3話 視察です

 二級冒険者グレッグ・フィルード。

 かつて21歳で二級へと昇級し『黒風』の異名を誇った上級冒険者。今は解散したかつてのパーティメンバーと快進撃を続け、この迷宮都市においても一時話題になったそうだ。

 さらに言うなら、一級冒険者に片足をかけていたという有望株だ。


 そんなかつての有名冒険者様の話を何故しているのかといえば、結果的に俺が支部長の依頼を受けることになったからだ。

 支部長の依頼は「グレッグ・フィルードの現役復帰を促すこと」。つまり、グレッグ・フィルードなる冒険者は今は引退しているのだ。それも、25という若さで。


 順風満帆と言っていいほどの若手が何故、大怪我を負ったわけでもないのに引退したのか。どう考えたって厄介な事情があるのは間違いないのだが、受けてしまった。今回は屈辱を味わったわけでもないのに、受けてしまった。


 その理由は金だ。前回よりも多額の報酬を取り付け、さらには依頼に関する金事は経費で落とすことを約束させたのだ。

 その際、ちょーとだけ支部長には夢を見てもらった。そうしたらもう渋っていた支部長を快諾してくれた。フシギダナー。


 まあしかし、金以外にも理由はもちろんある。

 冒険者の体験が出来るかもしれないから。フィルードの理想の萌えにもよるが、それが可能かもしれないのだ。冒険者に近づくのに、冒険者というのは不自然でもないし、その可能性は高い。

 そして仮に冒険者を体験出来るとして、実際にどんな仕事をしているのかは知らないし、俺にも出来ないのかを確かめたい。もちろん、安全第一命あってのものだが。


 というわけで、俺はグレッグ・フィルードなる人物の現役復帰を促す依頼を引き受けたわけだ。が、そのフィルードがなんと街の外に住んでいるらしく、それも森の中というわけで、下調べをするのにも一苦労なのだ。


「リディアさん、準備は出来た?」

「うん、大丈夫だよ。カナデちゃんは私が守るから!」


 と、もうイケメンな台詞をやや押し気味で言ったリディアさんは、いつもとは違った格好だった。いや、装備だった。


 森に行くにあたり問題だったのが護衛だ。単に、冒険者に依頼をすればいいだけかもしれないが、そうもいかない。

 引退している冒険者の住処を訪れるのに、大人数は好ましくない。かといって、パーティを組まずにソロをしている冒険者など、薬草取りの護衛に使えない初級冒険者か、化け物染みた強さで依頼料の跳ね上がる上級冒険者くらいにしかいない。中級にもソロはいるかもしれないが、それだと戦力的に不安が残った。


 そこで悩んでいた俺の悩みを根本的に解決したのがリディアさんだった。


「まさかリディアさんが元最上級冒険者だったなんてな。意外だ……」


 なんとリディアさん、『蒼の剣閃』と『夢斬り』の二つ名で知れた一級冒険者ーー最上級冒険者だったのだ。もっとも、後者の方は一部が呼ぶ忌み名みたいなものらしいが。


「そう? 前から言ってたでしょ? 私がカナデちゃんを守るって」

「言葉通りの意味だとは思わないだろう。そんな面影もないし」

「そうかな? まあ、そうかもね」


 そうだろう。リディアさんの体の見えるところに傷は一切ないし、寧ろうら若き乙女の柔肌だ。雰囲気だってただ綺麗な女性というだけで、変わりはない。

 うん? と首を傾げるリディアさんに俺はなんでもないですと告げ、出発したのだった。



 ***



 目的地は先日、アレンに冒険者達を目撃させた森だ。その奥深くにフィルードは住んでいるらしく、今日はとりあえずフィルードの理想を確認する。

 足場も不安定で生い茂る木の葉で光も薄い森。その比較的歩きやすい場所をリディアさんが先導してくれている。


「カナデちゃん疲れてない?」

「ああ、大丈夫だ。リディアさんこそ大丈夫なのか?」

「余裕だよー。これでも一級冒険者だからね」


 そりゃそうか。


「リディアさん、結構軽装備だよな。大丈夫なのかそれで?」


 リディアさん装備はまるで洋服だ。

 青と白が主だった色の服で、ちらほらと金があしらわれている。短パンスタイルで肌の露出も多い。健康的な腿がすらりと伸びているところを見ると、改めてリディアさんのスタイルの良さを認識する。

 なんて、ファッションチェックになってしまうほどリディアに装備、といったものがない。そこらのおしゃれな洋服といった感じたなのだ。


「うん。私のスタイル的に鎧とかは無駄だから。それにこの装備、魔術がかけられてるからそこらの鎧よりも守ってくれるんだ」

「へえ」

「まあ、魔物も出ることはないと思うから披露できるかはわからないけどね」


 と、言いつつリディアさんは腰に吊るしている直剣を鞘の上から撫でた。


 直剣はリディアさんに扱いやすいようになのか細く感じる。鞘もデザインに凝っているし、柄頭にも細工が施されている。リビングに飾ってあったものでただの模擬刀だと思っていたけど、本物だったのだ。つまり、それくらい装飾の綺麗な剣だった。


 それが保たれたいるのもリディアさんが剣をしっかり手入れしていたからだろう。


 そんな感じの雑談を交わしながら歩いていた。だから疲れは本当にあまり感じていなかった。丁度いい散歩、くらいのものだ。

 楽しい雰囲気でいると、突然リディアさんが立ち止まった。


「どうしたんだ?」

「ああ、ちょっと罠が仕掛けられてるから待ってて」


 リディアさんは剣を構えた、ように無手で構えた。そして空虚に一閃。それを追うようにバチッという音が小さくなった。

 何をしたのかまるで不明だ。


「もう大丈夫だよ」

「何したんだ?」

「魔術の罠が仕掛けられてたんだけど、それを切って壊したの」

「無手なのにか」

「魔力で切ったの。武器に魔力を纏わせたりするんだけど、それを武器なしでやったみたいな」

「なるほど。わかるけどわからんな」


 魔術とか魔力とかさっぱりわからないし。


「ところで、罠はどんな奴だったんだ?」

「ああ、動物を仕留めるだけの簡単な奴だよ。多分だけど土属性のだね。だからフィルードが仕掛けたやつだと思う」

「それ、壊す必要あったか? 避ければよかっただけだと思うんだが」

「……あはは。いいところ見せたくて、つい」


 つい、で壊された罠。これ仕掛けた人が害獣駆除のためか食料確保のために設置したのかはわからないが、リディアさんに壊されましたよー。


「い、行こっかー。もう少しで着くと思うから」


 いたたまれなくなったのか、リディアさんは再び進み始めた。まあ、いいけどさ。


 罠があった時点から十分ほど進み続けると、漸く目的地に着いた。森の中に不自然と拓けた土地、そこにフィルードの住まいはあった。

 一人暮らしには十分すぎるほどに大きいログハウス。その隣には小屋と、野菜を育てているのか畑があった。

 隠居生活といった具合で、のんびりと暮らしているのだろう。


「フィルードはいるのか?」

「いる。家の中に気配が一つある」

「気配でわかるのかよ……」


 本当になんなんだよ。


「とりあえずフィルードを目視出来るところに行こう」

「だね」


 そう言って俺たちは窓のある位置まで移動した。もちろん気配を殺して、バレないようにだ。向こうからは見えない位置だろうし、安心して観察することにしよう。


「あれがフィルードか?」

「うん。少し変わってらけど、フィルードだよ」


 少し遠いが窓からはフィルードを確認出来た。

 黒髪を逆立て青い瞳が落ち着いた雰囲気を醸し出しているフィルードは、とても元二級冒険者には見えない。が、よくよく見れば筋肉は隆々で手もゴツい。


 フィルードは木製の椅子に座り、何かを作っているようだった。太い指で細かい作業をしているようだが、慣れた手つきで手間取っている様子はない。


「じゃあ早速『萌え』を使います」

「うん。準備はいいよ」


 準備、というのは逃走の準備だ。だって相手は引退したとはいえ元二級冒険者。この距離で魔術を使えば察知される、とリディアさんが言っていたのだ。

 そのために逃げる。人智を尽くす前に遭遇したら、目も当てられない。


 俺は下着以外脱いだ。服がパツパツになってしまうと困るのだ。……リディアさん、大丈夫か? 鼻押さえてるけど。


「『我写すは理想の萌えなり』」


 光に包まれ体が変わった。と、同時にリディアさんが俺を抱き上げその脚力で逃走を計った。

 リディアさんも揺れに気をつけてくれてはいるみたいだけど、ああ、胸が揺れる。小さく細かく揺れている。

 ちゃんと理想変化は成功したみたいだ。あとは逃げ切ったあとに確認しよう。

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