きらきらと

 私たちの所属している写真部は、とてもゆるゆる。普段の活動は週二回、水曜日と金曜日で、行かなくても怒られたりしない。みんな部室でゆったりしている。月葉はまだ部室に行ったことがないけれど。


「まだ明日もあるし今日はなるべく休み休み動こうね」

「うん」


 私は月葉と共に、旅館を出て数分歩いたところにある公園へとやってきた。

 緑がたくさんある公園には、遊具で遊ぶ子供やウォーキングをする年配の方を見かける。

 到着してすぐに屋根付きのベンチを見つけ、二人で並んで腰かけた。


「ねえ朱音」

「なんですか?」


 月葉は私の視線を求めるように服の裾を引っ張ってくる。


「せっかくの撮影旅行なのに、いきなり休憩でごめんね」

「らしくないですよ。月葉はいつも図々しいじゃん」


 皮肉のような言い回しで私が放った言葉に、返事はこない。

 代わりに、月葉の頭が私の太股の間にすっぽりと納まる。


「ど、どうしたの?」

「……図々しい私から一つお願い。このまま少しだけ休んでいいかな?」


 一瞬焦った私だが、月葉の表情を窺うと私の恥ずかしさは霧散した。

 旅路の疲れがたくさん貯まっているようで、その顔色は決して健康的とはいいがたい。月葉は元々色白だけど、今は特に疲れが見られる。

 私は無言で頷いた。


「ありがと」

「休んで。お礼なんていらないからさ」


 月葉は体をもぞもぞさせて、寝心地の良い体勢を探している。仔猫みたいなんて言ったら怒るかな。

 月葉は小学生の時に猫にパンチを喰らってから、猫を苦手としているし。


「……」


 私の腿に月葉の右のほおを擦り合わせるように顔を動かすから、月葉の癖っ毛が私の肌に直に触れる。

 漏れそうになる声を聞かれたくなくて、必死で抑える……けどちょっと耐えられそうにない。


「……くすぐったい」

「あ、ごめん」


 嫌ではないんです。月葉がそれで安らぐと言うのなら私は耐えたいと思うし。月葉の容態が悪くなることが何よりも怖いから。


 結局月葉は私のおなかに顔を向けて目を閉じた。

 旅館を出るときに比べ、陽はその姿を大きな雲によってたくさん隠している。

 少しの間、ただただぼーっと空を見上げて時間を過ごした。


「月葉、そろそろ行こうか?」


 出来るだけさりげなく、私は弱い風に揺られている月葉の髪を撫でた。


「日差しも弱くなったので歩きやすそうだし。あれ月葉?」


 私が言葉を収めると、月葉の落ち着いた呼吸がきこえてきた。これは睡眠のそれ。

 もう一度空を眺める。

 この空は私の色んな乱れた思考を鎮めてくれる。こんなにも近くで月葉と触れ合うことに対する乱れ。月葉の体調が悪くなることを恐れるが故の心の乱れ。全部ひっくるめて鎮めていく。

 鎮まった思考回路を動かせというのも無理な話。私は思考ではなく身体に行動を任せる。

 自分のカメラを取り出して、写真に月葉の寝顔を収めた。

 これはきらきらしたもの。私だけの特別なもの。大切な宝物を失うのは嫌。

 だからしっかりとこの小さな手を握っておく。離れる日がきてもこの温もりだけは残るように。

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