第六話-2

「ねぇ、私ライブ前に円陣組みたいんだけど、どうかな?」


 そーりゅんの発案により、ちょっとした会議が始まった。


「円陣って、どんなことしますの?」


「基本的に、ライブ前とかにみんなで掛け声とかして、気合を入れるのよ」


「どんなふうにだ?」


「そうねぇ、色々あるけど……例えば私が在籍してるシュリンプリンだと、こう……

「今日もーーーーーー…プリプリーー!!」

 って言ってたわ」


「ダサっ!なんですのそれダサッ!!」


「あははは!変なのー!」


「そんなの嫌だ…」


「良いのよこれはこれで、私たちもファンもみんなダサい事は解った上でやってるんだから、そのうちなんか癖になるのよ、そうよね雪猫さん?」


「え?あ、はいもちろんです!最高のクソダサ掛け声です!」


「……それ褒めてますの?」



 そんな会議が20分ほど続き――――



「じゃあ、これで行きましょうか。言う順番は、マリカ、ミサキ、レナン…で、私。からの最後全員で声揃えね」


 そーりゅんの総括に、皆が頷く。


 その様子を僕は基本ただ見ていた。


 そこはあくまでただのファンの僕が参加するべきではなく、本人たちの決めたものに付いていくのだ。


「では、いきますわよ!」


 マリカさんの掛け声で四人が四つ葉のクローバーのように固まって手を重ねる。


「エイ!」

「ルド!」

「アン!」

「ジュ!」

「「「「私たちの翼、羽ばたけ!!!」」」」


 最後の声と同時に、一斉に手をあげる。


 その瞬間、僕には―――本当に、四人の背中に羽が生えていたような気がした―――




「って、やっぱりダサいねこれ。あはは!」


「まったくですわ!今日は急ごしらえですから仕方ないですけど、後日ちゃんと作り直したいですわ」


「えー、アタシは好きだぞー」


「嫌いじゃ…ないかも」


「本気ですの!?はぁー…」


「まあまあ、そのうち慣れるわよ。そういうもんよ。ちなみにこれ、実体験ね」


「……慣れたくないですわー」


 何でもない会話。


 けれど、それをとても自然に4人がしていることが、僕は本当に嬉しく思えた。


 知らない間に、ちゃんとグループとして成長し、仲が深まっていたのだと感じられるから。


 今日のライブは、きっと最高のライブになる。


 心から、そう思えた――――。





 ライブ開始の15分前。


 僕は、客席の隅であの子を見つけた。


 今までも毎回ライブ会場で探していたけれど、会えなかった…ちーちゃんを。

 あの時病院で、大好きなお祖母ちゃんを失った悲しみをぶつけてきたちーちゃん。


 全てが変わるきっかけとなったあの時。

 今でも忘れられないあの視線。


 向こうも僕に気づいたのか、ハッキリ目が合った。


 すると……突然背を向けて、走り出してしまった。


「ちょっ…待って!」


 人ごみの中を逃げるちーちゃんを、必死で追いかける。


 さすがにもう脚は治っているけれど、しばらく足に負担をかけないようにゆっくり歩いていたので、突然の全力疾走はなかなかに足と心臓に悪い。


 しかし、周囲を高い岩壁に囲まれているこの場所で、逃げる場所なんてほとんどない。


 岩と岩の間の細い隙間のような道へと入るが、その先は行き止まりで、ちーちゃんはこちらに背を向けたまま立ちつくしていた。


「――っ…はぁ…ちーちゃん……」


 息を整えながら名前を呼ぶが、返事は返ってこないし、振り向く事も無い。


 それでも僕は、語りかけた。


 彼女の小さな、そして悲しみを背負ったその背中へと。


「………僕に、こんなことを言う資格は無いのかもしれないけど…………今日のライブ…見てほしい…!!何の意味も無いかもしれないけど、もう遅いかもしれないけど…僕のやってきたことの全てが、今日のライブに出ているから!だから……ちーちゃんに、見てほしいんだ!!」


 それでお婆ちゃんが返ってくる訳でないのだから、ちーちゃんにとっては、本当に何の意味も無いかもしれない。


 でも、もう二度とあんな思いをする人を少しでも減らしたいと、その気持ちを常に胸の中に宿しながらやってきた。


 それが、自分なりの贖罪だ。



 だから―――自分勝手だけど、ライブを見て欲しい。



 ちーちゃんはこちらを振り向かず、ずっと岩壁と向き合ったまま、少し震えていた。


 その震えがどんな感情から来るのか、僕には窺い知る事は出来ないけど……


『ライブ開始、10分前です』


 戦場にアナウンスが響いた。


「……ごめん、戻らなきゃ。僕は、僕の責任として、このライブを全力で盛り上げる。……ちーちゃんにも、一緒に声をあげてもらえると、嬉しいな」


 変わらず、こちらを振り向く事のないちーちゃんの背中に、


「……じゃあね、待ってるから…!」


 と声をかけて、僕はその場を後にした。


 ちーちゃんが見てくれるかは解らない。


 でも、見てくれると信じて応援しよう。


 応援は、誰かの力になる。


 その力が、どうかちーちゃんの心にも、届きますように――――

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