第五話-7
怒りに震える僕に執事さんが渡してきたのは、エイルドアンジュがライブをしている写真だった。
まだそーりゅんは居ないので、きっと過去のものだろう。
「触れてみてください」
促されるままに写真にそっと触れると、写真は映像へと変わり音も流れだした。
曲が終わったタイミングのようで、メンバーの自己紹介が始まる。
まずマリカさんが自己紹介すると、客席から大歓声が飛んだ。
王族として顔が知られているのも大きいのだろうけど、凄い人気だ。
レナンさんには太く濃い歓声と力強い拍手。
支持層が良く解るなぁ。
そして、最後に、ミサキさんが自己紹介を始めると――――観客席の一角から、
「獣人は帰れ!」
「身分をわきまえろ!」
「獣人は汚れている!」
―――聴くに堪えない中傷のような言葉が飛ぶ。
観客全てがそうでないが、周りもそれを止めようとはしていないし、同調こそしないまでも薄ら笑いを浮かべている人たちも居る。
わかってる、さっきと同じ、これは過去のこと。今の僕にはどうする事も出来ないけれど、出来る事ならすぐにこの場へ行って、ミサキさんを抱きしめてあげたい。
でも……もし本当にこの場にいたとして、僕に何ができただろう。
ミサキさんを傷つける人たちを殴ってやりたいけど、僕は所詮、肉体的にはただの十代女子でしかなく、大人の男性が束になっている中へと飛び込んでいけるのかと考えると……きっと、出来ないだろう。
ああ、もどかしい……なんて僕は無力―――
「お黙りなさい!!!」
身体の芯を震わすような一喝と共に、雷鳴が轟き、罵声をあげていた一団に、その愚かな声ごと切り裂くように稲妻が炸裂する。
雷を放ったのは――――当然、マリカさんだ。
「国の為にこの舞台の上に立ち、国の為に歌い踊り、そして国の為に戦う彼女を罵ると言うのなら、あなたにバロンス国民の資格はありません!!今すぐにこの国から出て行きなさい!!」
会場が静まり返るが、マリカさんは真っ直ぐに立ち、少しも揺らがずに声を出す。
「彼女が獣人であろうとも、共に過ごした時間に見た彼女の努力が否定される理由には到底なり得ません。彼女は私の友であり仲間です。それを許さないというのなら、どうぞ私ごと否定したらいいですわ。ただし、私は私を否定する人間とは、徹底的に戦います。私の全てをかけて!!」
将来的に国を背負う可能性のあるマリカさんの発したその言葉の持つ意味の大きさを、その場にいる全ての人間が一瞬で理解したように見えた。
ああ、マリカさんには躊躇いが無いんだ、とその時解った。
僕のように、あの場に居たら何が出来ていただろうか、なんて考えるまでもなく、自分のしたい事をして、言いたい事を言う。
それが出来るだけの強さを持っているのだ。肉体的にも、精神的にも。
僕はそれを、とても羨ましく、そして尊く感じた。
「さあ、選びなさい!私に従うか、彼女を認めるか、二択です!」
………………ん?
あれ……??
その二択、なんか…あれ?
「もう一度言いますわ。選びなさい!私に従うか、彼女を認めるか!」
いやそれ――――
「いやあの、それ二択になってないような…」
先程の集団の中心的な立場にいた男性が、僕の心を代弁する世に当然の疑問をぶつけたが――――
「選択肢はこの二つだけです!!」
言葉と同時に発せられた雷が男性を直撃した。
「ぎゃあああああああ!!」
漫画だったら骨が見える感じで、雷に打たれて倒れ込んだところで、映像は終わった……。
「……直前までシリアスだったのに!!最後急になんかコントみたいになった!!」
感情の整理が難しいな!!
「それでは、最後に自分が、その話に綺麗なオチを付けるとしましょう」
タイミングを見計らって、執事さんが口を開く。
「その映像で先程マリカ様に雷で焼け焦がされた男性……今、ミサキ様の非公式親衛隊の隊長をなさっています」
「はぇ!?」
変なリアクションが出た。
親衛隊って、つまりファンクラブだよね?その隊長?
「マリカ様に言われて黙るしか無かった男性ですが、やはりミサキ様の事が気に入らず、なにか荒でも探してやろうとずっと見ているうちに、いつの間にかその可愛さに虜になったそうですよ。ふふふ、まあ、ミサキ様の可愛さならそれも当然ですがね!」
なんて嬉しそうなんだろう。
ふふっ、本当にミサキさんのこと好きなんだなぁ。
「そ、それはそうとですね」
自分があまりに喜びの感情を出し過ぎたことに照れたのか、赤面しながら咳払いして意図的に空気を変える執事さん。
「その出来事をきっかけに、国の空気は変わり始めました。今まで当然のように獣人を虐げていましたが、なぜそうしていたのか、誰もその明確な答えを持っていない事に気付いたのです。ただ、「そういうもの」だと当然のように思っていた事に疑問を持ち始めた人達の意識が変わったことにより、少しずつ国全体の空気も変わり始めました」
遠くを見るように、今までの歴史に想いを馳せるように、執事さんは目を細める。
「だからこそ、この国を守りたいのです。ミサキ様が……いいえ、全ての獣人が、生きる意味と価値を見つけ、笑顔で生きていける……この世界で唯一、そんな場所になりつつあるこの国を。どうか……どうかお願い申し上げます」
90度近くまで腰を曲げ、深く頭を下げる執事さん。
自分の心の中に、何か一つ、確実に、熱いものが宿ったのを感じた。
僕は、ミサキさんの想いに、そして執事さんの願いに、応えるために、何が出来るのだろうか……。
僕に、出来ることは―――――。
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