第六話-7(最終回)

「突然怒られたのだわ!良い知らせを持ってきたのに!」


 相変わらず神出鬼没のピロッパだが、その表情は嬉しさを抑えきれていない感じだ。


「良い知らせ?なに、良い知らせって」


 とりあえずその話を聞かないとこちらも落ち着いて話が出来なさそうなので、促してみる。


「戦争の結果が出たのだわ!我らバロンス国の大勝利!これで平和が訪れるのだわ」


 満面の笑顔に加えて、ちょっと泣きそうなくらいの興奮状態で「良い知らせ」を告げてくれたピロッパだが――――


「……うん」


「薄いリアクションなのだわ!?」


「いやだって、あんな最高のライブで負けるなんてこれっぽっちも思って無かったし、なによりも先に言っちゃってんだもん、良い知らせがある…とか」


 この状況で良い知らせと言えば、なんとなく想像はつくわけだし、酷いネタバレだった。


「――――失態なのだわ!」


 本当にショックを受けているようで、空中に浮いたまま四つん這いで床を叩く動きを繰り返すピロッパ。

 ……ドン!って音してるけど空中で何を叩いてるんだいそれ…?


 そこへ、マリカさんが言葉をかける。


「ピロッパ、二酸化炭素を叩くのはあなたの悪い癖よ、おやめなさい」


「二酸化炭素って叩けるの!?」


 魔法って凄いな!と思う事にしよう。便利な言葉だ魔法。


「まあでも、これで戦争も終わりでしょう?」


「なのだわなのだわ!本当に御苦労さまなのだわ救世主様!」


 良かった……と安堵の息を吐いたところで、ふと気付いた。


「……ん?じゃあつまり……僕とそーりゅんは、これでお役御免…かな?」


 その場にいた全員が、「あ」という声を上げた。


 ただひたすらに今日と言う日を目指して必死にやっていた結果、僕自身すらも、その事実をすっかり忘れていたのだ。


 周囲に気まずい空気が流れる……。


 今ここで行われていた謎の勘違い恋愛トークは一体何だったのか……帰るとなったら婿も友達もない訳で……。


 ちらりと二人の表情を見ると……えええええ~!?二人とも超涙目なんですけど!!


「えと、な、泣いているのですか?」


「バ、バカなこと言わないで!わたくしが泣くなんて、そんなことある訳がありませんわ!」


「せっかく、せっかく友達になれたのに……ここから発展する未来を夢見ていたのに……」


 マリカさんとちーちゃんの涙目に、状況を煽ってしまったそーりゅんも気まずさを感じているのか、伏せ目がちに苦笑いを浮かべるのみだ。


「かえっちゃうのか?」


「へ?」


 どうやら様子を窺っていたらしいミサキさんが、少し離れた位置から声をかけて来た。


 ミサキさんの背中に隠れたレナンさんも、顔の上半分だけ背中から出しながら、こちらを心配そうに覗き見ている。


 う……皆の視線が痛い……正直僕も帰りたくない気持ちはあるけど、でもずっとこの世界に居る訳にもいかない。


 それに―――


「あの、そーりゅんはどうするんですか?」


 僕の質問に、全員の視線が移動する。


「……なぁに?私に決断を任せようっていうの?ズルイんだぁ」


 そーりゅんはちょっとからかうような、それでいて困ったような表情を見せる。


「いや、そういう訳ではないのですけど……やっぱり、僕の人生にはそーりゅんが必要なんですよ」


「……そういうドキっとするような事を真顔で言っちゃうのが、あなたのズルイところよね」


 少し頬を赤くして、肩をすくめるそーりゅん。


「え?ぼ、僕何かマズイこと言いましたか!?」


「見てみなさいよ二人を、あなたは今、二人にそんな顔をさせるだけの発言をしたのよ」


 二人……マリカさんとちーちゃんがなんか………「あなたの心の奥底に住んでいる鬼はどんな顔をしてますか?実際にその顔をしてみてください」という質問を受けた時みたいな表情をしている。


 ああそうか、これが鬼の形相っていうアレか…?


「え、なんで?」


 思わず声に出してしまった。


 その発言に、二人の表情の鬼パーセントは上昇し、この場はもはや鬼が島と化した。


「そんな事もあろうかとーー!!ワシが来ましたですじゃ!!」


 桃太郎が来た。嘘です、シュナイダーさんです。


 シュナイダーさんは勝利に浮かれているのか、この場の空気を全く理解しないまま、話を進める。


「そんなことって何か……皆様そう思っているのですじゃね?それは何かと尋ねたら!ベンベン!!」


 なんか昔を懐かしむテレビで見たことがあるようなことをしている。漂流物って古い映像とかもあるのだろうか。


「これですじゃー!!てれれってれー♪」


 ネコ型ロボットくらいノリノリで懐から取り出したのは……


「ゲートチケット~!」


 ……本気でネコ型ロボットみたいな言い方しましたね……。


「……って、なんですかそれ?」


 見たところ、そのまんまただのチケットのように見える。


「ふっふっふ、いつか来るこの日の為に、密かに研究と開発を続けていて、先日ようやく完成したこのチケット、実はこれ―――――――――」


 めっちゃ溜めますね……


「なんと、まさかの、驚くべきことに、このチケットは、実は―――!!」


 そろそろ全員が殴りたくなってきたタイミングで、ようやく答えは告げられた。



「我々の世界と、救世主様の世界を、自由に行き来する事が出来るチケットなのですじゃーーー!!!」


――――――――――――………


「「「「「「えええええええええええええええええ!!!!?!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!?」」」」」」」


 全員がそのあまりに画期的なアイテムの登場に、驚きの歓声をあげた。


「ほ、本当なんですか!?そんなご都合主義の塊みたいなアイテムが!?」


「それこそが魔法ですじゃ!」


 魔法、便利!!


「これで、救世主様は元の世界で好きなアイドルを応援しつつ、時にはこちらに来て我らがエイルドアンジュも応援していただけるのですじゃ!もちろん、そーりゅん様もサブメンバーといいますか、時間がある時にはこちらにも参加して頂きたいですじゃ」


 そーりゅんと目が合う。


「僕は、そーりゅんが居る所ならどこでも応援に行きます」


「だから、あなたってホントそう言うとこ天然でズルいのよね。見てよ皆の……特にこの二人の顔」


 そーりゅんが手のひらを向けた二人…マリカさんとちーちゃんが、恐ろしい顔でそーりゅんを睨んでいる。


「これで私がもう来ないって言ったら、完全に悪者よ?」


「す、すいません。そういうつもりではなかったのですけど……」


「なら、あなたが先に決断しなさいな」


 そーりゅんの言葉で、二人の視線がこちらに向いた。


 その表情にちょっと気押されるが、もう僕に選べる選択肢なんて一つしかないし、それ以外を選ぶつもりもない。


「僕は……僕の答えは、もう決まってますよ」


 この数か月のことが、頭をよぎる。


 最悪のタイミングで呼び出されて、エイルドアンジュのみんなの第一印象は最悪で、騙されてた事に憤ったり、今までの人生からは縁遠かった戦争というものに戸惑ったり……思い返すとなんだか大変な思い出ばかりが蘇るけれど………それでも、今の素直な感情、それは――――――


「エイルドアンジュは、僕の推しアイドルです!推しを応援しない理由が、どこにあるんですか?」


 惜しの居る所が、僕の居場所だ。


「だから、これからも…よろしくお願いします!」


 僕がそう深く頭を下げると、周囲から「わっ」と歓声が上がった。


 マリカさんとちーちゃんは抱きついてくるし、シュナイダーさんとピロッパはバンザイを繰り返し、ミサキさんはぴょんぴょん飛び跳ね、レナンさんは……よく解らない表情で泣いている。


 そーりゅんはと言うと、苦笑いのような表情でありつつも、どこか楽しそうだ。



 ―――これからも僕はきっと、アイドルを応援し続けるのだろう。


 アイドルが世界を笑顔で満たすまで、その手助けをし続けたい。


 僕らは主役じゃないけれど、全ては繋がっている。


 僕たちの応援が、巡り巡って誰かを幸せにしてくれるように祈りを込めて。


 声の限り叫び続けよう。


 力の限り腕を突き上げよう。



 想いの限り、好きだと伝え続けよう。



 だって僕は、アイドルのファンなのだから!



 なのだから!


 だから!


 ら!



「あのー、救世主様?救世主様!!」


「ひゃああ!!」


 突然耳元で大声を出さないでくださいよシュナイダーさん!


「なんだかいかにもまとめに入った感じで悦に入ってるところ申し訳ないのですじゃが…」


「え、悦になんか入ってませんよ!」


 いや、そう言われたらそうかもしれないけどもさ!そんなズバリ言われたら赤面するよ!


「で、何の用なんですか?」


「実は、今緊急の知らせが入りまして……」


 あからさまに顔が曇っているシュナイダーさん。


 なんか、凄く嫌な予感がするんですけど…。


「えーと……別の国が、戦争仕掛けてきちゃった♪ですじゃ」


「……はい?」


 なんですと?


「ですから、もうちょっとこっちで応援に専念してほしいのですじゃ」


 待って待って、何言ってんの?何言ってんの?


「なので、これは、ホイですじゃ!」


 あ、ゲートチケットが、火に包まれて燃えカスになった…………………………………………………………………………………



「では、もうしばらくお願いしますですじゃ、救世主様☆」


 ――――――――――――――――――世界一憎たらしいてへぺろを見ながら、僕は、喉がちぎれる程に、叫んだ――――――――




「オイィィィィィィイイイィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!」




 うりゃもないのに、過去最高の大声で、別の意味の「オイ」が出ましたとさ。



               おしまい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

響くコールは誰が為に。 猫寝 @byousin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ