2話 これは、戦争だな
「カナデ、支部長室にお茶を持って行ってくれないかい?」
そんなセリフを放ったフレンシスさんはどこか申し訳なさそうだった。
跡取りもとい馬鹿息子もといアレン・メトカーフが支部長室に行ってから暫くして、ホールにも活気が戻った。冒険者達も気にしてはいなかったが気分は悪かったようで、酒の注文が相次いだ。
一気に慌ただしくなったホールでえっせらほっせらしていた時、姉御に呼ばれさっきの言葉だ。
熟考するまでもなく、俺は返す。
「まあいいですけど」
興味もあるし。
姉御も安堵の表情を浮かべた。
「よかった。誰もあの跡取りに近づきたくないって拒んでね」
「まあ自分は男なので」
「……難癖つけられそうな気がしてきたよ」
「ついでに言えばロリなので」
「やっぱりあたしが行こうかな」
「いえいえ。わたしが行ってくるので。では」
心配が再燃したフレンシスさんをあとに裏へと引っ込み、茶に茶請けの準備をして、向かうはそう支部長。RPG風のナレーションをしてはいるが、普通に階段上って進むだけである。トラップはないしクエストはない。扉の前に到着である。
コンコンとノックをして中に声が届くように言う。
「茶と茶請けを持って来ました」
どうぞーと言う返事があったので失礼しますと中に入った。以前来た時と同じで何ら変わりはない。
中では客人用のソファにアレンが深く腰掛け、ローテーブルを挟んで向かい側には支部長とリディアさんが座っていた。
さっさと用を済ませよう。
「茶と茶請けです。失礼します」
と、俺は手早くかつ丁寧な所作でブツを置いた。因みなここでは美しい所作をしている。これも萌えの探求には必要な事だった。
俺は所作の完成度に満足を覚えつつ、そのまま部屋を出ようとした。しかし、
「待て」
と声をかけられてしまった。おっかしいな、完璧な所作だった筈だが。
俺はぴたりと止まり心を決めてアレンの方へと向き直った。たくっ、やっぱり俺の可愛いさにやられてしまったか?
「どうかされましたかなアレン様」
「いや何。支部長殿。ここでは未成年を雇っているのかな?」
「いえいえ。そこにいるカナデ君は立派な成人でしてね。よく働いてくれていますよ」
「ほう、この身なりで」
値踏みするように俺の全身をくまなく見渡す。うう、居心地悪っ。早くしてくれよ。
「ふっ、貧相な身体だな。残念な女だ」
嘲笑。嘲笑をされた。
「もういい下がれ」
「失礼、します」
俺はそのまま下がった。
短い脚でゆっくりと廊下を歩き、階段を下った。控え室へと戻るとフレンシスさんもおり、何事かと話しかけて来た。
「ど、どうしたんだいカナデ。何かされたのかい?」
「ふっ」
「ふ?」
「ふはははははははははっ!」
笑いが止まらない。いや、俺がいい女じゃない? そりゃそうだ。俺は男であって女じゃないからな。だが、俺の可愛さを前に不満気な趣きで、俺の容姿を見て嘲笑した。それは許せん。俺の積み重ねできた萌えが通じないなど、ありえん。
「これは、戦争だな」
「笑ったと思ったら物騒なことを言うね!?」
「失礼。仕事に戻ります」
だがこれは戦争だ。奴の、アレンの心を俺の萌えで侵略する戦争。
俺のこの容姿が駄目なのはわかった。冷静にならなくてもわかることだ。そもそもロリに発情する奴らばっかだったら、マジで引いてしまう。
俺のこの容姿、つまるところロリっ子は、庇護欲を掻き立てることで、男女関係なく今まで多く連中を虜にしてきた。それは揺るぎない事実で自信だ。
だけれども、それは対象にある一定の善性があることを前提としたものだ。対象がロリ(子供)は守るべき対象という認識ぎなければ、庇護欲もクソもないのだ。
今回は俺が成人しているという事が知れていて、そのせいなのかもしれない。だが、それもおそらく低いものだ。
俺が考えるに、普通に、アレンは子供に対して庇護欲が湧かない。だって、馬鹿息子のろくでなし跡取りだもん。
要するに、俺のこのロリ属性では通じるどころかマイナス効果を生む可能性があるという事だ。
なら、答えは決まっているな。
「カナデ? カナデ!」
「は、はい!?」
注文の品を届けに行こうとした時、フレンシスさんに声をかけられた。危ない、びっくりして落とすところだった。
「難しい顔してどうしたんだい?」
「いえ。少し考え事をしていただけです」
「そうかい? でも気をつけるんだよ?」
「大丈夫です。仕事はこなしますから」
「違う違う」
んっ、と姉御が周りを見るように促した。
……おい。やっぱりこの世界ロリコン多いんじゃないの? 視線を感じた。というかもろにこっち見てるし、なんならひそひそ声まで聞こえる。
「カナデちゃんが悩んでるぞ」
「今ならチャンスじゃね?」
「おま、チャンスってなんだよ」
「そうだぞ。カナデちゃんは不可侵の聖域だ」
「俺らの天使」
もうひそひそ声にもなってない。露骨にロリコンしてやがる。地球でも、ここまで露骨にされたことはなくはなかったけど、これは酷い。
「もう今日は上がりな」
「え、でも」
「いいから。……正直、あいつらの様子見てると怖いから」
「ああ、はい」
姉御、キツかったようだ。俺は視線に慣れてるけど。
「じゃあ今日は失礼します」
俺は女子更衣室にて(男子更衣室だと男性職員が落ち着かなかったので、特例として俺は女子更衣室を利用することになった)まだ数少ない私服に着替えを済ませて、裏口から居候しているリディアさんの家へと帰った。
リディアさんとは一緒に帰れない日もあるので、特に何か言う必要はない。名札は裏返してきたし、大丈夫だろう。
「ただいま」
もちろんまだ誰もいない家の中。それでもただいまと言ってしまう。
風呂を沸かしている間に夕食の準備をする。二人分だし特に量を食べる訳ではないので、作るのに手間はかからない。が、早く作り過ぎてもリディアさんと食べる頃には冷めてしまう。まあ、今日は時間もあることだし少し手を凝らそう。
そんな風にいつもの日課、というか俺の受け持つ仕事をしていれば、あっというまに時間は過ぎていった。風呂を上がった頃、丁度リディアさんが帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさいリディアさん。食事の準備はできてますけど、先お風呂にしますか?」
「うん。ちゃちゃっと入ってきちゃうね」
「ゆっくりでいいですよ。……疲れてますよね?」
「ありがとう」
俺はリディアさんの荷物を受け取って、リディアさんは風呂に向かった。
実際、リディアさんは何があったの? というくらい疲れているように見えた。この世界の女性はさほど化粧をしていないみたいで、リディアさんもその例に則ってはいるが素が美人。しかし、いまのリディアさんは見た目ではなく雰囲気に疲れが出ている。つまり、精神的にやられているのだ。
細やかな機微を感じ取る俺の良妻っぷりが発揮した。
「はぁ、さっぱりした」
「じゃあご飯にしましょう」
リディアさんも風呂から出て来たところで、夕食の時間だ。ちなみに、リディアさんけっこうきわどい格好をしている。別にえっちぃ奴とかじゃなくて、普通にラフな格好をしているだけだ。
俺の女の子っぽい部分を受け入れ過ぎて、もはや男としての部分が忘れ去られているのは気のせいではないだろう。
「いただきます」
「召し上がれ」
これは料理を豪華にして正解だったな。
料理の供にワインを嗜むリディアさんに、オレンジジュースを堪能する俺は訊いた。
「今日何があったか聞きますよ。吐き出した方がいいですよ」
「そう? じゃあ、ね……。ほんっとうにあの馬鹿息子はどうなってんの!? 馬鹿なの、馬鹿だよ! こっちはアンタの手下じゃないのよ! それなのに、あの馬鹿は。だいいち、今日持ってきた提案。いいや、宣告は協会に対する侮辱。この街に対する無責任さがよくわかったわ!」
荒ぶるOLだ。母ちゃんもこんな感じになることが何回があったなぁ。俺と同じロリ容姿の母ちゃんが、それはそれは良い焼酎をそれはそれは良い飲みっぷりで消費していくんだから。外だったお縄な光景だった。
さらに言えば、俺と母ちゃんを連れて歩く父ちゃんは、はたから見れば小さい姉妹を連れているシングルファザーだった。だからか引っ越して間もない頃は、ご近所さんに良くして貰っていた。
それからも続いたリディアさん怒涛の愚痴は続いた。
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