第4話 艦長決裁・部長決裁 (1)

 輸送船「しきしま」をはじめとする「ステラ・バルカー級」重水素輸送船は、その特徴的な形状から、しばしば巨大な雨傘に例えられる。


 艦体は直径十六km、長さ二十kmの巨大な円筒形のブロックが一つの単位となっている。このブロックが縦に五本連結されたものが船体の中枢部で、その全長は百kmにおよぶ。

 先頭の円筒ブロック一本が機関部と人間の居住部分で、後ろの四本はがらんどうの貨物用ブロックになっている。この貨物用ブロックは回転する巨大な遠心分離機でもあり、木星に到着した「しきしま」はこの四本の貨物用ブロックに水素を満載すると、遠心分離で重水素と水素に分離する作業を進めながら地球に向かう。

 欲しいのは核融合発電の燃料になる重水素だけであって、分離された水素は持ち帰っても使い道がほとんどないので、超高速に加速させて噴射することで推進力として活用している。


 そして、その五本縦につながった円筒形の先頭部分からは、放射状に八方向に細い骨が伸びていて、その骨の間には厚さ三・五ミクロンの極薄フィルムで作られた金色の帆が正八角形に張られている。ステラ・バルカー級輸送船は、この巨大な雨傘のような帆に太陽光を受け、それを反射する際に生まれる微弱な反作用を推進力として利用する「ソーラーセイル(太陽帆)」という推進方式を補助的に用いる宇宙船なのである。


 その太陽帆の大きさは、「しきしま」の場合、直径約三千五百km。ちょうど月の直径と同じくらいであり、その面積はアメリカ合衆国の国土に匹敵する。

 太陽帆は、地球から木星に向かう往路の二年間は展開して推力を発生させ続けるが、木星から地球に帰る復路の二年間では逆に抵抗となってしまうので畳まれる。またこの太陽帆は太陽光発電パネルの機能も持っているため、往路は消費電力のかなりの部分をこの太陽帆で発電している。


 ただ、これほどまでに巨大な太陽帆を用いてもなお、それによって得られる推進力と発電量は、全長約百kmの巨大すぎる船体を動かすには全く力不足である。

 そのため、太陽帆はあくまで補助的な動力という位置づけなのだが、それでも往路の二年間絶え間なく積み重なればかなりの差になる。これが「ステラ・バルカー級」が従来の水素輸送船と比べて圧倒的な競争力を持ち得た理由の一つであった。


 ちなみに、月の直径に匹敵する巨大な金色の帆を持っているため、地球周辺を航行中のステラ・バルカー級水素輸送船は、肉眼でもかなりはっきりと確認する事ができる。

 西暦二一五三年現在、世界には二九隻のステラ・バルカー級の水素輸送船が稼働している。そしてそれぞれの船が四年に一度の周期で地球に戻ってくるので、約二ヶ月弱に一回は、どこかの国のステラ・バルカー級が地球の近くで帆を展開し、明らかに普通の星ではないと分かる明るさで煌々と夜空に輝いているのだった。


 地球を出発した直後の、太陽帆を展開していない状態の「しきしま」は、巨大な雨傘の骨だけの状態になっている。傘の骨は、中心の円筒形ブロックから放射状に伸びる大骨が八本と、大骨と大骨の間に放射状に三本ずつ中骨が伸びていて、合計二十四本。そして大骨・中骨の間の空間は無数の小骨で格子状に区切られている。


 地球を出発すると「しきしま」は直ちに帆の展開を開始する。小骨で仕切られた格子は一辺が約三十五kmの正方形で、その一辺の長さと同じ幅三十五kmの「太陽帆展開装置」が、ちょうどコピー機の読み取り部分のように格子の一方からもう一方に向けて、小骨上に設置されたレールの上を時速約百kmの高速で走りながら、格子の上に厚さ三・五ミクロンの金色の薄膜を貼っていくのである。

 この展開装置は、英語では通称「タンバリンメーカー」と呼ばれるが、日本では「障子貼り」の愛称で呼ばれていた。


 このようにして、地球を出発した「しきしま」の太陽帆は、二十四時間体制で自動運転される展開装置によって、一日に約八万平方kmずつ傘の骨の上に貼られていく。

 一日に八万平方kmというと、北海道とほぼ同じというとてつもない面積だが、それでもアメリカ合衆国とほぼ同じ面積の太陽帆を全て開き終わるまでには、約四ヶ月もの期間が必要なのである。

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