私は彼女に恋をした

えんぱな

いつもとは違う日

 光の集う夜空の下で、私は彼女が灰となっても愛し続けると誓うことになる。


 今日は高校生になって初めての撮影旅行。私が大好きな人との初めての遠出。

 その子は、小学校から一緒の幼馴染みである、月葉。私は月葉と同じ高校に入り、同じ部活に入ることができた。

 私たちが入ったのは写真部。私は中学ではテニス部で、これは小学生から続けてきたのだけれど、高校生になったら文化部に入ろうと固く決心していた。

 それがなぜかと言うと……。


「はいはい、注目。まだ着いてはいないがもうすぐ宿だ。その前に写真部としてのルールを確認しておく」


 私たちは今バスでの移動中。

 バスの先頭で話しているのは、私の所属する写真部の顧問の先生。かつ私と月葉にとってはクラス担任でもある。ショートカットの髪型と笑った時の爽やかさなども相まって、女性だけどかっこいい先生です。

 女生徒に告白されたこともあるとか。

 といっても、私が入学したのは先月のこと。まだ一か月も経っていないわけだから、噂話ばかりである。


「ねえ、朱音」


 私の袖をちょいちょいとつまみ、隣に座っている私にしか聞こえないくらいの声で私の名前を呼んだのは私の愛しの人。幼馴染みの月葉です。


「どうしたの?」

「ルールって何のこと? 知ってる?」

「今から先生が言ってくれるよ」


 月葉は部活に来るのが今日初めて。故に知らなくても当然。

 私の言った通り、先生は説明を始めた。


「写真部としてというかマナーとして、人にカメラを向けてはだめだ。撮るときは必ず相手の了承を得る。簡単に言えば盗撮はするなってことだな」


 盗撮か。盗撮といえばついさっき前の座席に座っているやつにやられたところだな。いい一枚だったから仕返しはしなかったけど。


「しかしだ。カメラを持つ我々写真部は思い出を残すための役割に回りがちだ。だからこそ私たち写真部部員は皆が互いを撮影し合うことでその笑顔を残していきたいと思う。よって部員同士の盗撮は一切禁止していない。思い出作りに励んでくれ」


 ちょっと笑いながら話す先生はいたずら好きな子どもみたい。その親しみやすさも人気の理由なんだろうか。

 先生がこの後の自由行動や荷物の扱いの説明をし終えた頃に宿に着いた。自由行動は名の通り、みんな好きなところに行ってきていい時間。私は当然月葉と行く。


「ねえ朱音。どこ行きたい? おいしいスイーツの店とかあるかな?」


 バスに乗っていた時よりも明るい口調で、待ちきれないと言わんばかりに体をうずうずさせながら笑顔を見せる月葉の姿につい頬が緩む。というか、笑顔の破壊力がやばい。東京タワー壊せそう。


「あんまり歩くところは避けようか」

「んー。そうだよね。何かないかなー?」


 このために、私はすでに調査済み。


「そう来ると思って今日行けそうなところをリストアップしておきました」


 二人っきりのデートにおいて、必要なのはやはり準備。

 室内施設なら月葉の体力も、あまり削られないだろうし。


「うーん、例えばこの美術館って撮影オッケーなのかな?」

「あ、言われてみれば」


 失念していた。

 私たちはなにも、ただの観光に来たわけではない。

 今日は写真部の活動として写真を撮る。月葉とのお出かけが楽しみすぎて、そのことがすっかり抜けていた。

 私は、先日ようやく買ってもらったスマートフォンを、お気に入りのピンク色のバッグから取りだし、履歴から昨日見たサイトを調べなおす。


「ええと、どこに書いてあるんだろ」

「私もみようか?」

「……うん。お願い──」


 あ。


「あった?」

「改修工事で休館中らしい。なんか大規模なのやっててレジャー施設一帯が休業中みたい」

「あ、そうなんだ……」


 月葉は私の顔をちらと横目で見てくる。

 おそらく、行けなくて落ち込んでないかの確認だと思う。案として持ってきていたもののほとんどダメになったからダメージはあるけれど、月葉が隣にいるだけでそんなことどうでもよくなりそうになる。月葉は本当に優しい子。

 それにしても、私ってばほんと抜けすぎだ。撮影できるかどうかどころの問題ではなかった。でもまさかゴールデンウィークというお金の入れ時に休むなんて思わないじゃん。

 とはいえ調べればわかったこと。ただの準備不足だ。


「月葉は行きたい場所はない?」

「遊園地とか?」


 月葉が華奢で細い首をかしげながら、私の目を見つめてくる。

 可愛いなあと簡単に言い合える仲なら、私は何度この言葉を口にしているだろうか。心でそう感じても声にはならない代わりに一息ついてから別の言葉を見つける。

 今は簡単だ。ただ返事をすればいい。


「そこは二日目に行くじゃん」

「だよねー」


 私たちには、幼馴染みであるのに……いや、だからこそなのかもしれないが、遠慮があるような気がする。

 お互いを知っているからこそ、知らない部分を恐れてしまうのだろうか?

 そんなことを考えていると、突然背中をつつかれた。


「ねえ。朱音ちゃんと月葉ちゃんはー、どこ行くか決めたの~?」


 振り向くよりも先に聞こえた声。その声の甘ったるさで、すぐに誰かを特定する。


「奈由菜はどちらに行く予定で?」


 私の友達。同じ写真部であり、クラスメイト。彼女は奈由菜。

 ふわふわの青白く長い髪に肩あたりでウェーブが作られ、それはまるで細い糸の束のようにきらびやか。ちょっぴりたれ目も合わせてふわふわした印象がある。


「えーと、私たちはねぇ──」


 奈由菜の言葉に、月葉が「え」と反応した。


「たち? 奈由菜ちゃん、誰と行くの?」

「私はみんなと……って、いない!? 私おいてかれてるじゃん! 私はもう行くね!」


 奈由菜は走って旅館の外へと出ていった。


「嵐みたいな子だね」

「あれが平常運転だから恐ろしいよ」


 ちなみにバスの中で盗撮してきたのも奈由菜。トラブルがあればいつでも中心人物って感じ。


「うーんそれにしてもみんなやっぱり最初に行くとことかは決めてるよね。やっぱり予定を考えておくべきだったかな」

「うーん。そうだね。私なんも考えてなかったや」

「月葉は仕方ないよ。昨日も病院だったんだし」

「うーん。よし! ならさ、いっそのこと休憩しちゃう?」


 放たれた月葉の言葉は、私の心を激しく揺さぶる。

 私は休憩という言葉から変に想像をしてしまい、顔が赤くなるのが自分でわかるくらいに体温の上昇を感じた。

 でも私は決して冷静さを捨てない。休憩は休憩であって休憩なんだからと、何度か心のなかで唱える。


「カフェとかかな?」

「そうそう。そうでなくても、どこかに座るとかさ。みんな頑張ってるのにちょっと悪いかなって思うけど」


 私の理性の大勝利。私の頭もまだまだ現役だから、頑張ってもらわないと。


「ここら辺に何があるのかなって調べてたんだけど、ここに行くのはどうかな。ここなら写真も撮れるよ」


 細くて長い指が差したのは、月葉のスマホのマッブ画面に映った、公園の文字だった。それ以外周りにあるのはコンビニだけ。


「公園?」

「うん」

「だけど、その‥‥‥大丈夫? 日射しとか」


 悪い風が私に吹きつける、そんな錯覚に陥いる。

 彼女の、月葉の顔が寂しさを訴えてくるのではと思ったから。私は月葉それに向き合うのは怖いから、目を背けそうになる。


「あ……月葉」


 何とか目を開け見た先の月葉は月葉はそんな心配とは無縁なにこやかな笑顔で、私とお揃いのカバンをゴソゴソと漁り始めた。


「じゃーん! 今日はちゃんと折り畳み式の日傘を持ってきたのです。これならローブを被らなくてすむよ」


 糸のように目を細めて笑う姿に私の方が安堵させられる。心配事は取り除いてあげないとと思っていたけど、これじゃ私の方が助けられてるじゃないか。


「あ、安心した」

「うん。安心してて。心配してくれることはすごく嬉しいよ」


 少なくとも、今、この瞬間の月葉にはその心配というのも必要なさそう。


「傘、月葉のことだからまた忘れてくるかと思ってたよ」

「うぅ……、なんかバカにされてる感じがするけど、何度も忘れているから否定できない」


 また忘れてくると思ったから私も傘を持ってきたけれど必要なさそう。


「公園は歩いてすぐのところだね。とりあえず外に出ようか」


 旅館の玄関のような場所を通り抜け、外に出る。

 カラッと晴れた天気は気持ちが良いけど、月葉のことを考えるとそうも言ってられない。

 月葉は出ると同時に、持参した日傘を開いて言った。


「どう? かわいいでしょ」


 すぐに月葉自体に目が行くけど、そうでないことにはすぐ気付く。

 月葉の日傘は確かにかわいい。

 主張し過ぎず目立たなすぎないピンク色を背景に、植物が描かれている。植物と言っても、可憐な花ではなく葉や茎。


「かわいいですね」


 この言葉を、月葉に向かって言えるようになりたい。そう心から感じている。


「でしょでしょー。新調したからね~……ってどうしたの?」


 私はかばんを漁って元々家にあったデジカメを取り出し、電源を入れてそのままシャッター切った。

 そして次に、素早く連写モードに切り替えて、ボタンを長押しした。


「な、なに?」

「あまりにもかわいいから記録に残そうと。しかし、もっといいカメラをこの旅行までに買えなかったのは失敗だった」


 もっといいカメラなら、私が見た景色をそのまま、またはそれ以上の質で、平面に収められたかもしれないのに。

 悔やまれる。


「ああ、うん。一眼レフとか高いもんねー。私も今日はまだ普通のデジカメだよ」


 そう、私も月葉もデジカメ。いつかは買いたいと思うけど、やはり高価だから、ほいほいと買えない。


「ですよねー。まあ今日は、他の子達も元から持っているカメラを持ってきてるし」

「数人だけいたよね、いいの持ってる子」

「そうそう。親からもらったとか言ってて……」


 月葉と話している時間が好きだ。毎日こうしておぼれていたいけどやることもある。


「あ、ごめん。私が写真を撮って足を止めちゃったね。行こうか」


 私がこう言うと、月葉は申し訳さそうに手を合わせながら言った。


「あ、私ちょっとトイレ行きたくなっちゃったから、待っててもらえるかな?」


 私がもちろんですと頷くと、ごめんねと言いながら、月葉は足早に、旅館の中へと戻っていった。

 残された私は、たった今撮った写真を確認する。


「よく撮れてる」


 ような気がする。

 月葉が写っているだけで、私の中の最優秀賞。

 これが私の、月葉に対する心酔っぷりなのかな。





 この旅館のトイレの内装に使われているものに無機質な素材が少ない。壁は木、床は石畳。

 入ってすぐ、私はすぐに鏡に向かった。鏡は私の気持ちとは反対に、私の姿を正直に映し出す。

 表情に出すぎていないか心配だった。楽しいと感じることは自分の幸福度を上げるけれど、ずっと心臓を高鳴らせていれば疲れてしまう。


「かわいいは、私じゃなくて日傘のこと」


 私は朱音の言葉を脳内で繰り返す。

 朱音は無自覚で、あんなこと言ってるんだろうか。


「かわいいから撮ったってなによ! 最後の連写の時なんか傘ほとんど映ってないじゃん!」


 大きくない声でもトイレではよく響く。反響した音が自分にもう一度帰ってくるのがわかる。


「あんなん期待しちゃうし」


 この言葉が誰かに届かない限り、この気持ちはまだ私だけの秘密だ。

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