第五話-6

「救世主様には知っていて欲しかったのです。

 ミサキ様のこと、そして、レナンの事を―――――」


 姿勢を正した執事さんは、一つ大きく息を吸い、ゆっくりと語り出した。


「このような問いかけは無礼かもしれませんが、救世主様は、この世界で獣人がどういう立場かご存知ですか?」


 執事さんの落ち着いた語り口での問い掛けに、少しだけ冷静さが戻ってくる。


「……いいえ、知りません。……それがどうして無礼な問いかけなのですか?」


「この世界の人間なら、知っていて当然の問いであるからです。普通なら、バカにしているのかと、激昂されてもおかしくないほどに」


 獣人の立場……先程の写真や映像を見れば、なんとなく予想出来るような気もする……


「教えてください」


 答えを聞くのが怖いけど、それでも、何も知らないままで居たくはない。


「そうですね、自分たちにとってはあまりにもそれが常識なので言葉にするのも少し難しいのですが……蔑まれるもの…ですかね」


 ……獣人は、蔑まれるもの…。


「差別、ということですか?」


「サベツ…?それはなんですか?」


 え?……差別は通じないのか……この世界に翻訳できる言葉が無い…?


「ええと…差別と言うのは、生まれた場所とか、その…身体的特徴とか、そういうものを理由に、相手を蔑み虐げることです」


 ……合ってるよね?たぶん。


 差別の意味を説明するのは初めてなので難しい。それこそ、みんな知ってて当然のことだから。


「なるほど……救世主様の世界にはそのような概念があるのですね。それは、よくあることなのですか?」


「よく……と言われると……まあ、無くは無いです。良くない事だとみんな知ってるはずなのに、不思議と無くならないんです」


「……救世主様の世界は、素晴らしい世界ですね」


 意外な言葉に、僕は一瞬言葉を詰まらせる。


「ど、どうしてですか?差別も無くならないし、お世辞にも素晴らしいとは言えないと思いますけど…」


「そもそも、差別、という概念が存在する事自体、素晴らしいと思います。この国には、そういうものが無い。ただ、蔑むものと蔑まれる者が居て、それが良くないことだなどと、誰も思わない世界だったのです」


「そんな……」


 さっき見た光景が再び脳裏をよぎる。

 ミサキさん……!!


「……ミサキ様の母上は、普通の人間でした」


 口に出す言葉が見つからない私に向けて、執事さんが少しずつ語り始めた。


「母上の母上…つまりミサキ様の祖母は獣人だったのですが、人間であった父上の遺伝子が濃く反映されて、外見も普通の人間そのものでした」


 普通の人間……か。普通ってなんだろう、と考えてしまうな。


「しかも美しかったので、王族であるご主人様……つまりミサキ様の父上に見染められ、妾(めかけ)として王宮に迎えられたのです」


 妾……って、愛人みたいな事よね…。


「妾っていうのは、この世界では普通なんですか?」


「はい、王族の皆さまは、大半が正妻のほかに妾を何人も抱えているものです」


 ……まあ、日本でも戦国時代とかはそうだったし、王族の血を途絶えさせないとかそういう大義名分が有るのだろう。


「ミサキ様も、赤ん坊の時は普通の人間だったのですが、4歳を過ぎたころから獣人の遺伝子が強まって来て……」


 その結果が、アレか…。


「自分も昔は、獣人に対する……その差別、ですか。それを当然としている人間でしたが、生まれてから4年間ずっとお世話をしてきて、少しおてんばではあるけれど、とても良い子で可愛かったミサキ様があのような扱いを受けているのを見て、本当にこれで正しいのか疑問を持ちました」


 執事さんは強くこぶしを握り締める。

 過去の自分を悔いてるのだろうか。


「……その二年後シュナイダー様に出会い、今日にも殺されてしまいそうな日々から助けて欲しいと訴えたところ、この家を与えて頂き、王族から引き離されることで、今まで無事に生きてこれたのです」


 ―――――言葉が出ない。


 あのミサキさんに、そんな過去が有ったなんて……。


「その3年後、レナンも遺産相続争いに巻き込まれ、命の危険を感じて私に助けを求めてきたので、シュナイダー様とミサキ様に了承を頂き、この家で一緒に……」


「―――二人とも、大変だったのですね…」


 そんな安易な言葉しか出せない自分が情けないが、あまりにも信じがたい現実を受け入れるだけで精いっぱいだ。


「でも、そんな二人がなぜアイドルに?」


「国からメンバー募集の報が有った時に、ミサキ様が自ら仰ったのです……あの時のことは、忘れられません…」



「アタシ、これやる、やりたい」


 そう言いながらミサキ様が差し出してきたのは、戦場で歌い踊る女性を募集する……という広告だった。


「これは…?」


「やる。決めた」


 その瞳からは、一切の迷いが感じられなかった。


「しかし、これは……」


 子供の頃でもあれだけ酷い目にあったのに、成長してさらに獣人の特徴が強くなっているミサキ様が、人前で歌い踊るなど…。


「………辛い思いをするかもしれませんよ」


 私のその言葉に、ミサキ様はゆっくりと語り始めました。


「映像を、見たんだ」


「映像…?」


「その広告と、一緒に入ってた映像」


 そう言って、一枚の写真を見せて来た。


 それは漂流物の映像を写真の形に収めたもので、華やかな衣装を着た女の子が笑顔で歌っているその写真に触れると、歌声と共に、大きな歓声が聞こえて来た。


 その歓声が、歌い踊る女の子に対する応援と好意を示している事はすぐに解った。


「みんな、その子の事が好きなんだと思った」


「……はい、私にもそう感じられます」


「アタシは、アタシは――――」


 その言葉を口にすることに、僅かに抵抗が有るように、一度深く呼吸をして、それでもハッキリと、涙と共に言葉を吐き出した。


「アタシも、みんなに好かれたい!!みんなに、好きになって欲しいし、アタシもみんなを好きになりたい!!昔みたいに!!」


「――――ミサキ様…!!」


 自分も、涙が溢れて止まりませんでした。


 最初から獣人として扱われていたのなら、そういうものだと受け入れられたのかもしれない。けれどそうじゃない。


 そうなるまでの4年間、周囲に愛され笑顔で過ごした時間が、この世界の理不尽をより重く感じさせるのだ。


「わかりました、ではさっそく―――」


「わたしもやる…」


 言葉を遮るように、小さな、けれど決意の感じられる声。


「レナン…」


 いつからそこにいたのか、ミサキ様の後ろでこちらを見つめていた。


「わたしも、やる」


「うん、一緒にやろうレナン!」


 ミサキ様はその申し出を歓迎したが、自分は―――


「本当にいいのかレナン…?お前は人前に経つのが苦手だし、歌や踊りだって……」


 自分としては当然の心配でしたが、レナンは強く首を振って否定した。


「ミサキと一緒がいい。一緒なら、頑張れる…」


 キュッとミサキ様の手を握るレナン。その手を強く握り返すミサキ様。


 それを見て、いつの間にか二人の絆が固く強く結ばれているのを確信し、自分は二人を送り出したのです―――――



「そんな、ことが…」


 話を聞いただけでも伝わってくる強い思いに、涙がこぼれそうになった。


 けれど、同時に怒りも込み上げて来た。


「でも、それなら僕は、この国の為に頑張れません。応援出来ません。ミサキさんを愚かな差別で悲しませた人たちのためになんて…」


 仮に僕の応援がこの国を救う手助けが出来るのなら、それは平気で差別する人達を助けるということだ。


 戦争をしているうちはともかく、戦争が終ってアイドルが必要なくなって、ただの獣人になったミサキさんがまた差別されるようことがあったら、あまりにもやりきれない…。


「――――こちらを、ごらんください」


 そんな僕の想いを読み取ったのか、執事さんが一枚の写真を手渡してきた。


「これは……?」

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