葉ちゃんって言うばかりでね、まるで恋してるみたいだったわ~」
惜しいです、お母様。恋しているのは私です。
「お母さん、やめてって言いましたよね?」
朱音のお母さんには、朱音の、全てを凍らせるような冷たい陰の降りた瞳が向けられたに違いない。
そして、わかっていることでも、きっぱりと拒絶されるのはやはり、私の精神にグサッとくるものだった。
すると、朱音のお母さんは話をそらすように言った。
「そうだ。澄が帰ってくる前にお風呂済ませといてくれる? 疲れて帰ってくるだろうから」
澄ちゃんは朱音の妹。小学生だった頃は、何度も遊んだが、今ではすっかり過去の事だ。
「なら、月葉が先にどうぞ。私は後でも構わないので」
「いやいや、一緒に入ってきてよー。澄が帰ってきたらすぐにお風呂入らせてあげたいし~」
「はい?」
私はもう家で入ってきたので、という言葉を言いかけたが咄嗟に飲み込んだ。
これはチャンスだ。朱音は恥ずかしがりでいつも一緒に入ってくれない。特別意識しているわけではないようだが、裸のつきあいというものをあまり良いものと認識しているようには見えない。
だが、いつもはマイナス方向に振れた針が、澄ちゃんの帰宅に合わせるというプラスの要素が含まれた結果、今はプラスの方向に振れているのではないか。なんにしろ……
「逃すわけにはいかない……」
「つ、月葉は嫌ですよね。私と一緒に入るのなんて、ってなんで脱ごうとしてるの!?」
「あ、いやごめん。焦り過ぎたね。では一緒に入ってきます。あ、これは重ねてっと」
食べ終えた後の食器を重ねて、二人で運べるようにした。
「あら、色々とありがとうね」
「いえいえ。泊まらせて頂く身ですから~」
色々とお礼をしたいのはこちらの方だ。ついでに色々したいが、欲はださないに限る。その食器を運び終えて、朱音は言った。
「本当に一緒に入るのですか?」
「うん、嫌なの?」
私は図らずも寂しそうな声を出してしまった。朱音はこういうのに弱いのは知っている。
「し、仕方ないですね。一緒に入りましょうか」
「いえーい♪」
私は朱音の手を引いてお風呂に向かった。もっと近い関係なら、腕組んだりとか出来るのかな。それともしてもいいのかな。どの辺までがスキンシップとして大丈夫なのか、たまに考える。
きっと、朱音は拒んだりしないけど、内心どうなっているのかまではわからないから。
私はこれ以上は望まない。望めない。
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