第五話-9

 

 いやマリカさんを推すと言っても、もちろん1番の推しがそーりゅんなのは盤石過ぎて揺るぎようも無いのだけど……まあほら、推しは増すものですから!!


 一人だけを推し続ける単推しもそれはそれで美しいけれど、それにこだわるあまりに他の子を応援しないという決断は、僕には出来ない!!


 好きになった子はみんな応援したいから!!


 って、なんだか凄くオタク特有の言い訳というか自己弁護をしているような気がする……けど、まあいいか!


 ……にしても、なんだかどんどん、これからも応援し続けることを断る理由が消えていくというか……応援する理由が増えていくというか……。


 なら応援すればいい、というのは凄くシンプルな答えなのだけど、でもなぁ……応援を戦争に使うっていうのはなぁ……。


「危ない!!」


 思考を遮る突然の叫び声。


 訳も解らずボケッとしている僕は、マリカさんの抱きついてくるような体当たりをくらい、地面に倒れた。


「な、なんですか!?」


 多少混乱しながら顔を上げると―――膝をつき周囲を警戒しているマリカさんの腕から、血が流れていた。


「―――――――――え?」


 何が起きたのか解らず混乱を深める僕に、マリカさんの切迫した声が飛ぶ。


「敵襲ですわ!!今すぐに城の中に逃げなさい!!」


 敵!?敵襲!?敵が攻めて来たってこと!?そんな、だってここは国の中心、国家の中枢である王の居る城だよ!?そこに敵が!?


 慌てて視線を巡らせると、10メートルほど離れた位置に立っている、建物の二階程度の高さの木。


 その木の、よく茂った葉に紛れて、こちらを狙う弓を構えた人影が見えた。


 尖った矢の先端がキラリと光った次の瞬間……放たれた。


 矢が飛んでくるのが、まるでスローモーションのように確認できた。


 確認できたからって、それを止められる技術や魔法が僕にある訳じゃない。


 けれど、このままじゃマリカさんに―――そう思った瞬間、身体は勝手に動いていた。


 マリカさんの前に立ち塞がった僕の足に、弓が刺さった。


「いっっっっっ!!」


 痛い!!けど、脚でよかった!


 膝をついて姿勢の低かったマリカさんを狙った矢だったから、立ち塞がった僕の足に当たったのだろう。

 不幸中の幸い……なのかな?

 まあ、何も考えず飛び出したので、胸にでも刺さっていたら終わりだったと考えると、やはり幸いなのだろう。


「あなた、何をしてますの!?」


 マリカさんの驚いた声が聞こえてきたが、それは愚問ですよ。


「いざという時にアイドルを守る覚悟もなくて、ファンを名乗れますか…!?マリカさんは、僕が守ります!!」


 目の前でアイドルが殺されるなんて、冗談じゃない。


「あなた……また来ますわ!!」


 何かを言おうとしたマリカさんが、途中で気づいて言葉を変えた。


 その言葉に再び先ほどの木に視線を向けたその瞬間、次の矢が放たれた!


「くっ!」


 僕はとっさに、マリカさんに覆いかぶさるように抱きついた。


「…!愚か者!何を!」


 マリカさんは僕を引き剥がそうとするが、ここで離す訳にはいかない。


 きっともうすぐ、弓矢が僕の身体を貫くのだろう。


 どうか神様。アイドルの神様。


 僕の体で矢が止まりますように。


 貫いて、マリカさんにも刺さるとか、つまらないブラックジョークみたいな展開は勘弁ですよ。


 あー……こういう時に、頭に浮かんでくるのは、最終的にどうしたってそーりゅんなんだなぁ…。


 もっと、見ていたかったな、応援していたかったな……いつか語っていた夢、ドームでのソロライブ……そーりゅんならきっと、何年後かには実現させてしまうんだろう。


 それを見られないかと思うと、やっぱり寂しいな。悲しいな。悔しいな。


 でも、ここでマリカさんを死なせてしまって、自分だけが生き残ったとしたら、どちらにしても僕にはもうアイドルを応援する資格が無くなってしまうような気がする。


 自分を一生許せないと思う。


 だから、これで良いんだ。


 僕はこの――――――


「って、全然来ないな矢っ!!」


 頭の中でだいぶ長文考えたよ!?

 ピッチャーが投げてからバッターが打つまで凄い長くテレパシーっぽく会話してるスポーツアニメでも、もう時間切れじゃないかな!?っていうくらいの時間!!!


 なぜか半ば怒りながら振り向くと、矢が――――空中で止まっていた。


「……へ?」


 進むでもなく戻るでもなく、目の前50cm程の位置で、ふわふわと浮いている。


「――――どういうこと…?」



「どうやら、危機一髪間に合ったようでじゃな」



 絶望と言う名の空気を切り裂く天雷かのように辺りに響いたその声――――


 その声に応えるかのように、眼前に突風が吹き上がり、矢を天高く浮きあがらせた。


 その矢を目で追うと――――居た。


 沈み始めていた夕日で赤く染まったその緑色の法衣と、先が太く丸くなっているザ・魔法使いが持っている杖――――こんなベタな人を見間違えるはずがない。


「シュナイダーさん!!」


 心からの歓喜の声が溢れ出た。


 この世界に連れてこられてから1カ月ちょっと……こんなにもシュナイダーさんに会えてうれしかったのは始めてだ!!


「どうやら、危機一髪間に合ったようでじゃな」


 なんか格好付けてウィンクされた!!


 くそぅ!憎たらしい!!でも嬉しい!それが悔しい!


 と同時に、安心感が僕の意識を遠のかせていく。あー……足痛いなぁ…。


 うーわ、凄い血が出てるじゃんかー……そりゃあ、痛いわなぁ――――――――



 薄れゆく意識の中で、シュナイダーさんが魔法で弓を持った敵を拘束するのが見えた。


 良かった良かった……安心…だ……。


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