クラスメイト奈由菜の笑顔
空は雲一つなく、太陽はてかてかと私を照らしています。月葉が入院して一週間。月葉と一緒にいないときは、この天気だといい日だなと思えるはずなのに、こうして月葉のことを思い出してしまい気分が落ち込みます。
ホームで電車を待っている間ぼーっと空を見つめて、来たら電車に乗り込みました。
さほど混んではいませんが、座る場所はなかったので扉横の手すりにもたれ掛かって、同時にため息が出てしまいました。
「朱音ちゃん、おはよー」
後ろからポンと背中を叩かれて少し驚いて振り向くと、甘味がかかった青色の髪に、黄色の瞳が特徴的な奈由菜が横に並ぶ席の一番端に座っていました。そして大きな目を私の方へと向けています。
「……おはようございます。いきなり背中をつっつくのはやめてください。びっくりしたじゃないですか。」
「ごめーん。なんか元気なさそーだったし~。大丈夫なの~?」
奈由菜の甘ったるい口調は今に始まったことではありません。ですが、大丈夫の意図だけは見えませんでした。
「……大丈夫とは?」
「写真部だよぉー。元気なさそうなのもだけどー、今日は朝来てーって、先生にいわれてたじゃん。」
あー、そう言われてみればそうだったような気もします。
「そ、そーゆー奈由菜も同じ写真部でしょう?いいのですか?」
「いいのです~」
軽いなあと思わず感嘆してしまいます。そんな軽さが奈由菜の長所です。
だからなのかもしれませんが、奈由菜にはよく相談をします。
「奈由菜にはこういったような悩みはありますか?」
月葉のことで私が落ち込んでいることは、一緒に撮影旅行にも行った奈由菜には、私の悩みの原因は言わずとも知れています。
「そうだねぇー」
電車の扉が開いて数人だけ人が入ってきます。奈由菜は入ってきたおばあさんに気づくと、すぐに席を譲って私の隣に並びました。
「あたしはね、まだ夢中になるような物は見つけられていないんだよ。朱音ちゃんみたいに。だからそうやって悩むことがないかなぁー。」
「夢中になるものですか」
「そうだよ。月葉ちゃんを、朱音ちゃんは愛しているでしょう?その存在はとても大きなものなんだと思うよ。」
「あ、愛しているとか、そういったものではないですよ!」
「えっ?大好きじゃないの~?」
奈由菜の笑顔は嫌いです。私が見る奈由菜の笑顔は含み笑いばかりなのですから。
ですが、わからないことをわからないというのが大切なんだと、この人から学びました。私の周りの人たちは私に多くの学びを与えてくれます。
もしかしたら誰にでも当てはまることなのかもしれません。
「大好きですよ。あなたのことも。柚子里のことも。みんな大好きです。」
「……なにそれ」
つながっていた会話が一度、ぶつ切りにされたような感覚になりました。
「な、奈由菜?」
「……そ、そーゆー逃げはずるいよー」
それを取り繕うかのように奈由菜は笑います。逃げたつもりもありません。本当のことです。
「そんなんじゃないですよ。」
窓の外の景色は次から次へと移り変わっています。都会と比べて田舎だと言ってきたこの町は上から眺めると、意外と多くの建物が視界に収まります。その建物のほとんどをこの窓越しにしか見たことがないのです。私にはまだ見えていないことが多すぎます。
月葉とおそろいのピンクのバッグからスマホを取り出して電源のスイッチを押して時間を見ると、時間は九時を優に越えていました。時計が間違っていたようです。これも全て月葉のせいです。
「私は次で降りますね。」
「あたしも行くよー」
「学校は始まってますよ。」
「関係あるの?」
奈由菜の笑顔は先ほどのようなニヤニヤした笑いとは違う、温かいものでした。けれどそれは吹っ切れただけのようにも見えました。
私は乗る時よりも軽い足取りで電車を降りました。眩しいほど光っていた太陽は薄い雲に覆われて、ちょうど植物たちが喜びそうなくらいになっています。それは私にとっても心地のいいものです。
月葉と歩くときに比べると少し離れて横を歩く奈由菜は清々しげな表情で私の話を、いつもとは違う温かい笑顔で迎え入れてくれました。
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