5話 無限の可能性

 誰から聞くのと実際に目にするのとでは天地の差がある。と、よく言われはするけど、おおよそが既知から想像できる範疇にあるから、差はあれど驚きがないことが多い。


 例えば高校生活。「マジエンジョイしてるわー」とか「青春だわー」とか耳にするだろう。中学生諸君はおそらくそんな言葉たちに胸を躍らせるだろう。

 しかし実際には「○限辛え……」とか「あーダルい」的な言葉が溢れているのだ。

 まさに天変地異の差だ。だけど高校がイメージと違ってもそこに驚きはない。だって知っているから。学校生活には勉強という苦痛が付いて回ることを。


 似たようなことはいくつもある。


 だけどこれは凄く驚いたーーどちらかと言うと歓喜だが、目を見張るものだった。


 リディアさんからはたしかに聞いていた。だって俺が「かわいい装備を扱っているところはないか」って聞いていたんだから。それでリディアさんがオーダーメイドでお願いしている場所だと聞いて、リディアさんの服からも期待はしていた。


 けど、


「凄いっ……!」


 そう言わざるを得なかった。

 ところ狭しとかけられている服は、普段使い出来そうなカジュアルなものから、ちょっとしたコスプレ感のあるものまでと幅が広い。

 デザイン性に欠けているこの世界の服からすると、とんでもなく飛び抜けているレベルだ。


「ここにあるのは全部女性専用っすよ。冒険者はもちろん、そうじゃない方も着れるデザインもあるっす」

「本当に凄いです」


 俺は近くにかけてあったものを手に取った。

 生地は上質。冒険者が着てぼろぼろにしたらもったいない気がするくらいのものだ。

 だけど少し動き辛いかもな。ロングスカートとかローブが多いいし。もっとも、細かい刺繍とかも施されていて、なるほど、たしかに普段使いが出来るデザインだ。


「そこら辺は純魔術師タイプのやつっす。こっちにあるのが近接タイプの装備っすよ」


 手にとっていた服を元に戻しエルマさんが教えてくれた場所らへんを見る。試しに一つとってみると、おお、リディアさんが着ていたみたいに短パンだ。


 だけどこれ、


「防具として機能するんですか?」

「大丈夫っす。

 生地を織る時に刻印魔術っていう、まあ特殊な技法で生地自体が魔術みたいなもんなんすよ。服にしてからも刻印魔術を重ね掛けしてるっすから、そんじょそこらの防具よりも丈夫で効果は高いっす」

「ということは、生地からエルマさんが作ってるんですか?」

「そうっす。素材から自分の目で選び抜いて最高のモノを作ってるっす。

 機能性とビジュアル性を両立させる、自分の矜持っすから」


 ふんすっ。鼻息荒く意気込んだエルマさん。


「おすすめはありますか?」

「カナデちゃんカナデちゃん! これは!? 」


 俺はエルマさんに聞いたつもりだったんだが、リディアさんが嬉々とした声で割り込んだ。エルマさんはエルマさんでそれをスルーしてピックアップし始めてくれた。

 とりあえず、リディアさんの対応をしよう。というか、何も反応がないと思っていたらリディアさん俺の装備を選んでたのね。


「どれですか」

「これ!」

「……」


 リディアさんが両手でバサっと示してきたのは、ピンクピンクしていてふりふりな甘ったるい、甘ロリと呼ばれる服だった。


「こ、これかわいいよね!カナデちゃんに似合うと思う」


 当たり前だ。その手の衣装をいくつ着たと思っているんだ。しかし今は、このフィルードの理想の萌える姿に合うかだ。


「ちゃんと近接タイプの服から選んでるから安心だよ」


 そりゃあ、確かにふわふわだけどスカートは短いし、袖だって絞られている。動くのに支障はなさそうだ。……やっぱりあるかもしれない。


「……」

「……変えてきます」


 そう言ってリディアさんはとぼとぼと戻っていった。おかしいな、何も言ってないのに。

 でも本当にこの店の服はすごいな。布が惜しみもなく使われているし、結構なお値段がしそうだ。


「これなんかどうすっか? その姿に似合うもので、一応セットを組んできたっすけど」


 エルマさんが戻ってきた。セットというだけあってエルマさんの両手は埋まっているけど、明らかに甘ロリよりも布地は少ない。見てわかる軽装備だ。


「着てみても?」

「もちろんっすよ! かわいい女の子が自分の服を着てくれるなんて嬉しいっすから」


 では早速と着ていた服に手をかけるとエルマさんが慌てて止めてきた。


「な、なにしてるんすか!?」

「なにって、着替えようと」

「女の子がダメっすよ! いや、かわいい女の子の裸が見れるのは嬉しいっすけど。でもダメっす」

「は、はあ。じゃあどこで着替えたらいいですか?」

「そっちっす」


 エルマさんは顔を赤くして手で示してくれた。なにをそんなに恥ずかしがっているのか。男がいるのなら話は別だが、ここには女の子しかいないのだから、気にすることはないだろうに。


 エルマさんに言われた仕切りのある場所で着替えた。少し勝手に困るところもあったが問題なく着替えられた。


「大丈夫っすか?」

「はい。着替え終わりました」


 エルマさんの声に応えて仕切りを開いた。するとリディアさんは手に持っていたふりふりを持ち固まり、エルマさんは口を固く結び何かを我慢しているように見える。

 うーん。これは耳を塞いでおこう。


「「か、かわいいっ〜〜!!」」


 絶叫した二人の声が重なった。おそらく、二人の声は裏道にこだましていることだろう。


「カナデちゃん、いいね!」

「これ姿見っす。確認してみるっすよ」


 ぐいぐいっと来るエルマさんに勧められて姿見の前に立つ。森で使った簡易的なものではなくしっかりと蔓の装飾がされている姿見は、その質も良質でくっきりはっきりと曇りなく俺のかわいさを映し出していた。


 まずは上半身。緑を基調としたオープンショルダーの七分袖は袖口はリボン・カフスだ。差し色である白は襟からラインを引いていて、細身感を出している。

 胸元はやや開き気味で寂しい胸では悲しさがあるかと思ったが、インナーが寄せて上げているので小ぶりな山がなんとかそれを防いでいる。

 手には黒のミトンをつけている。


 次に下半身。下はなんとミニのプリーツスカートだ。白のそれの下には薄い緑のペチコートも履いている。靴はこげ茶のショートブーツだ。

 腰にはおそらく最小サイズである短剣が抜きやすいよう横向きで吊るしてある。鞘は黒を基調としているけど、全体的な色のバランスとしては悪くない気がする。


「ねえエルマ」

「どうかしたっすかリディアさん」

「これスカートだけどさ、カナデちゃんパンツが見えちゃったらどうするの!?」

「いやパンツくらい……」

「ダメだよカナデちゃん! 絶対ダメ!」

「お、おうぅ……」


 どんだけパンチラを許したくないんだよ。


「大丈夫っすよ。ペチコートに施してる刻印魔術は、光を操って中が見えないようになってるっすから」

「さすがエルマ。わかってるよ」


 ええ! なにその機能凄過ぎだろう! ほんっとに超絶的な技術をくだらないことに使ってるなぁ! でもそういうの好き!


「カナデさん、どこかおかしなところはあるっすか?」

「いえ特にないです」

「ならそれで決まりっすね」


 お支払いはとりあえずリディアさんだ。さすが元一級冒険者、金持ってるなあ。まあ、最後には支部長に請求してやるんだけど。


「何か不備があったら持って来てくださいっす。直ぐに調整するっすから」

「ありがとうねエルマ、いい買い物ができたよ」

「わたしからも、ありがとうございました。今度また来ます。色々と話したいこともできたので」

「待ってるっすよ」


 無限の可能性を見させてくれたエルマさんに、全身全霊で敬礼を!

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