第六話-3

「大変です!!」


 会場に戻り、ライブまであと五分。


 客席近くで見つけたシュナイダーさんに声をかけ、「頑張りましょう」なんて言い合っているところに、若い兵士が息を荒げながら駆け込んできた。


「どうしたのですじゃ?」


「たった今、偵察部隊から連絡が有ったのですが……ゼープ国の兵士が、入れられる限界まで生身の兵士を入れてきていると!」


「……なんですじゃと…!?」


 シュナイダーさんの顔色が、瞬時に青みを増した気がした。


「…どういう事です?」


「……生体人形は基本的にこちらの指示通りに動きますし、戦闘力も並みの人間の兵士より高いので、普通は生身の人間を戦闘に参加させる意味は無いのですじゃ」


「なるほど…?」


 なら、生身の兵士が多いからって何をそんなに焦る事があるのだろうか。


「けれど生体人形には、一つだけ制限があるのですじゃ、それは……「戦闘に参加していない相手を攻撃できない」ということなのですじゃ」


「戦闘に参加してない……って、まさか!?」


「そう、応援のために戦場に入っている人間を攻撃してはいけないというルールなのですじゃ。けれど、生身の人間にはそのルールは当てはまらない……つまり―――」


「生身の兵士は全員、このライブを襲撃してくるってこと!?」


「間違いないですじゃ……!!こうしてはおれんのですじゃ!こちらも生身の兵士を増やしつつ、生体兵士の一部には盾を持たせてここの守りに当てるのですじゃ!」


「はい!」


 シュナイダーさんの支持で、再び若い兵士は走り出す。



 どうやら、今日のライブ……一筋縄ではいかない予感がギュンギュンしてきた…!




「あーーーーよっしゃ行くぞーーー!!!マリカ!ミサキ!レナン!そーりゅん!響かせ歌声 未来へと舞え!!俺たちの女神エイルドアンジュー!!」


 歌声と声援を掻き消そうとするかのように、爆発音が耳を貫く。


 敵の爆発魔法が、味方の防御魔法の壁に激突した音だ。


 硬い鉱石で作られた矢じりが飛来し、頬をかすめる。足元の地面には、防御魔法と前線の厚い木の盾をすり抜けた矢が何本も刺さり、赤い血で染められている矢も一本や二本では無い。


 遠くからは剣戟と怒号。


 断末魔がありとあらゆる方向から聞こえてくる。


 それでも、彼女たちは歌う。


 この戦場で、国の為に、国民の為に、歌うのだ。


 ならば僕らは、声を上げよう。


 恐怖をねじ伏せ、痛みを押し殺し、体の震えもそのままに、流れる血液を想いに変えて。


 祈るように、願うように―――


「我らの国に、降臨したる、天まで響かせ、エンジェルボイスー!!」


 皆の声はまだ揃っている。


 間違いなく、今までで最高のコールが出来ている!


 けれど―――当然のことながら、敵の攻撃に怯えて逃げ出す人も出始めている。


 そんな状況で――ひときわ大きな爆発音が響いた。


 敵の爆発魔法が、ステージ上のセットを破壊したのだ。


 セットの破片が躍っているエイルドアンジュの上に降り注ぎ、歌とダンスが止まる。


「!!!!!」


 心臓が大きく跳ねる。


 みんな……みんなは!?無事なの…!?


 音楽も止まり、ざわつきと悲鳴と爆発音が空間の主役になりかけたその時……砂煙に紛れてはいるが、ステージ上に4人の姿が確認できた!


 座り込んだり倒れていたりはするが、無事であることをアピールするように、大きく手をあげて振って見せてくれた。


 どうやら、幸い大きな欠片がステージ上に降ってくる事は無かったようだけど、音楽が再開しない。


 お客さんの動揺も大きく広がり、声援は完全に止まり、悲鳴が場を支配していく。


 ああ……ここはもうライブ会場ではない……戦場だ、ただの戦場になってしまった。


 まだ何とか足を踏みとどめている人も多い。


 いや、恐怖で動けないだけかもしれない。


 ――――けれど、何か一つでもきっかけがあれば、きっとみんな我先にとこの場を逃げだしてしまうのではないか―――それほどの緊迫感がこの場を包んでいる。


 そうなればもうおしまいだ。


 逃げた人達を呼び戻すことはきっと出来ない。


 今だ、今のうちに、何とかこの場を戦場からライブ会場に戻さなければ。


 ――――でも、僕に何が出来る?


 …………その時、僕の眼が捉えたのは……ステージの上を移動するそーりゅんだった。


 こんな状況で、一体どこへ……?


 もはや誰も、ほとんどステージに注目していない中、そーりゅんはステージの中央に立ち、そして……左側に一歩踏み出し、その場で止まった。


 ――――――っ!


 あれは、あの立ち位置は――――


 そーりゅんが、こちらに視線を向けた…気がした。


 気がしただけで、充分だった。


 もう、僕のやるきことは一つしかない。


 いや、元々一つしか無かったのだ。


 だって僕は―――――彼女のファンなのだから――――


「ピロッパ!ピロッパ居る!?」


「はいなのだわご主人様!」


 相変わらずの神出鬼没。どこからともなく現れるピロッパ。今はそれがありがたい!


「曲、曲流せる?」


「曲だわ?一応、スピーカー的な魔法は生きてるから流す事は出来るのだわ。けど、エイルドアンジュの皆が…」


 ピロッパの視線の先には、まだ混乱しているステージ。


 そーりゅんだけはステージの中央に立っているが、他のメンバーはまだ倒れ込んでいたり、座り込んでいたり……かなり精神的に追い込まれているのがわかる。


「こんな状況で、曲を流しても……だわ」


「いいんだ。こんな状況だからこそだよ」


「……?一体何を流すのだわ?」


「決まってる。この場をライブ会場に出来る最高の曲………ovre tureを!!!」

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