第五話-8
肌がじりじりと焼けているような感触に、眠っていた意識が覚醒する。
……眩しい…あと背中がチクチクする…ってか、全身がチクチク……チクチク?
チクチクっていうか……ビリビリ…ビリビリする…。
あれ?痛い!いたたたた!
なんか全身が痺れてる!!
「痛ててててててて!!なになに!?一体何事ですか!?」
眠気を強引に振り払い、ゴロゴロと転がると、ベッドが固いし、草の匂いがする。
「!?」
目を開けると、目の前で緑が揺れていた。
あれ…?ベッド…じゃない。
………ああ、そうか、思い出した。
ここはお城の庭だ。
朝ごはんを食べたあと、いい天気で気持ち良さそうだったら、芝生のところで寝転がって空を見ていたら……そのまま寝てしまったんだな。
……それはいいとして、なんかピリピリしたのはなんだ…?
なんで全身痛かったんだ…?
まさか、変な虫に刺されたりとかそういう―――
「あら残念、目が覚めてしまわれたのね」
その声に振り向くとそこには、寝る前まで見ていた空の美しさをそのまま髪に写したような、マリカさんが居ました。
……指先から、パチパチ音のする雷を放出しながら、居ました……。
「……もしかして今、それ僕に当ててました?」
「寝てる間に、弱火ならぬ弱雷(よわらい)でじんわり焼かれて死ぬのって、素敵な最後だと思いませんこと?」
「みじんも思いませんし、弱雷っていうこの世に存在するのを初めて知った言葉をごく当たり前のように使われましても」
「弱雷、中雷、強雷の使い分けは、殺意の基本ですのよ!」
「いやそんな、火加減は料理の基本、みたいなノリで言われましても、知らんがな」
「あ?」
「すいません口が過ぎました」
ツッコミすら許されないのか……怖ぁ…「あ?」って言った時の顔、完全にアリを踏み潰すことになんの躊躇いもない無邪気だからこそ残酷な子供みたいだった…。
「……で、何か御用ですか?」
「…別に、何の用も?隙だらけでしたから、焼き焦がすのに丁度良いと思っただけですわ」
「……丁度いい相手が居たら焼き焦がすんですか…?」
「無礼な!私をそんなふしだらな女だとお思いなの!?」
「焼き焦がすのってふしだらな行為なんですか!?」
「そんな、不特定多数の男性を焼き焦がすような女だと思われたくないですわ!」
「いや、わかんないわかんない。その感情わかんないです」
なんだろう、妙にテンション高いなマリカさん。動きもオーバーアクション気味だし、何だかそわそわして落ち着かない感じだ。
とりあえず、何か行動を起こしてくれるのを待ってみるが、ちらちらとこちらを見るかと思うと、目が有ったら逸らされるし、かと思ったら、急に遠い目をして空を見上げなさる。
風に揺れる空色の髪はとても綺麗で、整った顔立ちも手伝って、その横顔に見惚れてしまいそうだ。
……なのだけど……いつまでたっても、何か言いそうで言わない…。
そのまま、体感で約30分ほど経って、さすがに僕の精神が耐えきれなくなりかけたその時―――
「………してますわ」
なにか、ぽそりと呟く声がかすかに耳に届いた。
なんですか?と聞き返そうかと思ったけど、何となく聞き返したら気分を害されそうなので、とりあえず軽く首をかしげて、よく聞こえなかったことだけは伝えてみる。
すると、それを感じ取ったのか、「む~」っという表情を一瞬見せてから、僕に背を向けた。
……ああ、ダメか、これは怒って帰ってしまうかなぁ……。
「感謝してますわ!!!!」
突然の大声に、心臓が飛び跳ねるかと思ったけど……本当に飛び出そうになったのは、驚きが引いて、その内容をしっかりと把握したその瞬間だった。
「………………………………………………………………………ええええええ!?!?!?!?!??!!?!?!?」
かん、か…感謝と仰いましたか!?
会えば僕を焼き焦がそうとしていたマリカさんが!?僕に感謝を!?
え!?じゃあなんで焼き焦がすんですかね!?さっきも焼き焦がされそうになったとこでしたけど!?
「わたくし、アイドルをやるとなった時、天職だと思いましたの。だって、この美しいわたくしが、国の為に歌い踊り、皆に称賛されるのでしょう?わたくし以上の適任が居まして?」
……疑問は全く解決してないけど、なにか語り始められたので、ひとまず疑問を置いといて話を聞くこととしよう。
「ですけど、なんだか……上手く、いかない……と言うか…思ったように出来なくて…少し……少しだけですわよ?迷ったり…とか、してましたの」
マリカさんでも、迷う事が有るのか…。
背中を向けているので、どう言う表情で語られているのかは見えないけれど、あのプライドの高いマリカさんがこんなことを話すのは、それなりの覚悟があるのだろう。
「凄く、歯がゆかったですわ……国の命運を背負っているのに……」
――――あ、不意に、繋がった。
初めて会った日、マリカさんは「国のめい――」と何かを言いかけて、シュナイダーさんに止められていた。
あの時は、国の命令でやらされているのかと思ったけど、違うんだ。
国の命運を背負ってやっている、と言おうとしてたんだ。
だから、笑顔でなんて出来ない……と。
そうか……あの時は、勘違いしてすいません。僕は心の中で謝罪しながら、マリカさんの話に耳を傾ける。
「それでも、異世界から救世主を呼ぶという案には反対でしたわ。わたくしたちなりに必死にやっていたことを否定されたような気持ちでしたから」
セルフプロデュースでやってるアイドルのところに、急にプロデューサーがやってくるみたいな事かな…?
それはまあ…良くも悪くも大きく変わってしまうだろうなぁ。
「けれど、あなたが来て……あの女が来て……」
そーりゅんのことか。
「それによって、確実にわたくしたちは良い方向に進みましたわ……特に先日のライブ……あれは、あれは本当に……!!」
マリカさんの全身が、ブルッ…と震えた。
「ちゃんとリズムに合わせて拍手や声援が来るだけで、あんなにも歌いやすく踊りやすく、なによりも気持ちいいなんて……!!わたくしたちがただ歌い踊るだけじゃなく、お客さんと一緒にライブを作り上げていくような、あの快感と、歓喜…!あの日はわたくし、興奮が収まらなくて朝まで眠れませんでしたわ!」
マリカさんの空色の髪からわずかに覗く耳が、赤くなっているのが見える。
本当に気持ちが、身体が、昂ぶっているのだ。
その姿に思わず僕の口から――
「………ありがとうございます」
――感謝が零れ落ちた。
「……なぜあなたがお礼を言うのです?今はわたくしが、その……お、おれ…お礼をしている最中だというのに!?」
「だって、嬉しいんですもん」
嬉しい、嬉しいなぁ。本当に嬉しい。
「僕も、たまに迷うんです。ああ言う応援って、実は邪魔だと思われてるんじゃないかなぁ……って」
ただの自己満足なんじゃないかと、思ったことは1度や2度ではない。
もちろんアイドルさんたちは、嬉しいって言ってくれるけど、それが社交指令ではないと誰が保証できるだろうか。
でも今、目の前に居るマリカさんは、僕に社交辞令を言う必要はないし、そもそもそんな嘘が言えるようなタイプじゃないことは、短い付き合いの中でも嫌と言うほどわかってる。
この人は、決して自分を偽らない。
そんな人が、照れながらも、必死にお礼を言ってくれている。
それが、嬉しい以外の何だと言うのか。
「変な人ですわね、あなたは」
言いながら振り向いたマリカさんの表情は――――少し赤く染まった頬を漂う空色の髪の陰から見える口角は優しく上がり、細められた瞳は綺麗な三日月のような曲線を描いていた。
「――――素敵だ」
思わず口から漏れた。
なんて、素敵な笑顔だろう。
「な、なんですの急に!?というか、わたくしはずっと素敵ですわ!やっと気付きましたの!?」
怒ったマリカさんの頭上から、ビリビリと雷が出て、髪の毛が少し逆立っている。
ちょっと前の僕なら、それに恐怖を感じていたのだろうけど――――
「マリカさん、可愛いっ!」
今は素直にそう思う。
「なっ……だ、だから、わたくしはずっと可愛いんですのよ!何、何をいまさら!!焼き焦がしますわよ!」
「あははは、かーわいい!!」
「もう!!なんですのーー!!」
……あ、芽生えた。
僕の心の中に今―――――マリカさんを、推したい気持ちが、芽生えた。
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