第六話-4

 恐怖と混乱が支配する空間に、over tureの勇ましいリズムが亀裂を入れる。


 けれど、まだ壊れない。壊せない。


 恐怖、混乱、委縮、逡巡、躊躇、畏怖。


 あらゆる負の感情で固められた空気と心は、その身を固めさせ、声を上げることを許さない。


 だけど僕は知っている。


 それを撃ち砕く術を知っている。


 いつも教えてくれたから。


 弱い自分との闘い方を。


 いつだって、アイドルが僕に、勇気をくれたんだ―――


 大きく……胸一杯に戦場の空気を吸い込みそして―――――



「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーよっしゃいくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!」



 ―――希望に変えて、吐き出した。



「マリカ!ミサキ!レナン!そーりゅん!響かせ歌声 未来へと舞え!!俺たちの女神エイルドアンジュー!!」


 届け。この場に居る全ての人の耳に。


 届け。この空間に存在する全ての人の心に。


 届け――――


「うりゃ!!  うりゃ!!」


 『うりゃ』と『オイ』は二つで一つ。


 コールの始まる最初のタイミングを把握し、「うりゃ!」と叫ぶことで、まだコールを覚えきれていない初心者は、後に続いて「オイ!」と叫ぶ事が出来る


 『うりゃ』は言うなれば先導者だ。


 先陣を切って戦いへ挑む、経験と知識を備えた戦士。


 だからこそ今、僕は「うりゃ」を叫ぶ。


 付いてきてくれと、願いながら。


 この場の空気を変えることは、僕一人には到底できない。


 けれど、道を示すことは出来る。


 闇を照らすことは出来る。


 この声と―――ペンライトで。


「うりゃ!!!  うりゃ!!!」


 突き上げろ、右手を突き上げろ。


 天高く、客席からも、ステージからも、どこからでも見つけられる道しるべになり得るように、光を放て。


 声が枯れる限界まで叫ぶ。


 肩が壊れる限界まで腕を振る。


 しかし、決して声は枯らさない。決して肩を壊さない。


 なぜならば、それが僕らの武器だから。


 ライブと言う戦場で、姫であり君主であるアイドルと共に戦うための、たった二つの武器だ。


 この声と、ペンライト。


 その二つで最後まで戦い抜くことが、ファンに出来るたった一つのことだ。



 それこそが、応援だ。



 声と腕を失う事は、丸腰で戦場に出るのと同じ!!


 だから、限界まで全力で振り絞りつつも、ライブ終了と同時に使い物にならなくても、終わるまでは、その武器を全力で使い続けろ。


 ステージの上で戦っているアイドルに対して、僕らが出来る全ての事を!!


「うりゃ!! うりゃ!!」


 けれど――――この声は本当に、届いているのだろうか。


 僕の応援は本当に、誰かの心に届くだろうか。


 アイドルの役に立てているだろうか……そして今は何よりも、この場に居る多くの人の心を、少しでも揺らすことが出来るだろうか。


 応援で何かが変わるなんて、思い上がりなのかもしれない。


 こんなものは、どんなに心を、魂を込めたところで、全ては自己満足なのではないか。


 ああ、曲が終る。


 2分程度の短いoverture。


 自分の力不足に加えてこの短さでは、誰の心にも届かせることが出来なかったのか。

 

―――それでも、最後までうりゃを…


「うりゃ!!  うりゃ!!」



 ―――――ォィ…!



 ………!?



 今、確かに最後に少しだけ―――


 周囲を見回すが、どこから発せられたものなのか確認できない。


 曲は終わり、辺りには再び命を削る戦争の音が響き渡っている。


「ピロッパ!もう一度曲を流して!」


「はいなのだわ!」


 さっきのが聴き間違いでなければ、きっと―――


 流れる曲に合わせて、息を整え、感情を高め、もう一度、胸に期待を抱きながら、叫ぶ。


「「あーーーーよっしゃ行くぞーーー!!!マリカ!ミサキ!レナン!そーりゅん!響かせ歌声 未来へと舞え!!俺たちの女神エイルドアンジュー!!」」


 間違いない、声がもう一つ!


 周囲を見回す。


 ―――――――今度は、見つけた。


 ああ、間違いない声を出してくれたのは――――


「うりゃ!」「ぉぃ!」「うりゃ!」「ぉぃ!」


 どこか少し照れているような、恥ずかしさを含んでいるけれど、確かに僕の「うりゃ」に続いて「おい」を言ってくれてるあの子を――――


 ――――ちーちゃんを見つけた僕の嬉しさをなんと表現すればいいのだろう。



「うりゃ!」「ぉぃ!」「うりゃ!」「ぉぃ!」


 何度も続く二人の声に、少しずつ、新しい声が重なってゆく。


「うりゃ!」「オイ!」「うりゃ!」「オイ!」


「うりゃ!」「「「オイ!」」」「うりゃ!」「「「オイ!」」」


 空気が、変わりはじめた。


 ライブの空気だ。


「「「うりゃ!」」」」

「「「「「「「オイ!」」」」」」」

「「「「うりゃ!」」」」

「「「「「「「「オイ!」」」」」」」」


 熱気がうねりを見せ始め、風が震えを伝えると、魂はステージを捉える。


 高揚感と期待、そして僅かな緊張と不安。


 それら全てを笑顔と快感に変えるライブが今、始まる……!!



「いっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっくよーーーーーーーーー!!!!」



 観客の想い全てを受け止めて、そーりゅんが叫ぶ!!!


 そーりゅんの立っていた場所……ステージの中心から一歩左へ歩き、そこでポーズ。


 アレは、そう―――


「ピロッパ!!!『ブリット天使』!!」


「はいなのだわ!!」


 流れる『ブリット天使』のイントロ。


 そーりゅんのあの位置、あれは『ブリット天使』の最初の立ち位置。


 ファンなら、曲が流れる前に場所の移動で次の曲をいち早く察する事が出来る。


 だからきっと、あれはそーりゅんからのメッセージだったんだ。


「私はまだライブを続けるぞ」……と。


 ならば、僕は応援をするのみだ。


 アイドルがライブをやるのなら、ファンはそこへ声援を飛ばし、応援する。


 それは永遠に変わらない関係性。


 お互いが求め合う両想い。


 理想論かもしれないけれど、夢を見ないで何がアイドルだ、何がファンだ。


 皆で夢を見て、皆で幸せになるんだ!!


 それがアイドルだ!!それがファンだ!!


 だったら、この戦いにだって勝って、この国の皆が幸せにならないと嘘だろう!?



 さあ行こう。



 全ての人を幸せにする、アイドルライブの始まりだ!!!!!

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