第五話-10

「焼き焦がしますわよ!!」


「ぎゃっ!!」


 痺れた!身体が痺れた!


「ちょっと、何するんですかマリカさん…って、あれ?」


 気付くと、ベッドの上に居て……目の前にマリカさんが寝ていた。


「いつまで抱きついてますの…!!」


「……あ、え?はっ!」


 そうだ、さっきマリカさんを抱きしめるようにして庇って……そのまま意識を失ったのか!?


「はわわ、ご、ごめんなさい」


 慌てて身体を離すと……マリカさんの顔が真っ赤だ。


「こ、この高貴な身であるわたくしを、こんなに長時間抱き、抱きしめるなんて、は、恥を、知りなさい、恥を!」


 めっちゃ動揺してますね…触る者皆傷つけるみたいな性格だし、あまり人との接触に慣れてないのかもしれない。


 申し訳ないことをしたなぁ、と思いつつ、照れているマリカさんもまた可愛い。


「でも、なんで一緒のベッドに?」


 周囲を見回すと、ベッドを囲むカーテンに、壁際の薬棚……前に城の中を案内された時に見た記憶がある、医務室だ。


「あなたが気を失ってもずっとだ…抱き、だしめて離さなかったんですわ!ですから仕方なく、そのままテレポートを…」


「そうでしたか……すいません、ご迷惑をおかけして…」


 ……ん?でもまてよ……テレポートって……僕だけを飛ばせるのでは……?


「いいですわ、とにかく今は休みなさいな。まだ傷口がちゃんと塞がって無いのですから」


 ベッドから離れて部屋のドアへと向かうマリカさんの背中を見つめながら、再び意識が遠のいて行くのを感じる。


「……おやすみなさい…」


 無意識にその言葉を吐き出して、なんだか遥か昔、まだ母と仲が良かった頃を思い出した。


 ……誰かにおやすみ、なんて言ったのは、いつぶりだったかなぁ…………








「寝れぬ!!」


 半ば叫びのような声をあげながら、深夜に食堂のドアを開けると、そこには―――


「……あれ?皆居る…」


 エイルドアンジュの4人と、シュナイダーさんと、ピロッパ……勢揃いだ。


「…んぐっ、どうしたのだわご主人様?」


 何か食べていたらしく、それを飲み込んでから僕に疑問を投げかけてくるピロッパ。


 よく見れば、みんな何か食べている途中で、突然僕が入ってきたせいで食べかけの体制のまま止まって、視線をこちらに向けている。


「あ、ご、ごめんなさい。誰もいないと思ってたから…」


 あの後ぐっすり眠ってしまって、目が覚めたらもう外は暗くなっていたのだけど、色々と考えていたら眠気は完全に覚めてしまった。


 とは言え夜に勝手に出歩くのも気が引けるし、頑張って寝ようとしたのだけど……どうしても眠れなかった。


 魔法で治してくれたのか、脚はまだ少し痛いけど傷は塞がっていたし、歩く分には支障が無かったので、何か食べようと食堂へ来たという訳だ。


「……誰もいない空間に向かって眠れないことをアピールするってどういう精神状態なのかしらね…?」


 そうツッコミを入れてくれたのは、そーりゅんだった。


「あ、いや、ただイライラしてたので声が出ちゃっただけで――――って、そーりゅん!そーりゅんは、今日大丈夫でしたか!?」


「見ての通り、傷一つないわよ。っていうか~今更~?私のファンなのに、今まで全然私の事気にしなかったの~?」


 意地悪っぽい笑顔を浮かべつつそんなことを仰るそーりゅん。


「うぐっ…す、すいません。というかその……今日起きたことは、結局何だったんですか?」


 僕の質問に対して、シュナイダーさんがしてくれた説明を簡単に噛み砕くと、ゼープ国がエイルドアンジュを狙って刺客を送りこんできた、と言うことらしい。


 ミサキさんとレナンさんも襲われたが、実は二人は戦闘力の強い魔法使いなので撃退したのだとか。


 そーりゅんは城の中に居て、さすがに城の警備が中までの侵入は許さず、難を逃れたそうだ。良かった。


 つまり、敵の暗殺計画は失敗に終わったようだけど、刺客は把握してるだけでも8人以上居たらしく、それなりの規模の作戦だったことは疑いようもない。


 その意味するところは、戦争におけるアイドルの重要性を向こうも把握して、それを潰そうとしてきた……ってことだ。


 大体は、さっき眠れない時に自分なりに考えた予想通りではあるのだけど―――


「―――――――ふむ……」


 頭の中を色々な考えがぐるぐると回り、広がり、捻じれ、沸騰し、冷めて、沸騰して……まるで、円形の一本道で迷子になっているような、不思議で訳のわからない感覚に襲われていたのだ。


 それがなんなのか、最初は解らなかったけど、今は解る気がする。


 ただ、結論を出す前に―――


「……ひとつだけ、確認しても良いですか?」


「なんですじゃ?」


「これが例えば、国の内乱というか……例えば、王族の跡目争いとか、貴族に恨みを持つ人間とか………。さらに言えば、シュナイダーさんたちが仕掛けた自作自演……という事は?」


 仮にそうだとしたら、聞いたところで応えてくれるはずも無いとは思うのだけど―――


「そ、そんな馬鹿なこと、あるはず無いのですじゃ!」


 目を剥いて反論してくるシュナイダーさんを両手で諌める。


「それでも、確認だけさせてください。可能性は潰しておきたいので」


 先へと、進むために。


「一応言っておきますけど、跡目争いの線は無いですわ」


「マリカさん」


「わたくしは確かに第二位の王位継承権を持ってますけど、1位のお兄様への支持を表明してますし、なにより、序列的には二位でも、この国で今まで女王が誕生したことは有りませんの。ですから、跡目争いで狙うなら、わたくしよりまずお兄様を狙うべきですわね」


「マ、マリカ様!なんということを!そのようなこと、仮の話でも口に出してはいけませんですじゃ!」


「ふけーざい!ふけーざい!」


 不敬罪……かな?なぜそんな言葉を楽しそうに言いますかミサキさん。ってか、よく知ってましたねその言葉。


 まあ、妹から兄に対して不敬罪が適応されるのかはよく分からないけど。


「ともかく、我が国の人間の犯行ではないのですじゃ。覚えてますかな?国民ランキングの事を。自国の人間は、全てそのランキングに含まれてますが、今回の犯人はランキングに入って無い人間だったのですじゃ。これは神様が作られたものなので、ミスはあり得ませんですじゃ」


 神様だってミスくらい……と言いたくなるのを飲み込んで納得する。


 僕らの世界での神様に対する感覚と、この世界の神様に対する感覚は違うのだから、そこで言い争っても意味は無い。


 とりあえずここは、ミスは無いという事で納得しよう。


「なら、ゼープ国以外の国との関係性はどうです?」


「すこぶる良好なのだわ!むしろ、周辺国とは対ゼープ連合のような形になっているので、襲ってくるのはあり得ないのだわ!」


 なるほど……ふむ…。


「では、自作自演の可能性は?」


「ありえないですじゃ!」

「ありえないわね」


 シュナイダーさんとマリカさんが同時に否定した。


「最初の矢は、確実にあなたを狙っていたわ。あなたが救世主だと知ってのことかどうかはわからないけど、私が助けなかったら確実に胸元に刺さって死ぬ軌道に見えた。あなたを騙すための自作自演であなたを殺す、そんな計画、どんなバカでもやらないわよ」


 説得力がある意見ですね………うーん、なるほど………つまり―――


「今回の事件は、ほぼ確実にゼープ国の仕業……間違いないですね?」


「間違いないですじゃ」

「ないのだわ!」


 確信を持った瞳で真っ直ぐこちらを見つめてくるシュナイダーさんとピロッパ。


 マリカさんとレナンさんも頷いている。


 そーりゅんは……まださすがに国同士の関係性まで知らないだろうからスル―しているし、ミサキさんは……話に飽きたのか、目の前の食事にがっついている。それはもう、ガツガツモグモグとがっついているが、それは置いておこう。


 とにかく大事なことは、今回の出来事がゼープ国……戦争をしている相手によって引き起こされた、というのがほぼ確信出来たことだ。


 それが理解できた今、僕のすることは一つしかない。


 そう、数時間前から脳内をぐるぐるぐるぐる掻きまわしていたこの感情を――――怒りを、爆発させること。


 大きく息を吸い込んで、思い切り叫んだ。



「――――――――許せなぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」

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