4話 ミミ

 逃げ切った。リディアさんは追って来る気配を感じなくなったのか、俺を下ろしてくれた。


「それがフィルードの理想の姿?」

「はい。姿見、出して貰ってもいいですか?」


 俺も早く自分の姿を見たい。目線的には少し高くなった気がするが、フィアナの時ほどで変化はない。胸も……そこまで変わった気はしない。少し違和感がある程度で、重くもない。


 リディアさんは魔道具である収納袋から姿見を出してくれた。魔道具便利だな。


「おぉ。これはまた、かわいいな」


 姿見に写っていたのは、癖のない明るい茶髪を肩まで伸ばした少女だった。くりりんとした両目は緑。顔の造形は美人ではなくかわいい寄り。胸はやはり小ぶりだが、幼児体形というわけではない。しっかりとくびれは締まっている。

 よかった。一瞬ロリコンという言葉が頭をよぎったけどそうじゃなかった。


「小柄な女性が好みみたいだな」

「だね。ああ、かわいい……」

「とりあえず元に戻りますね」

「え、いいの? 次その姿になる時は」

「一度成った姿なら、いつでもなれるようになった」


 これが恩恵の進化という奴らしい。理想変化した時に頭に流れこんで来たその情報は、とても便利なものだった。


「じゃあ大丈夫だね」

「だから俺の服を出してくれ」


 収納袋から取り出した俺の服に着替え、元の姿に戻った。いつまでも裸でいるわけにもいかない。


「これからどうする?」

「リディアさん。かわいい装備を扱ってるところなんてないか? 」

「あるよ。私の装備ってオーダーメイドなんだけどね、その子に作ってもらってたの。女の子の鍛冶屋さんなんだけど、かわいい装備を信条にしてるんだ。もちろん性能も高いんだけど」


 それはそれは、いい信条を掲げているじゃないか。リディアさんの装備を見てもそのセンスに疑いようはなさそうだし、興味ある。それにもしかしたら、俺のかわいい服作り計画にも重要かもしれない。


「ならそこに行こう」

「この時間なら暇だと思うから、早く行こっか」


 行き先が決まった。



 ***



 街に戻った俺たちは、早速リディアさんオススメの工房へと向かった。

 森に近い西門から直ぐの入り組んだ裏路地。そこは表通りに構えられている武具店ほど上等な構えではなく、篭り守り秘するといった職人気質たっぷりの廃れた容貌ばかりだった。

 他にはゲテモノを扱う商品店だったり、怪しげな魔術書が並ぶ古書店。

 百が好むではなく、一を求める者をターゲットとしている印象だ。


 そんな、本当に同じ街なのかと疑いたくなるような薄暗い裏路地をリディアさんの案内で歩いていると、明らかに他とは違う店構えをしているところがあった。


 白い壁にはポップな色使いのかわいらしい文字が書かれ、その前にある植木鉢には木が植えられている。窓からは中の様子が伺えるようになっていた。


 これなら表通りでも充分通用する外観で客入りも良さそうだ。が、ここは裏路地でそれらがマイナスに働いている。

 この店だけ他の店と雰囲気が違い過ぎて、ここに来る連中からしたら逆に入り辛くなっていた。


「着いたよ」

「ここがか」

「うん。女性冒険者専用装備店『ミミ』だよ」

「珍しいな。それもこんなところに……」


 下手したらここ、女性なんて来ないだろうに。


 俺が呆けているとリディアさんが店入ったのでそれに続いた。するとふわっと広がる甘い匂い。それもまあフルーティーな香りだ。

 内装も凝られていて、レトロながらも女子受けしそうだ。

 総じて、とても冒険者が使う装備を扱う店とは思えないのだが、現実、剣やら槍やらが置かれている。


 外装もそうだったけど、なに、この店ギャップ萌えでも狙ってるの? だとしたら随分と斜め上な……上等なセンスだよ。


「いらっしゃいませーって、リディアさんじゃないっすかー。お久しぶりっす」


 そんな気軽な声で店奥から出てきたのは、肩まで伸ばした黒髪を一つに結わいている少女だった。ただ、頬は煤で黒くなっているし、オーバーオールもぼろぼろ。かわいらしい顔とは不釣り合いな格好だ。

 うーん、お手伝いさんだろうか。


「その格好、冒険者に復帰でもするんすか?」

「違う違う。カナデちゃん……この子の護衛をしてたんだけど、一時的なものだよ」

「はじめましてカナデです」


 初対面だ。猫は被りに被りまくる必要がある。


「どうもっす。自分はエルマ。この店の店主で、武具防具何でも作る鍛治師っすよ」

「え?」

「おどろいた?」

「はい。まさかでしたので」


 この女の子が店主だなんて……。


「まあ、女性の鍛治師なんて少ないっすから」

「けど腕は確かだから安心して」

「面と向かって褒められるのも恥ずかしいっすね」


 たはは、なんて笑うエルマさんはとても凄腕鍛治師には見えないが、元一級冒険者であるリディアさんの言うことだからそうなのだろう。

 リディアさんはエルマさんと少し話すと本題を切り出してくれた。


「今日は装備を一式買いに来たの」

「カナデさんのっすか?」

「うん。だけどね、少し違うの」

「どういうことっすか?」

「えーと、見せた方が早いと思うんだけど、カナデちゃんはいい? 」

「構いませんよ。広められるのは困りますが」

「大丈夫っすよ、そこらへんは。オーダーメイドだと冒険者の秘密を聞いて作ることもあるっすから。信頼を損なうようなことはしないっす」

「なら早速。

『我写すはかの者の理想なり』」


 微妙に呪文が違うのは、この場に対象がいないからだ。変わりはしたが頭に自然と浮かんでいたし、特に不便はない。

 服は着たままだが、あの姿なら服も心配はいらないだろう。少し大きめの服をあらかじめ着ているし。


 と、普通に理想変化を披露したが当然ながらエルマさんは驚いていた。そりゃそうだ。

 目の前にいた超絶かわいい俺が発光したかと思えば、光が止みそこにいたのはまるで違う女の子がいたのだ。


「な、なんなんすか今のは」

「固有能力の『萌え』です。効果は見たとおりの変化です」

「それでねエルマ、この姿に合う装備を見繕って欲しいの」


 ほんの少し固まっていたエルマさんだがリディアさんの言葉で再起した。


「それは構わないっすけど……。戦闘スタイルはどうするんすか? それによって変わるっすよ」

「もちろん遠中距離だよ! カナデちゃんがケガをしたらどうするの!?」

「そ、そうすっか。カナデさんもそれでいいっすか?」


 どうなのだろうか。俺は戦闘のイロハなんてわからない素人だし、なにが自分に合ってあるのかなんてわからない。

 で、判断の基準にするのならやはりどちらの方が萌えるのかだ。正確に言えばフィルードはどちらの方が萌えるのか。


 うーん。とりあえずリディアさんと会議しよう。


「リディアさん、少しいいですか?」

「うん。少し待っててエルマ」

「了解っす」


 エルマさんは店裏へと引っ込んでくれた。察しがよくて助かるが、念には念ということで小さな声で話すとしよう。


「俺がここに来たのは、フィルードの理想に冒険者が入っていたからなんだよ」

「装備の店を訊いてきたからそうだとは思ったけど、それで?」

「で、フィルードの基本的な理想の属性はドジっ子。まあある程度の振り幅はあるけど」

「うんうん」

「今考えてるフィルードに近づく方法は、フィルードに弟子入りするというものなんだけど」

「へ、へぇ」

「だったら似た様な武具がいいと思うんだな」

「……」

「フィルードの得物はなに? 近接か遠距離どっち?」

「嫌だ、教えたくない。カナデちゃんは遠距離でいいよ」


 妙に頑なだな。


「リディアさん。教えて〜」

「ぐっ」

「ねえねえ」

「ぐぐぐっ」

「ダメ?」

「グハッ」


 リディアさんが鼻血を出してぶっ倒れた。即死ダメージを与えてしまったようだ。うーむ、一級冒険者にダメージを与えるとは、俺もなかなかやるな。


「で、教えてください」

「よ、容赦がないねカナデちゃん……。うー、わかったよ。わかったけど、もう一回」

「教えてくれたら」

「魔術を併用した近接格闘型だよ!」


 うっわスゲー反応速度。食い気味だったぞ。


「ありがとう」

「じ、じゃあ……!」

「エルマさーん」

「酷い!?」


 そう安売りしてたまるか。物事っていうのはあればあるほど希少価値が下がるものなのだ。たとえリディアさんといえども、俺は自分を安く見積もるつもりはない。むしろ超ぼったくり価格で売ってやる。


「決まったっすかー? って、リディアさんはどうかしたんすか。灰になってるっすけど」

「気にしないでください。そのうち復活してると思うので」

「そ、そうすっか? ならいいっすけど。

 それで、どうなったんすか?」

「近距離格闘……がいいんですけど、私でも扱える軽くて小さい武器もあると嬉しいです」

「オッケーっす。ならいくつか見繕うんで、着いてきてくださいっす」


 そう言ったエルマさんは店の奥へと案内してくれた。どうやら作業スペースだと思っていた場所にも商品が置いてあるらしい。

 灰なリディアはハイになって復活した。というのもあまりにも動きそうになかったから、すずめの涙ほど笑顔を見せてあげたのだ。

 復活したリディアさんも一緒に奥の部屋へと入った。


「なっ!?」

「驚いたっすか? ちょっとした自慢の工房なんすよ」


 クロークインクローゼットとばかりにかけられた色とりどり多様なデザインの大量のが、俺の目を覆った。

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