映画館

 いい天気になった。うっとおしい太陽はその身を隠して、大きな雲はその存在を自らが主張するかのごとく私たちを影で包み込んでいる。くもりという天気ほど私にとって都合のいい天気はない。


 今日は映画館で待ち合わせ。体力温存のために映画館まで、二つ上の姉の沙羅と一緒にお母さんに送ってもらった。地下駐車場に停めて下ろしてもらうから、日傘を指す必要はない。


「お母さんいってきます。」


 ありがとうと言ってから姉と一緒に車から降りた。


 私の姉の沙羅はテニス部のキャプテン。私とよく似た栗色の瞳を輝かせている。今日はかなり機嫌がいいみたいだ。


「月葉も今日は映画館に行くのよね?」


 肩の下まで伸びた、雪のように真っ白な髪を細い手で払いながら、私に目を向け、足を動かしながら尋ねてくる。

 姉は、百五十センチくらいの私より背が低いにもかかわらず、誰もを魅了させる綺麗さと可愛さがある。でも、その低身長はお姉ちゃんのコンプレックスだったりする。


「そうだよ。あのコメディ映画を観に行くの。お姉ちゃんは?テニス部のみんなで行くって言ってたよね」


 私たちはあまり喧嘩という行為をしない。一般的な言葉でいえば仲の良い姉妹だ。


「そうね。正直、人付き合いは面倒だわ。十数人もいれば、好きな人もいるけど、もちろん苦手な人もいる。ただの部活というカテゴリでの集団だから、それは当然のことね。

 月葉みたいに友達と来る方が楽しいと思うわ。」


 私は何を観るのかを聞いたつもりだったけど、意外な返事が返ってくる。……リターンエース……なんてね。


「それにしては、お姉ちゃん楽しそうだね。」

「ふふ、そうかしら。やっぱり仲の良い人もいるわけだし、楽しめないわけではないのかも知れないわね。」


 映画館の中に入るとすぐに朱音を見つけた。いや、すぐに見つけられる位置で待ってくれていた、かな。


「おはよー。ごめーん、待たせちゃった?」

「おはようございます。いいえ、待っていませんよ。ついさっき来たところです。」


 朱音はいつも絶対にこう言うけど、多分、長い間待っていたと思う。私が早めに行っても朱音は必ず先にいる。今日だって、約束した時間まではまだ三十分ある。お姉ちゃんの約束の時間に合わせて来たからだ。


「沙羅先輩も、おはようございます。」

「おはよう。学校じゃないんだし先輩じゃなくてもいいのよ。」

「あっ、そうですね。沙羅さんも映画ですか?」

「ええ、そうよ。テニス部のみんなでね。柚子里さんも来てるわ。」


 柚子里は私たちのクラスメイトで、奈由菜ちゃんと並んで仲の良い友達。クラスでは私と朱音を含めた四人でよく一緒にいる。

 お姉ちゃんが辺りを見回して、なにかに気がついたのか、声を漏らした。なんとなくそちらを見ると、テニス部員の中に、柚子里の姿を見つけた。


「テニス部のみんながあっちで待ってるから、そろそろ行くわね。──月葉、身体を酷使するのだけはだめよ」


 その言葉だけを残して、お姉ちゃんは小走りでテニス部の人たちがいる方へ向かっていった。その足取りは軽やかで、やはり、楽しみにしているようにしか見えなかった。


「私たちも行こっか。ポップコーン買いたいなあ。」

「私はキャラメル味にするつもりですよ。」

「それなら私は塩にしようかな。あとで分けっこしようね」

「もちろんです。」


 早くに来てしまったから、まだ上映まで時間がある。なので、のんびりと買い物をすることにした。お姉ちゃんたちの見る映画は私たちより三十分くらい早くに始まるものであったから、もうすでにシアターへと入って行った。柚子里とは話せなかった。


 時間があるから、グッズ売り場を先に見ることにした。パンフくらいは買ってもいいかもしれない。

 私は映画のグッズをまじまじと見つめる朱音を横目で覗く。ちょうどこっちを見るから、目が合って少し恥ずかしくなる。


「……ねぇ、月葉」 


 私が目をそらしてすぐに、朱音が透き通るような声で話しかけてくる。

 どうしたの、とは言わない。私は黙って朱音の言葉を待った。


「ずっと───」

「…」

「─────……いいえ、なんでもないです」


 その表情には悲しさが見えなかったから、私は心配という感情こそ抱かなかったものの、「ずっと」の先の言葉が気になって仕方なくなってしまった。


 映画の内容は覚えているけど、わざわざ並んで買ったポップコーンの味は全然思い出せなかった。

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