第五話-5
待て待て落ち着け。話が脱線しすぎている。
何度脱線すればいいんだ僕という電車は。鉄道会社だったら賠償もんだぞ。
とは言え、本筋の話は全然進む兆しが見えないというか……多分このまま続けても建設的な話し合いになりそうにないぞ…。
そもそも、早くも話に飽きたのか、もうなんか二人でじゃれ始めている。
キャッキャしておる。可愛いのう、可愛いのう。
「ねえもういい?話し終わって良いよね?」
ついに直接終わりを促されてしまった。
「……いいよ、じゃあ今日は帰るね」
「おう!ゆっきゃ!また遊びに来てな!」
「…ばいばい」
ばいばーい、と手を振って、執事さんに頭を下げて部屋を出る。
……うーん…あまり収穫は無かったな…。
まあ、今日の今日に何か結論を出すことでもないけど、今後どうしようかな……。
悩みながら歩いてる僕の背後から、
「すいません、少し時間はございますか?」
執事さんが声をかけて来た。
「……?はい、大丈夫ですけど…」
「では、こちらへ…」
なんだろう……なんか失礼なことをしてしまって呼び出し……ではないよね?違うよね?
多少の不安を抱えつつ後を付いていき、促されるまま部屋に入る。
部屋の中は四畳半くらいの広さの中に、奥に一人用の机と椅子、そして左右の壁を大きな本棚が埋め尽くしていた。
書斎、というイメージがピッタリくる部屋だ。
「申し訳ありません、椅子が一つしか無いもので、こちらにお座りください」
奥の椅子を優雅な手つきでくるりと反転させて、僕の方に向けてくれたので、促されるまま座る。
冷静に考えると女子高生としてはなかなかに不用心というか、警戒心の欠片も無い自分に気付くが、なんかこの人はそういうのを感じさせないオーラが有る。
実際、私を座らせても何をするわけでもなく、綺麗なお辞儀を一つすると、本棚を漁り始めた。
いやまあ見た目はそもそも子供だし、背伸びしながら本棚漁ってるのとか ただただ可愛いかせ警戒心など湧くはずもないのだけど。
10秒ほどでお目当ての本を見つけたらしく、それを僕に手渡した。
大きな写真集のような本の表紙には、「成長の記録12」と書かれている。
「読んでいいんですか?」
「どうぞ。自分の素人仕事なので、恥ずかしいですが」
許可をもらってページを開くと、それはまさに写真集だった。
どのページにも、ミサキさんが写っている。
なるほど、ミサキさんの成長の記録、なのかな。
素人仕事と言っていたから、きっと執事さんが撮影して編集したのだろう。愛があふれてるなぁ。
最初のころは、3歳くらいだろうか、今のミサキさんをそのまま小さくしたような雰囲気で、綺麗なドレスに身を包んで笑っている。とても可愛い。
可愛いけど……3歳で「成長の記録12」…?
どんだけ写真撮ってるんですか執事さん。
「どうぞ、写真に触れてみてください」
写真に…?言われたままに触れると……
「わっ、写真が動いた」
声も聞こえる。写真であり動画なのか、凄いな魔法。
ドレスで踊るように跳ねて動きまわるミサキさんの可愛さと、笑い声に癒される。
ミサキさん本人も、周りもみんな笑っている。幸せってこういうことなのかな、と思わせる良い写真……良い映像だ。
そのままページをめくり続ける。
どのページも楽しそうで幸せそうだ。
あまりの可愛さに夢中でページをめくり続けていると、不意に違和感に襲われる。
笑顔が無い。
前のページまであんなにも楽しそうに笑っていたのに、急に笑顔が消えているし、なんだか服もちょっとみすぼらしくなった。
そんなページが、何枚も続いている………胸騒ぎがする。なんだこれ。
恐る恐るページをめくると……次第にあちこちが破れた安いTシャツのような服を着ている写真が増えてきているし、なによりも、あんなに楽しそうだった笑顔は見る影もなく、どの写真も少し怯えているようですらある。
慌てて少しページを戻る。
やはり、とても幸せそうで笑顔に溢れている。
ミサキさんの成長具合からしても一年も経ってないくらいだと思うのだけど、このわずかな期間に一体何が…?
心臓が痛くなる。嫌な緊張が全身の体温を下げていく。
ライブ前の高揚感のある緊張とは全く逆の、不安が胸を締め付ける。
それでも、気になってページを進めていくと……
「――――なにこれ…」
明らかに、ミサキさんが数人に囲まれて暴行を受けている写真が目に入り、身体が震える。
次の写真も、次の写真も……次第に暴行はエスカレートしていき、顔を歪ませ涙を流すミサキさんを囲んでいる数人の手には固い木製だと思われる棒のようなものが握られ、振り下ろされている。
「なに……なんで…こんな…!」
嫌だ、怖い、もう見たくない。
そう思い本を閉じようとした。
けれど、あまりにも辛くて苦しくて悲しくて、もしかしたら次のページには希望が有るんじゃないか、笑顔が戻ってるんじゃないかと願い、ページをめくる。
しかし、めくってもめくっても、出てくるのは泣いているミサキさんばかりだ。
全身が怒りと涙で震えて来た次の瞬間―――――目に入ったのは、耳にハサミを突きつけられているミサキさんの写真だった。
「ちょっ…!!」
慌てて、つい写真に触れる。
すると、写真が動きだし――――耳を塞ぎたくなるような、ミサキさんの泣き声が鼓膜を揺らした。
何度も何度も、いやだいやだやめてやめてと泣き叫ぶミサキさんを取り囲む人々。
大人も居れば子供も居るが、全員がゲラゲラと下卑た笑い声をあげている。
一人が、ミサキさんの栗色の髪に紛れた獣の耳を掴み、「こっちに耳が有れば、こっちはいらないよなぁ?」などと声をあげると、別の人間がそれに頷き、ミサキさんの耳……人間の耳にハサミを近づけ、刃を広げて、当てた。
いたいいたいいやだいやだたすけてたすけてこわいよこわいよなんでなんでごめんなさいごめんなさいゆるしてゆるして。
恐怖に怯えるミサキさんの懇願が、私の耳から体の中に入り込み心臓を握りつぶそうとする。
もう全身が震えて、どうしたらいいかわからない。
しかし、ミサキさんの願いのような叫びを掻き消すように重なり響く幾人もの笑い声。
そして、ハサミがゆっくりと、ミサキさんの耳に食い込んで――――
「やめてぇぇぇ!!!!!」
私は思わず大声をあげて、本を閉じていた。
「あ、あああああ……ううう…!!」
涙が溢れた。
怒り、悲しみ、恐怖、そして無力感。
これは過去のことだ、こうして本を閉じて先を見るのをやめたところで、起こったことは何も変わりはしないのだ。
「こんな……こんなこと…許されない…!」
全身が震えて上手く喋れない。
でも、何か言わずには居れなかった。
ただ口を紡いで涙と嗚咽だけを漏らすなんて、僕の中の怒りがそれを許さなかった。
「なんなんですかこれは!!!」
これはきっと理不尽だ。そう理解しつつも、ここには今、怒りをぶつける相手は執事さんしかいなかった。
「どうしてこんなことになってるんですか!!」
執事さんは目を伏せ、深く頭を下げる。
「突然、このようなものを見せてしまい申し訳ありません。しかし、救世主様には知っていて欲しかったのです。
ミサキ様のこと、そして、レナンの事を―――――」
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