いつもへの道
心が張り裂けそうだった。自分がこうしていればよかったっていうのは、おこがましいことだってわかっているのに。
空は雲に覆われ、冷えた空気が肌をなぞる中、月葉は旅館から最寄りの病院へと運ばれた。そして、長い休日の最終日には私の住む街の病院へと場所を移した。
その後の私の行動はといえば単純で、やはり月葉のことを思う時間以外あるはずがなく、私は毎日病院に通った。
「月葉、来たよ」
五月の終わりが迫り行く中で、私は近所の病院に月葉のお見舞いのため訪れた。
「寝てる?」
私がいつもの通り声をかけても、月葉が起きあがる様子はない。
私は掛け布団から少しはみ出た月葉の右手を、両手で握りしめた。
「早く良くなって下さいね。寂しいんですよ。貴女がいないと……」
これ以上は私の押し付けになってしまう。私は言葉を押さえ込み、かわりにその手をより強く握った。
そのまま十五分程待ってると、ようやく月葉が目を開けた。
「おはようございます」
「…………おはよ……?」
今は午後の5時。おはようと言うには適切な時間を軽々越えている。
でも、起きたてほやほやの月葉は、私の言葉に意識がはっきりしないまま応じた。
まあ、起きたばかりだし、『おはよう』が適切と考えられなくもない。
まあ、間違ってるけど。
「また来てくれたの?」
「もちろんです。毎日来ると言ったでしょう?」
月葉がこの病院で入院し始めてから、2週間ほどが経つ。
初めの頃は、私が手を握っていることに対して、なんか恥ずかしいって言ってたのに、最近になって言わなくなった。
最近、私がくると月葉は毎日寝ている。そして私が声をかける中で、意識が戻っていても反応しないという、不自然が見受けられた。
つまりは寝たふり。
イタズラしたいのかなと思って、わざわざ背を向けたりしてみても反応がなかったから、イマイチ意図はわからない。
けれど、そんな姿でさえもかわいくて、いとおしいと思えてしまうほどに、月葉に固執しているんだと、改めて感じる。
月葉に恋人ができたりしたら私はどうすればいいの……?
私の最期になるかもしれない。それなら、私がこの世に生を受けた日を選ぶかな。
そんなことを考えていると、私が握っていた手が、私より少しだけ小さな月葉の手に包まれた。
「私、楽しみにしてたんだけどなー。遊園地とか、朱音と一緒に行けたり、夜は一緒に寝たり……」
月葉は今回入院して、初めて感情を吐露した。
その姿はあまりにも脆くて、離れてしまいそうで。置いてかれてしまいそうで。私の前から姿を消してしまいそうで。
私は想像しただけで、不安で仕方なくなる。
「……朱音ってば、どうしたの!?」
考えているうちに、みるみる感情が高まり、目の前の月葉を見ても、拭いきれない涙だった。
その言葉が私の行動の引き金になる。
私は柔らかい月葉の身体の後ろに手を回して、自らの感情の昂りで生まれた熱を月葉の身体に伝えた。
そして耳元で小さく、なるべく優しく、月葉にだけ聞いて欲しくて、
「月葉、あなたは私の大切な人です。私はこんな性格ですから、こんなときしか、こんな形でしか伝えられませんが。もっと適切な言葉を探しておきますから。……だから、まだ離れていかないで下さい」
言葉を捧げた。
月葉の他に何者にも聞かれたくなくて、月葉にだけは知って欲しい私の気持ち。
月葉はやっぱり私の気持ちに気づかないだろうけど、いつかもっと大きな言葉にして、私は私のために言葉を伝えたい。
「次はもっと体調をしっかり管理するよ」
「本当はもう行って欲しくないです。でも、こればかりは聞いてもらえないでしょう?」
月葉の両親だって、同じような気持ちのはずだ。
「朱音は本当になんでも知ってるねー」
私はいえいえと答える。
そんなことないもの。月葉のこと、全然知らない。
「あっ、そうです。明日は奈由菜と柚子里も来るって言っていましたよ。柚子里が部活帰りになるので、二人とも遅くはなりますが」
「久し振りだ。楽しみだなー」
月葉の笑顔を守ることは拘束することでは生み出せない。今の月葉の笑い顔が、それを物語っている。
月葉は数日後、ようやく退院した。
月葉は自らの感情を吐き出すのに、三週間近い時間を費やし、そしていつもの生活の取り戻すために、その三週間を含めて、約一ヶ月の期間を要すことになった。
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