第六話-5

 歓声に包まれて、そーりゅんの歌声が空を舞う。


『打ち抜くわ 可愛さの弾丸で 誰にも避けさせはしないんだから!』


「そーーーりゅん!!そーーーりゅん!!」


 本来ここはマリカさんのパートだが、そーりゅんが歌い始めたので、臨機応変にそーりゅんコールに切り替える。


 すると―――


『あなたに狙いを定めたら 撃鉄起こすわウィンクで 飛んでけ弾丸投げキッス!』


 マリカさんが歌いながら、ステージの中央へと戻ってきた。


 まだ少し足元がふらついてるように見えるが、私のパートをあなたに渡さない……そんなマリカさんの意地と、アイドルとしてのプライドが伝わってくる歌声だ。


「マーリカ!!マーリカ!」


 となればコールも当然マリカさんにチェンジ!


 会場の熱気が高まってくるのを感じる。


 それに伴って、ここを守っている生体人形の能力も上がっているのか、攻撃が遠ざかっていくのを感じる。


 そして、ミサキさんもステージの上に戻ってくるが―――怪我したのか、頭から血が流れている。


 本人はあまり気にしていないようだが、見てるこっちとしては心配になるよ!!


 しかしそこへ、泣きそうな顔で慌てて駆け寄ったレナンさんが、ツインテールを結んでいた赤いリボンをほどき、血を拭いてからミサキさんの頭に巻いてあげた。


 そして笑顔で向かい合う二人――――はぁぁぁぁぁぁ!!尊い!!尊いよぅ!!


 またこれ、髪をほどいたレナンさんと、リボンを巻いたミサキさん、どちらも普段とは違う可愛さでなんて素敵!!

 

 会場の盛り上がりも最高潮に、4人のエイルドアンジュが復活した!


 こうなればもう……あとは全力で盛り上がるだけ!全身全霊を、応援に向けるだけ!!


「「「「「「レーナン!レーナン!ミーサキ!ミーサキ!!ハイ!ハイ!ハイハイハイ!」」」」」」


 全てが一体になっていく感覚。


 アイドルが居て、歌があって、ファンが居て、歓声が湧き、全員の想いが一つになる。


 アイドルだけでもダメなんだ、ファンだけでもだめなんだ。


 二つが重なり、二つが共鳴した時に初めて生まれるんだ―――


 ――――最高のライブが…!


 その熱気は全てを包みこみ世界を興奮と幸せで満たすのだ。


 だから何の躊躇いもなく言おう。


 僕は、アイドルが好きだ。


 僕の人生を変えてくれたアイドルが好きだ。


 今日も、これからも、ずっと先まで、感謝と愛をこめて、叫ぶ。


 ライブが終わり、万雷の拍手が鳴り響く会場で、届かなくても、声の限りに―――



「ありがとうーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 


 その言葉を、伝え続ける―――


 アイドルは―――最強だ……!!!



 ライブが終わり、エイルドアンジュの四人が去ったステージを見つめつつ、半ば放心状態で座り込んだまま水を飲み、限界ギリギリまで酷使した喉を潤す。


 足元には、ライブ中に呑んだ水のビンが2本転がっている。つまりこれが3本目だ。


 ライブは応援する側も、本気でやるとこのくらいの水分を消費するものなのだ。


 もちろんこのビンはちゃんと持って帰る。会場にゴミを捨てて行くなんて、ファンのやる事ではない。


「あのグループがライブをやった後は、他のグループの時よりもゴミが少なくて綺麗」


 そんな事を言われると嬉しくなるからね。


 僕らファン一人一人の行動が、どこかでアイドルの評価にもつながるのだと思うと、身が引き締まるばかりだ。


 ――――とか、放心状態ながらも興奮状態の脳がぐるぐると回転していると――――帰路に着く人の波に、ちーちゃんを見つけた。


「あ、ま、待ってちーちゃん!」


 慌てて立ち上がると、体力を消耗しきっているので膝がガクっと崩れかけたが、なんとか持ち直してちーちゃんの元へと駆け寄る。


 ちーちゃんはこちらに背中を向けたまま、立ち止まった。


 ライブ前にも見た光景だ。


 しかし―――


「あの、ちーちゃん…僕……」


「―――――素敵なライブだったね……」


 ライブ前とは違い、言葉を返してくれるちーちゃん。


「私も、その……本当は解ってたの……先生様は悪くないって……。でも、お婆ちゃんが死んじゃって、悲しくて、苦しくて……つい、先生様にあんなこと……」


 ちーちゃんの背中が震えていた。


 考えてみれば、ちーちゃんはまだ子供だ。


 なのに、きっと心の準備も出来ないままに大好きなお婆ちゃんが突然いなくなって、ちーちゃんも苦しんでいたのだろう。


「……いいよ、気にしなくて」


「でも…」


「むしろ、ちーちゃんが色々と言ってくれたおかげで、僕は本当に自分のやるべき事が見えたんだ。お礼を言いたいくらいだよ」


 ちーちゃんが居なかったら、僕は戦争の事に気づくのがもっと遅くなってただろう。


 そうなればもっと長期計画で少しずつコールを固めて行けばいいと思っていただろうし、その結果ライブの完成度は下がり、もっと多くの人が亡くなっていた可能すらある。


 ちーちゃんはある意味、たくさんの人の命を救ったのだ。


「だったら――――」


 まだ涙で鼻声のちーちゃんが、大きく息を吸って小さく言葉を吐き出した……。


「だったら、言ってください、お礼」


「……ん?」


 なんて?


「だったら、お礼を言ってくださいぃ~!私に感謝してくださいぃ~!」


 今度はハッキリ大きな声で、ちょっと上から目線感を出してきたよ!?


「いや、まあ……ええ?」


 お礼を言うこと自体は別に構わないのだけど……なんだろう、そう言われるとなんか……なんかちょっと言いたい気持ちが削られるな!?


「ど、どうしたんですかぁ~?言えないんですかぁ~?」


 なんでこんなに煽ってくるんだろう…と思ったその時、気付いてしまった。


 後ろからでもはっきりとわかるくらいに、ちーちゃんの耳が真っ赤に染まっている事を。


 ……ははっ、なるほどね。


 不器用な子だなぁ。


「わかったよ、ちーちゃん……ありがとう!」


 すると、その言葉を待っていたかのように、即座にくるりと身体を反転させて、こちらを向くちーちゃん。


「シ、シカタナイワネ!ソコマデ イワレタラ、ユルシテアゲルワ!」


 真っ赤な顔で視点も定まらず、何度も脳内で練習したかのような棒読みのセリフを、裏返った声で発するちーちゃん。


「……ぷふっ…!あは、あははは!」


「な、なんで笑うんですか!?」


「ご、ごめんなさい…!つい我慢できなくて…!」


 きっとちーちゃんは、普通に謝るのが恥ずかしくて、頭の中で色々なパターンを考え過ぎた結果、なぜかこれがベストだと思ってしまったのだろう。


 結果だけ見れば謝ってないというか、むしろ僕が許されるという形になっているのだけど、ちーちゃんが僕とのことを考えてくれて、こんなにも顔を真っ赤にしながらもそれを実行してくれたのがとにかく嬉しいし、可愛いと思ったから、全部良しだ!


「はー…ねぇ、ちーちゃん」


「な、なんですか!?」


 恥ずかしさと少し怒ってるのとでさらに顔を真っ赤にしてるちーちゃんに、僕はそっと手を伸ばす。


「あの時、言いたかったんだけど……ちーちゃん、僕と友達になってくれませんか?」


 アイドルとファンとも違う、救世主と国民とも違う、普通の、女の子同士として……


「え、あの……でも私、その……い、良いの?じゃなくて、その…良いんですか?」


 さっきまでの勢いはどこへやら、キョロキョロしながら急に敬語になるーちゃん。


「お願いしてるのはこっちなんだから、良いも悪いもないでしょ?」


「あ、そうか、うん……じゃあ、その……よ、よろしくです……ね」


「うん、よろしく。敬語じゃなくて良いよ、だって友達なんだからさ」


「あ……うん!よろしくね!えっと……その、なんて呼べばいい?」


 …そっか、救世主様って呼ばれてたもんね…そんな友達やだな。


「じゃあ……雪弥、で良いよ」


 友達と言えば名前呼びだな、うん。


「ユキヤ…くん、よろしくね!」


「うん、よろしく――…」


 ―――って、あれ?


 ……くん?あ、もしかして、僕のこと男だと思ってる!?


 ああそうか、そうかそうだよな。わざわざ性別なんて発表してないし、普通に接してたら男だと思っちゃうよね。


 しまったしまった、これは早いうちに誤解を解いておかないと後々面倒なことになるぞ。


「あのね、ちーちゃん実は―――」


「ユキヤーーー!!!」


「ごふぅ!」


 なんだ!?突然後ろから凄い衝撃が…っていうか、名前呼ばれてた!?誰!?

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