ライブ終盤、そしてアンコールへ。

第六話


 ライブ前の喧騒は、異世界でも、戦争だろうと変わらない。


 これから起こる事への期待に満ち溢れている。


 言うなればそれは希望だ。


 ライブには、希望が詰まっている。


 そしてその希望を、幸せに変えるのだ。


 アイドルと、そして僕たちで。


 この場に居る全ての人間が、作るのだ。


 最高の幸せを呼ぶ、最高のライブを―――。



 ライブ開始、2時間前。


 僕はリハーサルを終えたエイルドアンジュの控室を訪ねた。


 控室と言っても、戦場の一角なのでしっかりした建物が有るわけでもなく、木造のプレハブ小屋というか、その程度の簡易な部屋が有るだけだ。


 その扉をノックして、中へと招き入れてもらうと、みんなまだレッスン着で、汗を拭きながらくつろいでいたり、食事をしていたり、鏡の前でフリを確認していたりしていた。


「あの、みなさん……今ちょっと良いですか?」


「なぁに?どうしたの?」


 一番ドアの近くに居たそーりゅんが対応してくれたのだけど……


「あ、すいません。今回は、マリカさん、ミサキさん、レナンさんに話が有って…」


「あら、私はのけもの?」


「いやそんな、そういうわけじゃないんですけど、ちょっとその……どうしても三人に言っておきたい事が有って…」


「なんですの?言いたい事って」


「なんだなんだー?」


「………?」


 僕らの話が聞こえていたのだろう、三人が近くに来てくれた。


「なんだか楽しそうだから、私もここで聴いてるー。構わないわよね?」


 少しだけ距離を取り、そこにあった椅子に座ってニヤニヤとこちらに視線を向けるそーりゅん。


 ……やりづらい……けど、まあ良いか。


 僕は改めて、三人の方を向く。


 ライブ直前というこのタイミングで楽屋を訪ねてきて「話が有る」なんていう状況に、少し緊張感を感じている様子の三人。


 ……そういう話でも無いので申し訳ないのだけど……でも、言っておかなければならないのだ。僕の心のケジメのためにも。


「あの、みなさん………」


 大きく息を吸いこんで、一つ気合を入れ、僕は――――



「本当に、すいませんでした!!!」



 深々と頭を下げた。


「―――え?」


「なにがだ?」


 マリカさんとミサキさんから戸惑いの声が上がり、レナンさんも理解不能という顔をしている。


「なんですの?まさか、何かトラブルでも―――」


「ああ、ち、違うんです!そういうのでは全然なくて、これは本当に、僕の個人的な謝罪です」


「あなたが、何を謝ることが有りますの?」


「あの……最初に合った時、僕は皆さんに言ってしまったじゃないですか……『推せない』って」


 今になって、あれが凄く引っかかっていた。


「そういえば、言われた気、する」


「そうですわね。言われましたわね」


 二人の言葉に、レナンさんもふんふんと首を縦に振る。


「あの時は、本当に申し訳なかったです」


「まあそうね、見る目が無いと思いましたわよ?」


「やーい見る目なしー!」


 うぐ……怒ってると言うよりは、からかうように言ってくれるのが少し救いだけど、事実なのでぐうの音も出ない。


 それでも、今の想いを何とか絞り出す、伝えたい。


「………僕はきっと、たくさんアイドルを見て来た中で、何か大切なものを見失っていたんだと思います」


 自分の中でもまだはっきりと形になっていない言葉を、少しずつ、丁寧に積み上げていく。


「一度や二度見ただけで、まるでアイドルさんの本質が見透かせるような思い上がりや、解りやすいアピールポイントが無いとダメだと思い込んでいたんです」


 日本のアイドル市場は、ある種の供給過多だ。


 とにかくたくさんのアイドルが居て、みんなが自分たちを選んでくれとアピールしてくる。


 だからいつの間にか、思い違いをしていた。


 僕らは選ぶ立場なのだと。


 数回見て、そこで興味を引く様な何かを見せてくれないのなら、選ぶ価値は無いと、そんな風にさえ思っていた。


「でも、違ったんです。アイドルの魅力と言うのは、人間の魅力というのは、そんな簡単に解るものじゃなかった。大切な、人生をかけて応援する「推し」を、そんな選び方してはいけなかったんです」


 自分で言っていたのに、推しというのは、そんな簡単なものじゃないと。やっと見つけた尊いものだと。


「皆さんが、それを教えてくれたんです。表面的な、最初の印象なんてどうとでも変わるんだって。その人の内面や、育ってきた環境や、周りにどれだけ愛されてるのかとか……そういうのをちゃんと理解する努力をすれば、こんなにも……心から推したいって思える存在に変わるんだって、皆さんが教えてくれました!」


 三人は、なんだかちょっと照れたような顔をしているけれど、きっと今僕もそんな顔をしているのだろうと思う。


 でも、だからこそ、今ここで、ハッキリと言う。


「マリカさん、ミサキさん、レナンさん……そして、そーりゅん」


 一人ずつの目をハッキリと見て、そして宣言する。



「皆さんは!!エイルドアンジュは!!僕の!!推しアイドルです!!だから!今日も全力で応援させてください!!!」



 頼まれたからでもなく、戦争の為でもなく、そーりゅんが居るだけでもなく、今僕は、エイルドアンジュが好きで、応援したいと心から思っている。


 それを、ちゃんと伝えたかったんだ。


「本当に、遅いのよあなたは」


 マリカさんが、手を差し伸べて来た。


 僕は反射的に握手をする。


 握手会のクセだ……が、握手で正しかったようだ。


「けどまあ、ちゃんと私たちの魅力に気付いた点は評価して差し上げてもよくってよ?ですから、気の抜けた応援なんかしたら、許しませんわよ!?」


 耳まで真っ赤にして照れながら、それでも何でもないような強気な表情のマリカさんを、僕はとても魅力的だと思った。


「つまり、アタシのこと好きってことだな!!嬉しいぞ!」


 八重歯を見せて にかっと笑うミサキさんの明るさと前向きさを、僕はとても好きだと思った。


「………がんばる」


 控えめに手を伸ばしてきたレナンさんの、その儚げな雰囲気と、その中に潜む強さを、僕はとても可愛いと思った。


「なになにー、この恥ずかしい流れ!私も混ぜてよね!」


 おどけながら輪の中に入ってきたそーりゅんの優しさと可愛さを、僕はとても素敵だと思った。


 エイルドアンジュ……良いアイドルだな!!


 この四人が、僕の新しい推しアイドルです!!!

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