オムライス

 私の目の前にいる女の子。

 彼女はそれはもう魅力的で、人を惹き付けるような魅惑があって、だけど身体に疾患を抱えていて、それでも明るくて、クラスでもいつもたくさんの人に囲まれていて……。

 私には無いものを、たくさん持っている気がする。

 月葉のことを好きになったことは、果たして幸せへと繋がっていくのかとか、私の好意が月葉の負担になってしまわないかとか、、世間一般が押し付けてくるようないわゆる普通とは違ったこの恋に対しての不安が無いわけではない。

 中学で私たちはあまり交流をもたなかったから、私はずっと彼女に寄り添ってきたわけではない。故に、月葉のことはまだ知らないことが思っている以上にあるのかもしれない。


「お待たせしましたー。こちらデミグラスのオムライスとホワイトソースのオムライスです」


 私の前にデミグラスのかかったオムライスを青い制服を着た店員さんが運んで置いてくれた。

 私は小さな声でいただきますと言ってから、スプーンに手をのばす。デミグラスソースがたっぷりかかった、とろけるような卵をそっと口に入れた。


「おいしいね」


 月葉を見る。月葉も私と同じように一口目を堪能している。

 私の茶色っぽいデミグラスとは違う、ホワイトソースのかかったオムライス。

 私の視線に月葉は気づかない。気づかれたらきっと、さっと目をそらしてしまうけど、月葉が気づかないことをいいことに私はそのまま月葉をぼーっと見ていた。

 オムライスがスプーンによって月葉の口の中へと運ばれる。ホワイトソースが見えなくなるとスプーンだけが戻ってくる。

 それだけのことなのに。月葉の艶々した唇がゆっくりと揺れて、その動きにさえ魅了されてしまいそうになる。


「ねえ朱音」

「ど、どうかした!?」


 凝視していたことがばれたのかと思い、ヒヤッとして声を一瞬詰まらせた。が、月葉は視線を落としたまま。


「えっと……、私の食べる?」


 普通にバレていたみたい。凝視していたものが唇ではなくてオムライスの方だと思ったようだけど。

 これに「はい」と答えれば、クレープに続きまた食い意地を張っている女というレッテルが、月葉の中でより強く私に貼られることになる気がする。


 まあいっか。


「いい?」

「うん」

「ありがと」


 ここで私の思考は一転。これは一つのチャンスという考えが芽生える。

 私たちの間には幼馴染みだからこその遠慮がある。お互いの多くを知っているようで意外と知らなかったりもする。どのくらいの距離でいればいいのかを、きっと月葉も図りかねているのだ。

 私は月葉のそばにいたい。そばにいるためにできることは全部したい。だからこれは一つのチャンスだ。


「もらうね」


 私は自分のスプーンを月葉のオムライスへと伸ばし、スプーンで軽くすくう。形を崩すのはなあと思ったから月葉が食べ進めている方から。

 味は見たままのホワイトソースだった。でも心は平静でなかったというのは当然であり言うまでもないこと。


「美味しい」

「う、うん。そうでしょ」


 私は満面の笑みを浮かべたつもりだったが、月葉は浮かない顔。


「大丈夫? 具合悪くなったりしてない?」


 私の言葉をきいても大丈夫と力なく言うばかり。

 まさか私みたいに間接キスを意識してドギマギするなんてことはあるはずがないわけで。それなら何が原因なのだろうか。

 わからないなら何か行動を起こして……。


「わ、私の食べる?」


 私が月葉の前に私のデミグラスソースのかかったオムライスをスプーンにすくって差し出した。


「うん」


 たべさせてあげるっていうつもりはなかった。私はスプーンを手渡して食べて貰うつもりだっただけ。

 でも月葉はわざわざ腰を浮かせて、私のスプーンに食いついた。大きな栗色の瞳私に向けて小さく笑う。その姿はなんとも愛らしいことか。


「月葉はかわいいね」


 ふざけた調子で発した言葉だったけど、月葉が「あんまりからかわんといて!」と声を荒げてきたのがまた可愛くて、私はつい手を伸ばして月葉の頭を撫でた。

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